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31話『影の英雄』

2019/06/27 改稿後の内容です。

改稿前の内容とは全く異なります。ご迷惑をおかけしました。

(当初やりたかったことについては、一章が終わった後、割烹に投稿いたします)

 王城から百メートルほど離れた場所に、大きな屋敷がある。

 来賓の貴族向けに用意された貸別荘だ。別荘とは言え見た目は完全に邸宅であり、外装のみならず内装にもふんだんな金が使われている。成金趣味で、口うるさいと評判の貴族も、この別荘に文句を言うことはない。


 現に――ロベルト=テルガンデも、満足気な様子で寛いでいた。


「ふん、王都の街並みはゴチャゴチャしていて気に入らんが……金の使いどころは分かっているようだな」


 屋敷の最上階にて、ロベルトは付近の調度品を眺めながら言った。


「お前も、そうは思わんか、ローレン?」


 ロベルトは、隣に立つ男へ声をかける。


「……お答えいたしかねます」


「つまらん奴だ」


 ロベルトが不満気な顔で言う。

 その時、ドアが小さな音でノックされた。


「入れ」


「失礼します、お飲み物をご用意いたしました」


 この屋敷で働く使用人が、一礼してから部屋に入った。

 右手に持つトレイの上には、ワインと、二つのグラスが載せられている。


 使用人はロベルトの傍にあるテーブルまで歩き、そこでグラスにワインを注ごうとした。


「毒味しろ」


「へ?」


 ロベルトの言葉に、使用人が目を丸くする。


「毒味するんだ」


「しょ、承知いたしました」


 使用人は驚きながらも、もう一つのグラスへワインを注ぎ、それを口に含んだ。

 使用人の喉が動く。グラスを離した後、その唇には微かにワインが付着していた。


「ここに置け」


 毒味を確認したロベルトは、短く指示を告げる。

 使用人はトレイを置き、どこか困惑した様子で部屋を去った。


「ロベルト様……失礼ですが、貴方は一体、何を恐れているのですか?」


「……ローレン。貴様の役目は、余計なことを考えることではない」


 ロベルトが語気強く言う。

 だが、ローレンは黙らなかった。


「ロベルト様。私はテルガンデ公爵家に忠誠を誓った騎士です。私には、貴方をお守りする義務があります。もし、貴方が何者かに狙われているのであれば、それを私に教えていただきたい。そうすれば、私が必ずお守り――」


「――なら貴様は、"裏"の人間にも勝てると?」


 ロベルトが苛立たしげに言った。


「正燐騎士団の団長である貴様なら、耳にしたこともあるだろう。テラリア王国が抱える暗部……機関や局の存在を」


「確かに、大戦時は、よく噂を聞きましたが……」


「勇魔大戦の際、軍の上層部は作戦の都合上、しばしば"裏"の者と接触した。幸か不幸か、私は関わらなかったが……聞いた話によると、"裏"の兵士は皆、人間業とは思えない高度な技術で敵を殺すらしい。刺殺、毒殺、絞殺、射殺……その方法も色々だ。特に、"裏"の中でもエースと呼ばれている兵士は、勇者ですら倒せなかった魔人をたった一人で倒してみせたという。それも一度ではなく、数え切れないほど、な」


「それは……流石に、信じがたいかと」


「私もそこまでは信じておらん。まあ、都市伝説のようなものだろう。……だが、火のない所に煙は立たないとも言う。噂は誇張されているのだろうが……それでも世の中には、信じがたいほどの恐ろしい殺し屋がいるようだ。私は、そういった存在に狙われる可能性を警戒している」


 ロベルトが、微かに震えた声で言った。


「しかし、"裏"と言っても王国の味方であることに変わりはありません。狙われる心当たりでもなければ、安心しても良いかと」


「……分からんぞ。自ら正体を隠し続ける組織など、信じられる筈がない」


 そう答えつつ、ロベルトは内心で悪態をついた。

 心当たりがあるから困っているのだ。


 ――証拠は残っていない筈だ。


 汚職の証拠を握ったガリアは殺した。

 その下手人である傭兵たちも、一人残らず始末した。

 今の自分が"裏"に襲われる理由はない。


 ――だが、警戒するに越したことはない。


 王国の"裏"には狙われなくとも、他国にそういった組織があるかもしれない。

 自分は多くの人間から恨みを買っているのだと、ロベルトは自覚していた。


 故に、徹底的に警戒する。

 赤の他人から受け取った食べ物や飲み物は、必ず毒味してから口に含む。

 領地を出る場合は必ず騎士を傍につかせる。


 この屋敷にいる間も、一切警戒を怠らない。

 屋敷の最上階にあたるこの部屋には、大きな窓が二つ取り付けられていた。そこから眺める王都の夜景は、きっと美しいのだろうが――ロベルトはこの部屋に訪れると同時に、すぐにカーテンで窓を覆い隠した。外からの視線を遮断するためだ。


「ロベルト様、ご安心ください」


 ローレンが真摯な態度で言った。


「先代団長のガリア殿には敵わなくとも――私も、正燐騎士団の団長です。ロベルト様は、私が必ずお守りいたします。たとえ何らかの理由で、"裏"の人間が相手になったとしても、私が必ず、貴方の剣となり、盾となってみせましょう」


 自信に満ちた表情で、ローレンは言った。


 騎士とは、つくづく便利なものだな、とロベルトは思った。

 よほどのことがない限り、主を裏切ることはない。使い勝手のいい忠犬である。


 その時。部屋のドアがノックされた。

 ロベルトが「入れ」と言うと、先程飲み物を持ってきた使用人が、再び現われた。


「今度は何だ」


「そ、それがですね、ローレン様への贈り物ということでして……」


「私に?」


 ロベルトの傍に立っていたローレンが、驚きの声を発す。


「差出人は、先日の合同演習を見学していた学生のようです。外を巡回している正燐騎士団の方が受け取りました。その騎士様によると、中はローレン様に宛てた手紙とのことです。なんでも、差出人はローレン様のファンを自称しているらしく……」


「……そういった類いは、受け取らないと言った筈だが」


「その、差出人がとても熱心な方だったようでして。どうしても受け取って欲しいと、しつこく頼まれたのでやむを得ず……とのことです」


 使用人が申し訳なさそうに言う。


 これを受け取ったのは正燐騎士団の団員だ。検閲を済ませた上でこの使用人に贈り物を預けたということは、大して負担になるものでもなかったということだろう。


「預かったものはそれだけか」


「はい。その、お受け取り下さい」


 使用人はその手に持っていた白い箱を、ローレンに渡す。

 ローレンはゆっくりと箱を開けた。――直後。


「なっ!?」


 大量の、白い煙が箱から溢れ出した。

 ローレンは動揺を押し殺し、即座に剣を抜く。


 襲撃――敵はどこだ。


 普通に考えれば、この箱を持ってきた使用人だ。

 ローレンは煙幕で視界が埋まる直前、使用人の影を捕らえ、その腕を掴んだ。


「貴様、どういうつもりだッ!?」


「ひいっ!? し、知りません! 私は何も知りません!!」


 ローレンに腕を掴まれた使用人はその場にへたり込み、悲鳴を上げた。


 襲撃者は――この使用人ではない。

 ならば、誰だ。

 誰が、何のためにこんな真似をした。


 使用人の動きに注意を払いつつも、ローレンは部屋の入り口を見張る。

 だが、いつまでたっても侵入者は訪れない。


「ローレン! おい、何がどうなっている!」


 ロベルトが慌てた様子で叫んだ。


「くそ――何も見えん!! 窓を開けろッ!!」


 カーテンの引かれる音がした後、窓が軋みながら開き始めた。

 白い煙が一気に外へ流れる――その光景を目の当たりにしたローレンの脳裏に、ふと、先程の会話が過ぎった。


 "裏"の兵士は、人間業とは思えない高度な技術で、敵を殺す。

 その方法は様々だ。


 刺殺、毒殺、絞殺――――。



 ――――射殺(・・)



「ロベルト様ッ! お待ちくだ――――」








 次の瞬間。


 ロベルトの脳天に、綺麗な穴が空いた。










 ◆










 死の間際。

 窓を開けたロベルトは、何故か、数百メートル先にいる狙撃手の顔が見えたような気がした。


 軍の上層部では、こんな噂が囁かれている。


 勇者の裏で、数々の魔人を殺してきた、大戦における真の英雄がいるらしい。

 その人物は大戦中、"表"の人間では敵わない相手を、積極的に処理してくれたそうだ。


 局や機関の人間は、滅多に名を明かさない。

 それでも、あまりにも突出した兵士は、いつの間にか名を知られてしまうものだ。

 敵の断末魔の叫びで。或いは味方の喝采で。

 その名は、少しずつ、風に運ばれたという。


 テラリア王国の暗部。


 真兵特務機関のエースナンバー。





「……………………28(トゥー・エイト)





 その人物は、狙撃が得意らしい。


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