28話『既視感』
「な、なんとかまいたか」
「危なかったわね……」
五層の床に飛び降りた俺たちは、四層で遭遇したキマイラとホブ・ゴブリンが、俺たちの追跡を諦めたことを確認した。
「でもミゼ、よくこんな逃げ道を知ってたわね。地図にも載ってない情報だし……以前もここに来たことがあったの?」
「いえ、その……来たことはありません。ただ、なんとなく知っていたというか……」
エリシアの問いに、ミゼは自分でも不思議に思っているかのように答える。
その態度に、俺は以前から気になっていた疑問を口にした。
「前も似たようなことを言っていたな。ギルドで基礎戦闘力の試験を受けた時、ゴーレムの動きが先読みできたとか。……いわゆる既視感というやつか?」
俺の言葉に、ミゼは自信なさげに頷いた。
「そう、かもしれません。最近こういうことが多くて……この前の、魔法薬学の授業でもありました。レベル2のポーションを作った時です」
そう言えば、あの授業の時もミゼは偶然レベル2のポーションを作成していた。
あの時は偶然かと思っていたが、同様のことがこうも連続で起きるだろうか。
「ミゼって、この学園に来てからよく図書館で本を借りているのよね。その中に偶々、薬学やゴーレムに関する情報があったんじゃないの?」
「あっ……い、言われてみれば、そんな気もしてきました」
エリシアの意見に、ミゼは恥ずかしそうに頷いた。
「ま、なんとなく覚えたものを唐突に思い出すってのはよくある話だよな」
グランが笑いながら言う。
一先ずこの件に関しては保留にしておくべきだろう。迷宮のど真ん中で考えることではない。それにミゼ自身も不思議そうにしているため、詮索しても答えを期待できそうになかった。
今、俺が意識するべきは――賊への対処だ。
キマイラと遭遇し、逃走を始めた直後、賊の視線を幾つか捉えた。恐らくミゼがキマイラに殺されることを危惧したのだろう。ミゼが死ねば身代金も手に入らない。だがその直後、俺たちが吊り橋のような通路を飛び降りたことで、彼らの視線を全く感じなくなった。
どうやらこの五層へと飛び降りるルートは賊も知らなかったらしい。
俺たちが想定外の行動をしたことで、賊は今、かなり慌てている筈だ。
――叩くなら、今だな。
エリシアの道案内のもと、目的地へと向かう。
その最中、俺はオズに近づき耳打ちした。
「念のため、いつでも『通信紙』に出られる準備をしておけ」
「……りょーかい。動くんだね?」
「ああ。数が多ければ呼ぶことになる。それまでは――あいつらを守れ」
オズが首を縦に振る。
それから俺は、ミゼ、グラン、エリシアの三人に声をかけた。
「悪い、便所に行ってくる」
定番の言い訳である。
「了解。俺たちはここで待ってた方がいいか?」
「いや、先に目的地へ向かってくれ。地図は覚えているから心配ない」
探索済みの迷宮にはトイレが設置されていることも多い。『廻深王墓』には各層に設置されている。
四人と別れ単独行動を開始した。
通路の角を曲がり、四人の視界から外れた瞬間――《靭身》を使って疾駆する。
四層と五層を繋ぐ階段の方へと向かうと、人の気配がした。
「餓鬼どもは何処に行った!?」
「分からねぇ、五層の何処かだ!」
賊の姿を確認する。俺たちがキマイラに遭遇した後、剣を抜いてこちらの様子を窺っていた男たちだ。
数は四人。前方警戒と後方警戒で分かれているのだろう、二人組と二人組の間には距離がある。
賊がいる通路の両脇には、計八つの燭台が備え付けられていた。
それを全て、《魔弾》で破壊する。
「なっ!?」
「くそ、敵だ!!」
辺りを一瞬で暗闇にして、俺は足音を立てずに敵へ接近した。
遮蔽物が多く、入り組んだ地形――俺が得意とする戦場だ。負ける気がしない。
前方にいた二人組を《物質化》で創造した刃で刺し殺し、後方にいる二人組へと近づく。
残る二人は既に俺と距離を取っていた。咄嗟に反対側の通路へと抜けて身を隠している。一度体勢を整える気らしく、出てくる気配が一向にない。
敵がいると思しき場所へ、俺は敢えて足音を出して近づく。
そして、通路の角を曲がると同時――敵が剣を振り下ろしてきたが、それよりも早く俺の掌底が敵の腹を打ち付けた。
すかさず《瞬刃》で二人目の男を切断する。
腹に掌底を受けて蹲った賊が、真っ二つに裂かれた仲間を見て呻き声を上げた。
「な、何故、俺たちの位置が……」
「鍛錬不足だ。足音を聞いてから隠れるな」
「くそ……っ!」
男の額を《魔弾》で撃ち抜く。
その時、死体と化した男の傍で何かの振動する音がした。
暗闇の中、手探りで振動する物体を探す。
拾い上げたそれは『通信紙』だった。誰かから着信している。俺は無言で『通信紙』に魔力を通した。
『おい、どうなってる!? 返事をしろ!』
どうやら俺が今、倒したのは斥候だったらしい。
連絡の途絶えた仲間を不審に思い、こうして連絡しているのだろう。
『……ちっ、やられたか』
その一言を最後に通信は途切れた。
恐らく増援が来るだろう。
ひとり一人倒していてはキリがないかもしれない。
大部屋に誘い込んでから、一掃した方が早いか。
ポケットの中から、今度は自分の『通信紙』を取り出して魔力を通す。発信先は――オズだ。
「オズ、今何処にいる」
通信が繋がると同時に、俺は訊いた。
『えっとね、二つ目の調査ポイント。ボクたちが別れた地点から、十時の方向に進んだところかな』
「あそこか。……なら、暫くはミゼたちも安全だな」
事前に伝えてもらった調査ポイントの一つを頭に思い浮かべる。そのポイントに辿り着く通路は一つしかない。つまりその通路さえ守り切ればミゼたちは安全だ。
「敵が多い、手伝ってくれ」
『りょーかい、すぐ行くね』
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