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04話『任務』

『――この前の貸しを返してもらうわ』


 クリスの言葉を聞いて。

 俺は、自身の抱いていた嫌な予感が的中したことを悟った。


 俺は今、クリスに――ひいては王政国防情報局に、借りがある。

 エリシアの情報を探ってもらった借りだ。ロベルト暗殺に関しては、局も「裏帳簿を入手する」という目的があったため、貸し借りは生じていない。


 たった一つの借り。

 それを、クリスは今、早々に返せと告げている。

 恐らく――並々ならぬ事情なのだろう。


「後三十分で学園の昼休みが終わる。それまでに説明できるか?」


『ええ。十分もあれば事足りるわ』


 クリスが言う。


『トゥエイト……いいえ、28(トゥー・エイト)。王政国防情報局は、貴方に正式な任務を与える』


 俺のことを28と呼ぶ――それは即ち、かつての俺でないと達成できない任務だということだ。


 気を引き締める。

 今回の任務は、以前のロベルト暗殺よりも更に難しい可能性がある。


『仕事の内容は、現在ビルダーズ学園の高等部に紛れ込んでいる、神聖アルケディア王国の第二王女を、秘密裏に護衛することよ』


 語られた内容を聞いて、俺は……理解するのに十秒近くの時間を要した。


「……色々と疑問があるから、順番に訊いていくぞ」


 クリスが小さな声で「ええ」と告げた。

 今回の任務内容に突っ込みどころが多いことを自覚しているようだ。


「王女が紛れ込んでいる、だと? 他国の王女が、王立の……それも王都の学園にか?」


『ええ。彼女は身分を詐称して、一般の生徒として学園に通っている』


 身分を詐称している。

 つまり、学園の教師たちも知らないということだ。

 知っていれば国際問題に発展し、責任を追及される。流石にそれを許容する教師はいないと考えたい。


「何故、そんな真似を?」


『……家出、らしいわ』


「……は?」


 一国の王女が……家出?

 馬鹿げた話だ。発想自体、下らないものだが、仮にそれを実現しようとしても、周りの貴族や騎士たちが黙ってる筈がない。


『申し訳ないけれど、これに関しては私たちも家出としか聞いていないのよ』


 どうやらクリスも詳しくは知らないらしい。

 一先ず、強引に自分を納得させる。神聖アルケディア王国の第二王女は、何を考えてか家出を試みて、無事に成功してしまったらしい。そして、今の今まで誰にも悟られることなく、他国の学び舎であるビルダーズ学園に通っていたと。

 頭が痛くなってきた。


「次の質問だ。……神聖アルケディア王国にも、王族を守る組織はあるだろう。何故、そいつらが出張らない?」


 テラリア王国の場合は近衛騎士団がそれに該当する。

 神聖アルケディア王国にも、似たような役割の騎士団があった筈だ。


依頼主(クライアント)の意向よ。今回の件は、あまり大事にしたくないみたい。だからテラリア王国を介して、私たち局に依頼が流れてきたの』


「成る程……それで秘密裏(・・・)の護衛か。まあ、家出が事実なら確かに大事にはしたくないだろうが……」


『流石に口実だと信じたいわね』


 大事にしたくないという要望自体は、国の暗部に勤めていれば良く耳にする。

 仕事がきな臭いのはいつも通り。どうやら王政国防情報局は平常運転しているらしい。


 現在、神聖アルケディア王国とテラリア王国の関係は良好だ。

 依頼主は、自ら護衛を雇ってテラリア王国に送り込むことより、テラリア王国へ依頼を出した方が確実だと判断したのだろう。その場合、テラリア王国に借りを作ってしまうことになるが、第二王女の安全を考慮すると背に腹はかえられないといったところか。


「依頼主について訊いてもいいか?」


『それは任務に不要な情報よ。と言っても、予想はできるでしょう』


「まあな」


 他国に頼み事をできる人間はそう多くない。

 依頼主は最低でも貴族。それも公爵か、王族か。

 普通に考えると王族だ。第二王女の身を案じた何者かが、こういう依頼を出したのだろう。


「秘密裏の護衛という話だが、具体的には誰に悟られるとマズい」


『全てよ。貴方が護衛しているという事実は、敵にも、本人にも悟られてはならない』


「本人にも、か……中々、難しいことを言ってくれる。そもそも俺は別に、護衛が得意なわけではないんだが」


『貴方ならできると信じているわ』


 何を根拠に言っているのか。

 クリスの澄ました顔が頭に浮かぶ。平手打ちを叩き込みたい気分に駆られた。


 正直、護衛は得意分野ではない。それは局も知っている筈だ。

 それでも局が俺に依頼を出したのは、俺が学園の生徒だからだろう。


 本来この手の依頼は、エージェントを学園に送り込むことから始まる。だが今回に限っては、俺が最初から学園に在籍しているためその必要はない。これは秘密裏な作戦行動において大きなメリットとなるだろう。依頼が出てからエージェントを学園に送り込もうとすると、外部にその動きを悟られる危険がある。


「王女殿下は誰に狙われている?」


『身代金目当ての犯罪者集団……まあ、よくあるパターンよ。ただし、大物(・・)を狙うだけの実力はあるでしょうから、そこは注意してちょうだい』


「ああ」


 ぽっと出の賊が、いきなり王族の娘を狙う筈がない。

 敵はそれなりに大規模かつ熟練度の高い賊と考えるべきだろう。


 やや不審な点はあるが、任務の内容は単純である。

 誰にもバレずに護衛する。……言うは易く行うは難しとはこのことだ。


 しかし情報は不明瞭だが、不足はしていない。

 局もこの任務は実現可能性があると判断したから、引き受けたのだろう。


「最後の質問だ」


 いよいよ本題である。

 俺は念のため、辺りに人がいないことを再確認してから問いを繰り出した。


「王女殿下の名は?」


 クリスが、慎重な声音で答える。


『殿下のお名前は、ミーシェリアーゼ=アルケディア。学園には、ミゼ=ホーエンスという名で通っているわ』



 依頼主は局の存在をなんとなく知っている感じですが、この仕事が局に流れているという事実はまだ知りません。正式に依頼を受けたのはテラリア王国の重鎮であり、その人物が独自に局へ依頼を流しました。

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