10話『冒険者ギルド』
その後も、ミゼの監視および護衛は続いた。
通学路に潜む敵は、日が経つごとにその数を増している。賊からすれば、ここ数日、学園付近に送り込んだ刺客が次々と殺されているのだ。敵も護衛の存在を警戒しだしたのだろう。
そのせいで戦闘は激化しつつあり、俺の余裕も削れていった。
理想はミゼが寮から出てくる前に敵を全て倒しておきたいところだが、それが不可能な時もある。俺が早めに敵を倒してしまったため、丁度ミゼが登校するタイミングで敵の増援が現われたのだ。この時、俺はミゼがのんびり学園へと向かって歩いて行くのを傍目に敵と戦う羽目となった。
「悪い、遅くなったな」
昼休み。
中庭に向かった俺は、既に食事を始めているエリシアたち三人に軽く謝罪した。
「もう食べちゃってるわよ」
「トゥエイト、焼きそばパン買っといたぞ」
グランからパンを受け取り、ベンチに腰を下ろす。
ミゼも申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、先に昼食をとっていた。
「貴方、最近昼休みになるといつも何処かに行ってるわね」
「図書館に本を返しているんだ。俺もミゼを見習って色々勉強しようと思ってな」
そう言うとミゼが微かに頬を紅潮させ、照れ隠しにパンを一塊咀嚼した。
――本当は学園の敷地外に出て、城下町の見回りをしている。
先程も三人の賊を倒した。
今はまだ対処できているが、やはり体力の消耗が激しい。
学生と護衛。二つの立場は目まぐるしく切り替わった。
大戦時と比べればまだマシだが、大戦以来、久々の激動の日々である。
そんなある日。
学園が放課後を迎えた頃――。
「あの、冒険者ギルドに行ってみませんか?」
唐突なミゼの提案に、俺とエリシアとグランは、それぞれ顔を見合わせた。
「……そう言えば、前回は有耶無耶なまま終わっていたわね」
前回とは――正燐騎士団に変装した俺が、エリシアを襲った件である。
記憶から抜け落ちていたが、そう言えばあれ以来、冒険者ギルドに足を運ぼうとはしていない。
「ミゼはまだギルドに登録してねぇのか? てっきりしてるもんかと思ってたけど」
グランの問いに、ミゼは頷いた。
「登録は、まだしていません。……一ヶ月前、エリシアさんが襲われていた時、私は何もできませんでしたから。……今のままギルドに登録しても、きっと何もできないと思ったんです。……でも、あれから私もそれなりに勉強しましたから……そろそろ、再挑戦してもいいんじゃないかと思いまして」
どうやらミゼは、先月の件をかなり引き摺っていたらしい。
伏し目がちに語る彼女の姿に、俺は罪悪感を覚えた。
先月の件は、全て俺が仕組んだ芝居だ。
その芝居で俺は、ミゼに深刻な悩みを抱かせてしまったらしい。
「重たく考えすぎよ。あの日のことは、私もグランも……トゥエイトも対処できなかった。ミゼだけが悪いわけじゃないわ」
「そうだぜ。俺もミゼと一緒に逃げたしな。……ギルドの登録には俺らも興味あるし、行ってみようぜ!」
エリシアが慰め、グランが元気づける。
俺も二人に同意するよう頷いた。
「ありがとうございます。……それでは、案内しますね!」
表情に活気を取り戻したミゼは、軽い足取りで俺たちを案内した。
先月の件で凹んでいたようだが、やはり冒険者という夢は追い続けているらしい。
城下町を下りて暫く、俺たちは二階建ての大きな建物の前に辿り着いた。
冒険者ギルド。――いわゆる「街の何でも屋」である冒険者たちに、仕事を仲介する組織だ。
「で、では、行きましょう……っ!」
ミゼがその胸中に興奮と緊張を同居させた状態で、ギルドの戸に手をかける。
戸を開くと同時に、雑多な声が聞こえてきた。中に入ってすぐ右手に、広い飲食店のようなスペースがある。声は殆どそこから聞こえていた。
円形のテーブルと椅子がそこかしこに並び、老若男女が談笑を交わしつつ酒やら食べ物やらを口に放り込んでいる。
「……俺、ギルドに来たの初めてだから知らなかったけど、結構賑やかなんだな」
「冒険者にとって情報交換は非常に大事なことですから。冒険者が集まるギルドには、大抵、情報交換を円滑に進めるための酒場が隣接しているんです。……奥へ行きましょう。登録は正面のカウンターからできる筈です」
賑やかな酒場のスペースから目を離し、正面のカウンターに視線を注ぐ。
その時――。
「ん?」
「あ」
「げっ」
俺と、エリシアと、グランが、三者三様の反応を示した。
「貴様らは……」
カウンターの前には四人の少年がいた。
そのうちの一人である金髪の少年が、俺たちの存在に気づき声を漏らす。
ビルダーズ学園の英雄科の制服を纏う、その人物の名は……ジーク=ファルシオン。
先月。俺が決闘で戦った、少し因縁のある相手だった。




