19話『賊退治①』
ミゼたちと別れた後、すぐに《靭身》を発動して森を走った。
道中、見晴らしのいい位置を幾つか見つけていたため、一番近いところへ向かう。森に潜む動物や魔物を無視し、身体を伏せて周囲を警戒した。
そして――さっきからずっと受信状態となっている『通信紙』を耳元にあてる。
「クリスか? 悪い、護衛対象の傍にいたから出られなかった」
『でしょうね。忙しいところ申し訳ないけれど、今、十人以上の団体が王都を出て、貴方たちのいる森へ向かっているわ。うまく接触できなかったから確証はないけれど、一部装備が例の賊と酷似しているという情報が入った。もしその団体が敵なら……』
「ああ……処理する」
クリスとの通信を切り、『通信紙』をポケットに入れる。
「これは……本格的に動いたか」
ミゼが王都を出るタイミングを見計らったのだろう。
茂みの中に身体を隠し、枝葉の間から敵の姿を確認する。
凡そ百メートル先に、赤褐色の外套を纏った十人以上の団体を目視した。
城下町に潜伏していた敵は暗殺向けの装備を調えていたが、今回接近している敵は少し違う。外套の内側に見えるのは、面積の大きい頑丈な剣に、手足を守る金属製の甲冑だった。どう見ても派手な戦闘を想定している。最悪、真正面からの戦闘も辞さない覚悟なのだろう。
王都のど真ん中ならともかく、この広大な森であれば多少荒々しく戦闘しても注目を浴びることはない。確かに、攻勢に出るには丁度良い機会だ。
「……一応、装備を確認しておくか」
以前、俺が倒した賊と全く同じ外套を纏っているため、恐らく敵で間違いないのだが、念のためもう少し丁寧に確認する。
左手首に巻いている黒い腕輪に魔力を通す。
護衛任務を受けてからというもの一度も使っていなかったが、ここで漸く出番が訪れた。
――BF28。
漆黒の狙撃杖が顕現する。
黒い棒状の杖に引き金と『遠視晶』を取り付けた魔法具だ。杖の先端からは捻れた羽のような棘が三つ、螺旋を描くように飛び出ており、その中心には細長く尖った黒色の結晶が嵌め込まれている。結晶の中心は微かに深緑色の光を灯していた。
姿勢を整えた後、『遠視晶』で敵の姿を捉える。
外套の内側に、賊がいつも所持していた短刀や毒が収められていた。この辺りでは採取できない特殊な材料で作られたその毒は、見た目も珍しい複雑な色をしている。
「……敵だな」
城下町での戦闘は、敵も隠密行動を前提としていたため小数に分散しており、そのため連携を取られる前に片付けることができた。しかし今回は一度に複数の相手を倒さねばならない。
――少し、手間取るかもしれない。
この数を狙撃だけで倒すことは不可能だ。
頭の中で幾つもの作戦を思い浮かべるが、いずれも今までのように上手くはいかないだろう。
ミゼたちの位置は八百メートルほど後方。
敵に遠隔射撃式の使い手がいた場合、最終防衛ラインは後方凡そ五百メートルといったところか。見たところ魔法杖を持っている者はいるが、狙撃杖を持っている者はいないため、狙撃は警戒しなくていいだろう。
――やるしかない。
いけるか? 諦めるか?
そうした疑問に意味はない。
舐めるなよ。
これでも俺は――――魔王を殺した男だ。
◆
赤褐色の外套で顔や身体を隠した、十四人の男が平原を歩いていた。
甲冑の擦れ合う音が耳障りだ。しかし重大な使命を帯びた彼らが、作戦行動中に弱音を吐くことはない。
「標的は、あの森にいるんだな」
「その筈だ」
男たちの視線の先には、広大な森が広がっていた。
標的の身柄を確保すること。それが男たちに与えられた使命だった。
これまでは標的が街中でしか過ごしていなかったため、男たちは第三者の視線を避けるべく、少数での行動を強いられていた。だが今回は違う。街から離れた森の中なら、多少騒いだところで注目を浴びることはない。
「各自、警戒を怠るな。恐らく標的の傍には護衛がいる」
その一言に、数人の男が自身の武装を確かめる。
標的の傍に得体の知れない護衛がいることは男たちも分かっていた。だが男たちはその護衛の顔も名も知らない。
警戒するに越したことはないが――今回は街の中と違って、本格的な装備と二桁に及ぶ人数を揃えている。
これなら負ける筈がない、というのが男たちの総意だった。
無駄口を叩くことなく、無言で平原を歩き続ける。
その時――風の揺らめきと、小鳥の囀りに混じって、「パンッ」という奇妙な音がした。
次の瞬間、一人の男が絶命した。
「なっ!?」
目の前を歩いていた男が、突然その頭蓋に穴を開けた。
膝から崩れ落ちて活動を終える仲間を見て、その集団に動揺が走る。
「狙撃手だッ!」
「くそ、遮蔽物がないところで!?」
動揺のあまり立ち止まる男たち。
直後、再び何かの破裂するような音がする。
「ひっ!?」
また一人、地面に倒れ伏す者が出た。
一人目と同じよう、頭に綺麗な穴を開けられている。
「走れ! 森に入るぞ!」
平原を走り、視線の先にある森へ向かう。
その間にも一人、二人と狙撃の犠牲者が現れた。遺言を聞いている暇はない。そんなことをすれば次に死ぬのは自分だ。
「先程の狙撃から狙撃手の位置を計算しろ!」
先頭を走る男が叫ぶ。
「いたぞ! 二時の方向、百メートル先にある高台だ!」
「思ったより近いな……仕留めるぞ! 標的が傍にいる可能性もある!」
男たちが一斉に高台の方面へ向かう。
その先に、真っ黒な外套を羽織った男――トゥエイトがいた。
「来たか」
男たちは残り九人。五人は狙撃で死んだ。
小さく呟くトゥエイトの右腕には真っ黒な狙撃杖がある。男たちの視線が一瞬その魔法具に引き寄せられ、次の瞬間、警戒心を露わにした。
「標的は!?」
「後だ! 先に狙撃手を殺れ!」
迫る男たちに対し、トゥエイトは不敵な笑みを浮かべ、狙撃杖を小型化した。
赤褐色の外套を纏った男が《靭身》を発動し、剣を抜く。
木々の緑を反射する一振りの剣が閃いた。
だが、その剣がトゥエイトの身体を切り裂くよりも早く――爆発が起きる。
「なっ!?」
突如、トゥエイトの周囲の地面が盛り上がり、激しく爆発した。
爆発に巻き込まれて三人の男が命を散らす。
「爆発……わ、罠だッ!?」
「くそ、最初から俺たちを引き付けるつもりで――――ッ!?」
辺りの地面に仕掛けられていた定点設置式の魔法《爆発罠》が、一斉に起爆した。
更に二人の男が、爆発によって消し飛ぶ。
トゥエイトは最初から、敵をこの高台に招く前提で狙撃を行っていた。
つまりこの高台はトゥエイトが用意した戦場である。男たちはそれを悟り、この状況がマズいことを理解した。
「一旦退くぞ!」
爆発によって巻き起こった砂塵が、男たちの視界を埋め尽くす。
砂塵の中で、黒い影がゆらりと揺れた。
「ひ、退くったって――ぎゃあッ!?」
「大丈夫か!? ちくしょう、何も見えねぇ! ――ぐあッ!?」
砂の煙幕に紛れ、トゥエイトは残った賊を迅速に処理した。
後退る男へ《靭身》を使って一歩で肉薄。《物質化》で創造した刃で、男の首を穿つ。
「とにかく退け! ここに標的はいない!」
砂塵から脱出した男が叫んだ。
爆弾を仕掛けたこの場所に、護衛対象が隠れているとは考えられない。
生き残った二人の男はトゥエイトに背を向け、この場を離脱した。
「逃がすわけないだろ」
逃げる二人を、トゥエイトは追いかける。




