08話『王女殿下は学園のアイドル』
ミゼと共に学園へ登校した後。
俺は窓際の席で、定期的に外の様子を確かめながら授業を受けた。
ミゼを狙った襲撃者は、学園の敷地内に入って来ることはなかった。
恐らくその理由は二つある。一つはセキュリティが高度であることだ。学生寮の警備もそうだが、学園の周辺にも常に騎士が巡回している。ここは王立の学び舎であるため、その管理は国がしているのだ。
国の精鋭である騎士たちと敵対するのは、リスクが高い。
もう一つの理由は、学園内に多くの強者がいるからだ。
剣術講師ファルネーゼ=エバンスは、噂によると過去、近衛騎士団に所属していたらしい。また、俺たちの担任教師であるシルフィア=マキナは、知る人ぞ知る魔法学の権威であるという噂も聞く。
噂の真相は定かではないが、実際に二人が強いことは生徒である俺がよく知っている。
彼女たちとの敵対を避けるためにも、襲撃者たちは学園へ侵入することに対して消極的にならざるを得ない筈だ。
昼休み。
俺は立ち上がり、グラン、ミゼ、エリシアと共に中庭へ向かおうとしたが……ミゼは俺たちを待たず、早足で教室から出て行った。
その手には、弁当箱ではなく、次の授業で使う魔法学の教科書を抱えていた。
「ミゼは何処に行ったんだ?」
こちらに近づいてきたエリシアに訊く。
「多分、授業や宿題で分からなかった問題について、職員室の先生へ聞きに行ってるんでしょう。結構、前からやってるわよ」
へぇ、と相槌を打つ。
ミゼは偶に遅れて中庭に来ることもあったが、そういう理由だったとは知らなかった。
「用事を思い出したから、先に二人で中庭に行ってくれ」
「用事? まあ、いいけれど。じゃあグラン、行きましょ」
「おう。あ、トゥエイト。パン買っといてやろうか?」
「焼きそばパンで」
「あいよ。……トゥエイトって、B級グルメ系好きだよな」
あの雑な味付けが、人間らしい気がして好きなのだ。
機関では栄養最優先の行動食ばかりだったため、新鮮に感じる。
二人と別れ、ミゼを追う。
食堂に向かう生徒たちとすれ違いながら、俺はミゼのことを考えた。
もしかすると俺は、彼女のことを思った以上に知らないのかもしれない。
行動力があるとは思っていたが、彼女のそれは俺の予想を遥かに上回っていた。
……家出も、有り得るか。
ミゼとは別の、知り合いの王女のことを思い出す。
テラリア王国の姫君、ソフィア=テラリア様は、勇者パーティに加入するまで殆ど城から出られない日々を送っていたそうだ。そのせいでいざパーティに入った後、常識知らずな態度を連発してしまい、一悶着あったとか。
高い権力を持つ者はしばしば束縛されがちだ。
ミゼがその束縛を嫌って、家出したと考えると…………残念なことに、しっくりくる。
――見つけた。
職員室の窓から、こっそりと中を覗くと、ミゼがシルフィア先生に話しかけているのが見えた。魔法学の教科書を開き、そこに載せられている図表を指さしている。
暫くシルフィア先生と話していたミゼは、やがて目を輝かせ、先生に礼を述べた。どうやら問題が解決したらしい。ミゼは嬉しそうな表情をしたまま職員室を出て、礼儀正しくお辞儀してから扉を閉めた。
軽い足取りで廊下を歩くミゼの背中を、黙って見届ける。
「君」
その時、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには見知らぬ男子生徒がいた。
白い学生服――英雄科の生徒だ。だが、その目は普通科を見下しているものではない。寧ろ、偶々同士を見つけたような、頼れる先輩を装っているような目をしていた。
「どうやら君も、ミゼちゃんに魅了されたようだね」
「は?」
急にわけのわからないことを言われ、首を傾げる。
「ようこそ、ミゼちゃん親衛隊へ。歓迎するよ。ところで君は父性派かね? それとも純愛派かね?」
「いや、何を言っているのか分からな――」
「ははは、失敬。言わなくても分かるよ。君のミゼちゃんを見る目は、まるで愛娘を見守る父親のようだった。つまり私と同じ、父性派ということだ」
何を言っているのか本当に理解できない。
どうする? 医者を呼んだ方がいいか?
「おい! 父性派の奴が新入りをスカウトしてんぞ!」
「何ィ!? 阻止しろ! これ以上、父性派を増やしてたまるかッ!!」
廊下の向こうから、二人の男子生徒が現われる。
「くっ、純愛派のロリコンどもめ! 君、何かあったらいつでも私を訪ねたまえ! 我々父性派は君を歓迎する!」
そう言って、英雄科の男子は俺の前から去った。
「……なんだ、今の?」
首を傾げながら、俺は中庭へ向かった。
◆
「ああ、そりゃミゼちゃん親衛隊だ」
「ミゼちゃん親衛隊?」
グランの言葉に、俺は疑問を抱く。
中庭に着いた俺は、エリシアたちに先程起きたことを伝えた。
勿論、俺がミゼを探していたという事実は隠している。良く分からない英雄科の生徒に、意味不明な絡まれ方をしたという部分だけを説明した。
「要するにミゼのファンクラブよ。本人は認めてないけれど」
「……成る程」
ファンクラブというものがどういったものなのかは知っている。
大戦中、任務の一環で訪れた国のことを思い出す。その国には「歌姫」と呼ばれる女性がいた。そして、彼女を取り巻く老若男女は自分たちのことを歌姫のファンクラブだと言っていた。……今回の場合、ミゼがその歌姫の立ち位置にいるのだろう。
「す、すみません。そういう人たちがいるのは分かっているんですけれど……ご、ご迷惑をおかけしました」
「……いや、別に迷惑というほどでもないし、それにミゼのせいではないだろ」
非公認のファンクラブというものは、本人にとってはあまり好ましくないらしい。
ミゼの苦々しい表情を見て、俺はなんとなく彼女の苦労を悟った。
「父性派とか、純愛派とか言っていたんだが。あれはどういう意味なんだ?」
「親衛隊も一枚岩じゃねぇんだ。ミゼを見て父性に目覚めた父性派と、あわよくばミゼの恋人になりたいと考えている純愛派。……最初はどっちもミゼに憧れる者同士、結託していたんだが、最近になって分裂したらしい」
「……内戦状態ということか」
奇しくも、ミゼは正体を隠しているにも拘わらず王女らしい立場にいるようだ。
自分を取り巻く二つの派閥が敵対し、内戦が勃発している。
当の本人は、顔を真っ赤にして照れていた。
「でも実際、ミゼって映えるタイプよね。髪は綺麗だし、肌もスベスベだし……正直、同性の私から見ても魅力的だと思うわ。……いっそ歌とかダンスとか、やってみれば? ミゼってアイドルの素質ありそうだし、男子全員のハートを撃ち抜けるわよ」
「そ、そんなこと……恥ずかしくて、とても無理です」
ミゼが顔を伏せながら言う。
普段はどちらかと言えば明るい性格で、行動力もある彼女だが、注目を浴びることには抵抗があるらしい。
――冷静に考えてみると、妙な話だ。
神聖アルケディア王国は、テラリア王国に勝るとも劣らない大国である。
その第二王女の顔を、学園の生徒は誰も知らない。いや、教師ですら知らない。
見たところミゼに変装している様子はない。ということは、彼女はずっと素顔のまま学園に通っていたということだ。
今まで事情があって表に出てこなかったのか?
それなら注目を浴び慣れていないことにも辻褄が合う。
「あ、すみません。図書館に本を返さなくちゃいけないので、先に失礼しますね」
そう言って、ミゼは弁当箱を袋に仕舞い、立ち上がる。
立ち去る彼女の背中を、俺たち三人は見届けた。
「ミゼって、努力家よね」
「だな。父性派の連中が言うには、ああいう姿がぐっとくるみたいだぜ」
「それは少し分かるかも。……というかグランは親衛隊に参加してないのね」
「流石にいつも一緒に行動してる奴の親衛隊には入れねぇだろ。……というか入ろうとしたら、めっちゃ嫉妬されて、殴られそうになった」
「……うちの学園の男子って、馬鹿ばっかりなの?」
エリシアが呆れた視線をグランに送る。
そんな二人の仲睦まじいやり取りを黙って聞いていた俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「トイレに行ってくる」
適当なことを言って、またミゼの後を追う。
中庭には図書館で借りたという本を持ってきていなかった。ということは一度、教室を通る筈だ。
「……ん?」
教室へ向かう途中、思わぬところでミゼを発見する。
ミゼは何故か、渡り廊下から少し離れたところで、校舎の窓ガラスに映る自分の姿を見つめていた。
この辺りは人が立ち寄らない、静かな場所だ。
そんなところで一体、何をしているのか。
髪でも整えているのだろうか、なんて、思っていると――。
「ふ、ふんふふ~ん。私は~、アイドル~」
ミゼが唐突に歌い出した。
しかも、即興の振り付けがついている。
「アイドルの~、ミゼ=ホーエンスです~。ですです~」
おいおい王女殿下。
どうやらエリシアに「アイドルの素質がある」と言われて、内心嬉しかったようだ。
踊りに関しては多少の心得があるのか、即興とは思えない程度には様になっている。
しかし、「ですです~」はないだろ。
「……」
「……あ」
歌と踊りの感想を考えていると、いつの間にかミゼがこちらを見ていた。
「トゥ、トゥエイト、さん…………?」
ミゼの頬がみるみる紅潮する。
何を言うべきだろうか。
取り敢えず、率直な感想を述べておくか。
「歌詞以外はいいと思う」
「――――っ!?!!?!!!!」
ミゼは駆け足で、俺の目の前から去って行った。
【今後の更新について!】
少しリアルが多忙になってきた&同時連載中の「少年は垣根を越える」の方も更新してきたいので、暫く隔日更新とさせていただきます。「少年は垣根を超える」と交互に更新できればと思います。




