オマケ『芝居を止めるな!』
27話と28話の裏側です。演技中のトゥエイトの本心も入っています。
実は色々と予想外のことが起きていました。
この話は読まなくても問題ありません。
エリシアの手を引き、襲撃者――まあ実際は俺の元同僚だが――から遠ざかる。
「お、おい、なんだこれ。どうなってんだ!?」
「いいから逃げるぞ!」
混乱するグランに向かって叫ぶ。
グランとミゼは驚きながらも、俺とエリシアの後に続いて逃走を開始した。
……よし、一先ず計画通りに進んだ。
最初の関門だ。
まずは、グランとミゼを遠ざけなくてはならない。
「逃がす気はない」
予定通りのタイミングで、襲撃者役の男が俺たちに追いついた。
直後、予想外のことが起きる。
グランが拳を握り締めて、襲撃者の男へと立ち向かった。
「グラン、よせ!」
マジでよせ!!
「おらああああああああああああああッ!!」
制止の声は間に合わない。グランが拳を突き出した。
急いで襲撃者役の男に視線を注ぐ。「極力手荒な真似はしないでくれ」と視線で訴えると、「余裕」と一瞬のジェスチャーで返された。
男は宣言通り、余裕綽々といった様子でグランの拳を受け止めた。
「なっ!?」
「もう一度言う。用があるのは、そこの女だけだ」
ゴクリと喉を鳴らす。
今のは焦った。……グランの性格をもう少し考えておくべきだったか。
「グラン、ミゼを連れて何処かへ逃げろ」
「……お前らは、どうすんだよ」
「俺たちも逃げる。……心配するな、すぐに追いつく」
「…………くそ。よくわかんねぇけど――信じてるからな、トゥエイト!!」
そう言ってグランはミゼと共に逃走した。
よし。多少のアクシデントはあったが、どうにか軌道修正ができた。
「貴様も逃げていいぞ。そこの女さえ差し出したら、他の人間には手を出さないことを約束する」
「……差し出さなければ、手を出すということだろう」
「そうだな。――――その通りだ」
男が襲い掛かってくる。
「エリシア!」
「……っ!」
棒立ちするエリシアへ呼びかけ、二人で男から逃走する。
「逃がす気はないと、言った筈だ」
瞬間、後方から三日月状の斬撃が飛来した。
防御は――間に合わない。
いいタイミングだ。
これなら俺も、自然な流れでエリシアを庇うことができる。
そして、俺はエリシアの代わりに、斬撃をモロに受けた。
「ぐっ!?」
「トゥエイトっ!?」
呻き声を上げるが――痛みはない。
先程の斬撃は、見かけ倒しの一撃だ。だがエリシアには、致命傷に近い傷を受けたと思われているだろう。
「動きはいいが――所詮は学生だ」
襲撃者が告げた、次の瞬間。
刃が、俺の腹を貫いた。
「――か、はっ」
ドスリ、と。体内から重たくて嫌な音がした。
だが俺の腹を貫く刃は、当然、本物の刃物ではない。
銅貨三枚の玩具である。
その切れ味は皆無と言っても過言ではなく、お子様でも気軽に使える親切設計であり、しかも先端を押すことで刃先が内部へ収納される優れものだ。この機能を利用して、俺はあたかも刃物に刺されたかのような演技を行った。
剣が抜けると同時に、俺は用意していた血糊入りの袋を破き、腹と口から大量の赤い液体を垂れ流す。
「嘘……トゥエイト…………?」
エリシアが信じられないものを見るような目で、倒れる俺を見下ろした。
流石に少し心が痛い。演技とは言え、エリシアに嫌な気持ちをさせているのは事実だ。
「エリ、シア…………逃、げろ……」
真っ赤な液体を吐きながら、言葉を発す。
これが最期の言葉になっても構わない。そういう気持ちで俺は告げた。
……まあ、最期の言葉にはならないんだが。
気持ちの問題である。
とにかく。
彼女は漸く、未来があることの素晴らしさに気づいたのだ。
今、前を向こうとしている彼女を、死なせたくない。
例えその結果――俺が死ぬことになっても。
…………まあ、死なないんだが。
例え話である。
「早く、逃げろ……ッ!!」
「――ッ!!」
必死の一言が迫力を生んだのか、エリシアは脇目も振らずに逃げ出した。
立ち去っていくエリシアを見届けた後、俺はゆっくりと立ち上がる。
襲撃者役の男は、じっと俺の方を見つめて、呟いた。
「名男優かよ」
「だよな。……俺たち、天才か?」
どうやら俺にはナンパ師だけでなく、役者の才能も備わっているようだ。
なんて、くだらないことを言っている場合ではない。
「手筈通り、ここからは俺も襲撃者役だ。生首の用意は?」
「ここにあるぜ。ほらよっ」
「おい、投げるなよ――――あっ」
「あっ」
投げられたグランの生首(偽)を取り損ない、うっかり地面に落としてしまう。
ぐちゃり、と。嫌な音がした。
恐る恐る生首を拾ってみると……。
「……マズい。頭頂部の髪がごっそり取れた」
「うわ、悲惨」
グランが円形脱毛症になってしまった。
この若さでこのハゲは辛い。
「……流石にこのままではエリシアの前に出せないな」
「俺ら、どっちも《錬金》使えねぇし……どうする? こっちのミゼって子の首だけ持ってくか?」
「いや、下手に片方だけ生きていると、妙な希望を抱かれる可能性もある。なんとかして二人分の首を持っていきたいところだが……そう言えばお前、茶髪だったな?」
「……おい、28。念のために訊くが、だったら何だよ?」
「お前の髪を、この生首に移植しろ。これはお前の責任だ」
「あぁん? 28がちゃんと受け取らなかったからじゃねぇか」
「大事な小道具を投げ渡す馬鹿がいるか。これはお前の不注意が原因だ」
「……」
「……」
男が瞬時に《靭身》を発動し、離脱を試みた。
だが、この間合いなら俺の方が速い。《物質化》を発動し、掌から伸ばした刃を男に突きつける。
動きを止めた男の懐へ潜り込み、次の瞬間――。
俺は男の頭を鷲掴みにした。
「ぐおっ!? 冗談じゃねぇ! 俺の髪は俺のもんだ!」
「悪く思うな」
グランの髪は宍色だ。
茶髪とは微妙に色合いが異なるが、一部だけの移植なら誤魔化せるかもしれない。
「いてぇ! ブチブチ言ってる!」
「悪く思うな」
「お前! お前――マジで覚えてろ! 次会ったらぶっ飛ばしてやるからな!」
「悪く思うな」
口腔に入れていた血糊袋を取り出し、液体の粘度を利用して男の髪を生首に移植していく。強い衝撃を与えるとすぐに取れてしまいそうだ。ここからはデリケートに扱わねばならない。
そして――――俺たちはすぐに、芝居を再開した。
エリシアに追いついた俺たちは、襲撃者のフリをして向かい合う。
先に男の方が口を開いた。
「遅かったな(死ね)」
「ああ。途中、邪魔な二人組がいたから、少し手間取った(悪く思うな)」
男の殺意に満ちた視線を無視して、俺は演技に集中した。
二つの生首を、エリシアの足元に転がす。
「あ、あぁぁ、あぁあああぁぁああ…………ッ!?」
エリシアが悲鳴を上げた時。
正直、俺は安堵に胸を撫で下ろした。
楽しそう。




