02話『トゥエイト君!?』
「では皆さん、教えた通りに薬草を調合してみてください」
シルフィア先生の指示に、生徒たちが「はーい」と楽しげな声を返す。
入学式から二ヶ月が経過した、六月の第一週。
この日。ビルダーズ学園、高等部の生徒たちは、特別講義を受けていた。
特別講義とは、所属する学科によって内容が異なる授業のことだ。
英雄科は戦闘訓練という名の授業を受け、剣術講師のファルネーゼ=エバンス先生から主に体術を学んでいるらしい。
一方、俺たち普通科の生徒は、担任でもある青髪の教師、シルフィア=マキナ先生から魔法薬学を教わっていた。
「調合って意外とムズいよな。この、草を磨り潰す加減が……ぐぎぎっ」
宍色の短髪をした筋骨隆々の男、グランが、すり鉢に入れた薬草をすりこぎで潰していく。三束ほどあった緑色の草が、グランの腕力によって強引に押し潰され、少しずつ液状化していった。
「グランさん、そろそろ水を入れないといけませんよ」
銀の長髪を垂らした小柄な少女、ミゼが、すり鉢の中を覗き込んで言う。
「お、そうだった。悪ぃトゥエイト、そこのビーカー取ってくれ」
「ああ」
テーブルの上に置いてあった水入りのビーカーをグランに渡す。
グランは慎重にビーカーを傾けて、水をすり鉢に入れた。
今、グランが製造を試みているのは、ポーションと呼ばれる万能の治療薬だ。
飲めば病を回復することができるし、外傷もある程度、癒やすことができる。
通常、ポーションは完成すれば薄緑色になる筈なのだが――。
「……なんだこれ?」
グランの作ったポーションは、何故か黒々としていた。
首を傾げるグランを他所に、ミゼがシルフィア先生を呼んで、この謎の黒い物体の正体について尋ねる。
「これは……調合に失敗していますね。恐らく水の量を間違えたんでしょう。ポーションの素となる薬草はデリケートですから、水の量や力加減には注意してください」
「ちなみにこれって、飲めますか?」
「飲めますが、ただの苦い液体ですよ?」
「ただの苦い液体……」
グランはすり鉢を持ち上げ、口元に持っていこうとしていたが、先生の説明を聞いてテーブルの上に戻した。
「では次は、私が挑戦します!」
ミゼがやる気に満ちた様子で言った。
彼女は、下手したら初等部の生徒と見間違えてしまうほど小柄で、華奢で、あどけない顔つきの少女だが、これで意外と好奇心旺盛である。行動力という点なら、俺やエリシアよりもあるかもしれない。
事前に教わった通り、薬草をすり鉢に入れてゆっくりと磨り潰す。
その後、水を丁寧にすり鉢へ入れるが……ミゼは水を半分ほど入れたところでビーカーから手を離した。そして、水と薬草を完全に混ぜ合わせてから、残りの水を入れる。
「ミゼ、今のアレンジは?」
「あ、その、こうした方が良い出来上がりになるのではないかと思いまして……」
空になったビーカーをテーブルに戻しながら、ミゼは言った。
そう言えば最初にすり鉢へ入れた薬草も、五束だった気がする。教わった製法では、薬草は三束だった筈だ。
一見、真面目に淡々と作業しているように見えるが、その裏では自身の好奇心を満たすために色々と画策していたらしい。
「ミゼって、意外と人の言うこと聞かねぇよな」
「そ、そんなことないです!」
ミゼは首を振って否定するが、俺はグランの言葉に内心、同意した。
その後もミゼは幾つかのアレンジを加えつつポーションを調合する。
やがて、完成したそれは――僅かに光り輝いているように見えた。
「これは……レベル2のポーションですね」
ミゼの作ったポーションを見て、シルフィア先生が言う。
ポーションには五段階のレベルがあり、その数値は高ければ高いほど、効果も高い。
今回の授業で俺たちが学んだのは、レベル1のポーションの製法だ。それがどうして、レベル2のポーションになるのか。
「ミゼさんは、魔法薬学についての知識が?」
「い、いえ、その、偶然です。その、なんとなく、こうした方が良いものができるんじゃないかと、思っただけで……」
「……確かに、必要な材料は揃えていましたが、偶然で作ったというのは信じられませんね……いえ、実際、完成している以上は、認めるしかないんですが……」
シルフィア先生が驚いた様子で、ミゼの作ったポーションをまじまじと見る。
俺とグランも作業を止め、すり鉢の中にあるポーションを観察した。
「ちなみにポーションは、レベルが高いほど味も美味しくなります。折角なので、飲んでみてはどうでしょうか」
「は、はい」
シルフィア先生の言葉に従い、ミゼがすり鉢を口元で傾ける。
「あ、美味しいです」
ミゼは目を丸くして言った。
その様子に、シルフィア先生も微笑を浮かべて頷く。
「知識のある方はアレンジをしても構いません。ただし危険なものは作らないように」
先生の指示に、生徒たちが返事をした。
「な、なあミゼ、ちょっとだけ、俺にもくれないか?」
「いいですよ。トゥエイトさんも、よければどうぞ」
ミゼの好意に俺は頷いた。
実を言うと、ポーションは昔から嫌というほど飲んでいるため、味は知っている。
確かにポーションはレベルに比例して味も良くなる。だがレベルの高いポーションを飲む時は、大抵、味のことなど考えていられる状況ではない。実際、俺のいた戦場では「ポーションの味にケチをつけられるか否か」で、その兵士がまだ戦えるかどうかを判断していたくらいだ。本当に瀕死の状態になれば、味は最悪でもいいから一刻も早く傷を治してくれと願う。
そういう意味では、こうして落ち着いてポーションの味を確認するのは初めての経験だった。
空いているビーカーを二つ手に取り、丁寧にポーションを注ぐミゼの姿を、俺とグランは黙って眺めた。
ミゼは、まるでお茶会を楽しむ貴族の令嬢の如く、丁寧にポーションを注いでいた。
「なんていうか……」
「ああ……随分と、上品な入れ方だな」
「えっ!? そ、そうですか!? そ、そんなことないと思いますけど……っ!」
途端にミゼは、物凄く雑にポーションを注ぎだした。
光り輝く液体がビーカーから飛び散り、飛沫となってテーブルを濡らす。ついでにグランの顔も濡らす。
すみません、すみません! とペコペコ謝るミゼに、俺とグランは苦笑しつつ、ポーションを飲んだ。
「おぉ、確かにうめぇ……!」
グランが感動する。
ハーブティーのような爽やかな味がした。少し青臭いところもあるが、後味は悪くない。やや刺激的で、意識がはっきりとするような味だ。
「さて、それじゃあ次は俺だな」
空になったすり鉢を洗い、調合の準備をする。
「目指せ、レベル3のポーションだ!」
「それは作り方を知らないから無理だが……アレンジをしてもいいなら、少し面白いものでも作るか」
魔法薬学の知識はないが、特殊な薬物を作る知識はある。
ポーションは、同じレベルのものでも数通りの製法がある。今この教室には、それぞれの製法を試すために数種類の薬草が用意されていた。その中には水や火に反応して面白い変化を起こす薬草も存在する。
「よし、いい感じだ」
薬草を磨り潰し液状化させる。その液体に、他の薬草の根元を暫く浸した後、ピンセットで摘まみながら火に炙った。すると、白い煙がもくもくと立ち上る。
「トゥエイト君は何を作ってるんですか?」
シルフィア先生の質問に、俺は答えた。
「睡眠ガスです」
「トゥエイト君!?」
周りにいた生徒たちが、急に俺のもとから離れていく。
「駄目ですよ!? なんでそんな危険なものを作るんですか!?」
「いえ、これは扱いを間違えなければ危険ではありません。実際、他国では睡眠導入剤として不眠症の治療に――」
「没収!! 没収です!! ――げほっ、げほっ!!」
シルフィア先生が薬草入りのすり鉢を取り上げ、水で鎮火した。
心配しなくとも、限りなく効果は薄めてある。この濃度の煙なら、吸っても少し意識が朦朧とする程度だ。
「お前……相変わらずだな」
「トゥエイトさん……相変わらずですね」
他の生徒たちに混じって避難していたグランとミゼが、責めるような目で俺を睨んだ。
最近――――俺は、こういう目で見られることが多かった。
以前、エリシアに「貴方は怪しい奴よ」と言われたことを思い出す。
どうやら俺はまだ、その「怪しい奴」から脱却できていないらしい。
「グランとミゼもアレンジをしたのに、何故、俺だけ怒られるんだ」
「いえ、その……アレンジの幅、と言いますか……」
「ていうか俺のアレンジは意図してねぇよ」
各々、俺を責めるような目はまだ維持していた。
反省点は俺にあるらしい。
「仕方ない、他のものを作るか」
再び薬草を幾つか用意し、調合を開始する。
薬草を取りに行く時、シルフィア先生はずっと俺を睨んでいた。
納得はいかないが、俺も反省しているのだ。同じ過ちを犯す気はないので安心して欲しい。
「しかし、このポーション、マジでうめぇな」
俺が調合している間、グランがミゼの作ったポーションをちびちびと飲みながら言う。
「レベル2でこれなんだから、レベル5とかどんな味なんだろうな?」
「さぁ……天にも昇る味、みたいになりそうですね」
実際はそれほど美味しいわけではないが、言わぬが花というやつだろう。
二人の会話を聞きながら、黙々と薬草を磨り潰していく。
すると、シルフィア先生がグランたちの会話に混じった。
「分類的には、ポーションの最上位はレベル5ではありませんよ」
頭上に疑問符を浮かべるグランに、シルフィア先生は頷いた。
「ポーション類の最上位は、霊薬エリクサーと呼ばれる薬です。特殊な素材……霊草エクサを調合してできるものですが、これがあればどんな病でも必ず治ると言われており、過去には死者すら蘇生したという逸話もあります」
「そ、そんなものがあるんですね……」
「はい。ただ、現代では材料となる霊草エクサが滅多に見つからず、ここ十年で製造されたエリクサーの数は、僅か五本とされています。仮にエリクサーが完成したとしても、意識不明の重篤患者に使われる場合が殆どですから、味の方は誰も知らないのが現状ですね」
先生の丁寧な説明に、グランとミゼは深く感心した様子で頷いた。
「ところで、トゥエイト君は何を作ってるんですか?」
シルフィア先生が訊く。
俺は薬草の根元を火で炙り、白い煙が立ち上ったのを確認してから答えた。
「催涙ガスです」
「トゥエイト君!?」
28「死ななければ安全では??(真顔)」
ちなみにグランは戦場にいた筈なのに、レベル1のポーションしか飲んだことがありません。
笑顔が絶えないアットホームな職場だったそうです。




