32話『作戦終了』
「こちらトゥエイト。作戦に成功した」
屋敷から数百メートル離れた建物の、屋根の上で。
狙撃を終えた俺は、『通信紙』でクリスに連絡を入れた。
『了解。……ねえ。貴方、今、煙幕の中にいる人を撃たなかった?』
「窓が開くと同時に一瞬だけ部屋の中が見えた。それで十分だ。……大体、俺は今までも砂嵐の中とか、吹雪の中とかで、こういう仕事をこなしてきただろう。……主に誰かさんのせいで」
『……誰のことかしらね』
お前だ。
いつも無茶を言いやがって。
しかし砂嵐や吹雪と比べると、煙幕は比較的、楽な部類だ。
煙幕に身を隠して動くのは意外と難しい。混乱している素人には無理だ。
――少し、疲れたな。
最終的な狙撃だけならともかく。
全体的に見れば、今回の作戦は中々難易度の高いものだった。
臆病者のロベルトを、どうやって追い詰めるか。
ロベルト以外の人間を殺さないよう、どう立ち回るか。
後者が難問だった。なにせロベルトの周りにはいつも正燐騎士団が傍にいる。
彼らとの戦闘を避ける方針で作戦を立てようとすると、途端に選択肢が狭まってしまった。
最初。俺はノープランでロベルトを狙撃できないか試みた。だが、そこはやはり臆病物のロベルトらしく対策がされていた。ロベルトが滞在していると思しき部屋の窓が、全てカーテンで覆われていたのだ。
だから、今回の作戦に出た。
煙幕入りのプレゼントを用意した俺は、エリシアの模擬復讐で使用した正燐騎士団の鎧を身につけた後、屋敷前にいた使用人に中身がローレン宛ての手紙であることを伝えた上でプレゼントを渡した。臆病者のロベルトなら、正燐騎士団の中で最も強いローレンを常に傍へ置きたがる筈だと予想した上での行動だ。
プレゼントを渡した後は、すぐに予め定めていた狙撃位置まで移動した。《靭身》を使えば、数百メートルの距離なら数十秒で移動できる。
「しかし……一人でやる作戦ではないな」
『お疲れ様。結構な綱渡りだったわね。予備のプランとかあったの?』
「ああ……最悪、屋敷に仕掛けた《爆発罠》を起爆させて、ロベルトが慌てて出てきたところを狙撃するつもりだった」
『……それはやめて。うちの予算が尽きるわ』
あの屋敷、相当高価なのだろう。
今回のプランが一番大人しい上、周囲への被害も少ないため、うまくいって良かったと言える。
『そう言えば、相棒の調子はどうだった?』
クリスの問いかけに、俺は今、握っている道具を見た。
それは、大戦中、俺がずっと使っていた真っ黒な狙撃杖だった。
「相変わらず、抜群の性能だ」
懐かしい感触を返す狙撃杖に、俺はきっと満足気な笑みを浮かべていた。
――BF28。
巨大な鴉の魔物、ブラックフェザーの素材で製造された軍用魔法具だ。
その名の通り、この狙撃杖は俺のために開発された魔法具である。
あらゆる魔法の補助が可能な魔法杖ならともかく、《狙撃》の補助のみに特化した狙撃杖が、個人用に開発されるのは珍しい。やたらとコストがかかるわりには汎用性が低いからだ。
しかし機関は、持ちうる最新技術の粋を集めて、この狙撃杖を作ってくれた。
その性能は汎用的な狙撃杖とは比べ物にならない。
煙幕の中、狙撃に成功したのも、半分はこの狙撃杖のおかげかもしれない。
杖の上に取り付けられている『遠視晶』を覗く。
数百メートル先にある、屋敷の中の光景が、『遠視晶』を通して鮮明に俺の目に映った。
見れば、正燐騎士団だけでなく、辺りを警邏していた王都の衛士たちも、騒ぎを聞きつけてロベルトが死んだ部屋に集まっていた。
「……ん?」
部屋の中にいる衛士に、どこか見覚えがある。
その衛士は、ロベルトの様子を確かめる――――フリをして、窓際に置いてある銀色の鞄を、さり気なく回収した。
「成る程……局がここまで協力してくれた理由が漸く分かった」
『あ、バレちゃった?』
薄々気づいていた。
局はきっと、俺の行動に便乗して何かを狙っているのだろうと。
その狙いこそが、先程、衛士が回収していた銀色の鞄だったようだ。
あの衛士は偽物である。多分、局の人間だろう。
「大方、中身は裏帳簿といったところか」
『まだ中身を確認してはいないけれど、恐らく正解よ。ロベルトは王都へ来るついでに、裏取引をする予定だったみたい。そういう情報が少し前にリークされたの』
成る程、と俺は相槌を打つ。
多分、その裏帳簿には、ロベルトの取引先となる組織の名がズラリと記載されている。局はこの裏帳簿を入手することで、その組織の弱みを握ろうとしているのだ。
『ここから忙しいのは私の方ね。……通信を切るわ。貴方の相棒はまた今度、返してちょうだい』
「了解」
通信を切り、ふぅ、と一息つく。
これで、本当の意味で一件落着だ。
BF28に魔力を通すと、形がみるみる変化し、黒い腕輪となった。それを左手首に巻き付ける。
隣の建物の屋根へと飛び移り、騒がしい屋敷からどんどんと離れていく。
目指す場所は勿論、学園だ。
――戻ろう。
あの平穏な日常へ。
次回、1章エピローグです。
 




