31話『普通科の意義』
翌日。
学園に登校し、教室に向かっていると、
「やあ、トゥエイト君」
前方から男子生徒に声を掛けられた。
「……生徒会長?」
「いきなりで申し訳ないが、少しいいかな? 君と話したいことがあるんだ」
「今からですか? そろそろ一限目の授業が始まりますが……」
「生徒会長の権限を使うから大丈夫。君の成績に支障はないよ」
口調は柔らかいが、有無を言わせぬ迫力を感じる。
重大な話かもしれない。俺は頷いて、生徒会長と共に生徒会室へ向かった。
生徒会室に入った会長は、すぐに扉の鍵を締める。どうやら他の者に聞かれたくない話をするらしい。
「昨晩は有益な情報を得られたかい?」
ソファに腰を下ろした会長は、対面に座る俺に、神妙な面持ちで訊いた。
「……あの時の視線は、会長だったんですね」
「まあね」
昨晩、襲撃者と戦闘する直前、背後から何者かの視線を感じたことを思い出す。あれは会長の視線だったらしい。
この分だと、俺とエリシアが会長たちを尾行していたことにも気づいているのだろう。
「……これといって有益な情報は得られませんでした。強いて言うなら、予想が確信に変わっただけです」
「十分、有益に聞こえるけどね」
微かに笑みを浮かべて会長は言う。
「単刀直入に訊こう。――君は僕の敵か?」
会長がそう告げると同時に、恐ろしい殺気が放たれた。
全身を針で突き刺されたような錯覚を抱く。指一本でも動かせば、次の瞬間には心臓が握り潰されているような、そんな恐怖が脳に湧いた。精神を鍛えていない人間がこれを浴びると気を失ってしまうだろう。
回答は、慎重に選ばなくてはならない。
この程度の殺気に動揺するほど柔な鍛え方はしていないが……わざわざ目の前の人物と敵対する意味もない。
「恐らく、違います」
「……恐らく?」
「貴方が、俺にとって許せないことをしているなら、敵になるかもしれません」
「なるほど。それはそうだ」
そう言って会長は、殺気を止めた。
「悪いね。これでも色々と敵が多い身だから、気を張っているのさ。……それにしても、まさか冷や汗ひとつかかないとは思わなかったけど」
会長が俺の顔をまじまじと見つめる。
ここは黙秘しておこう。詮索されても面倒だ。
「話というのは、この学園についてだ。新入生である君から色々と意見を聞けたらと思ってね」
会長は先程と比べて少し弛緩した態度で、本題を切り出した。
「トゥエイト君は今のビルダーズ学園をどう思う? 英雄科と普通科の対立については君も痛感しているだろう。確か君は、まだ入学して間もない時期に、英雄科の貴族と決闘を行った筈だ」
「……よく知っていますね」
「これでも生徒会長だからね」
生徒会役員であるミラは、同級生の顔と名前を全て記憶していると言っていた。生徒会という組織には、学園の生徒たちを把握する力があるのだろう。
「……二つの学科が対立しているのは紛れもない事実です。英雄科の中には、普通科を見下している生徒も数多くいます」
このくらいは生徒会長も知っているだろう。
「しかし、一方でその対立に疑問を抱き始めている者もいます」
「疑問を……?」
「俺と決闘した英雄科の生徒は、今では認識を改め、普通科を見下さないようになりました。学園全体の対立構造を考えれば、たった一人の変化など些細なものかもしれませんが……切っ掛けさえあれば、同じように認識を改める生徒も増えるのではないでしょうか」
ジークと実際に和解したのはつい先日のことだ。
しかしあの男は、もっと前から態度を改めていた。ああいう生徒も今後ポツポツと現れるだろう。
「それに、普通科も悪いわけではありません」
今までの学生生活を思い出しながら告げる。
「対立による不利益を感じることもありますが……それ以上に、この整った環境で、好きな学問を修められるのは魅力的です。普通科の生徒たちは、数年後にはこの国の平和を象徴する世代になると考えます」
そう答えながら、俺が頭の中で思い浮かべたのはグランだった。
あの男は、その気になれば英雄科の生徒にもなれただろう。だが戦争の苦しみを理解して、戦うための力よりも平和に生きるための力を求めた。
大戦が終えた今、きっとこれからはそういう力が求められる筈だ。あの戦争で血みどろの成果をあげた人間も、これからは平和に生きる道を模索しなくてはならない。それはまさに――俺自身の課題でもある。
普通科は有意義な環境だ。
この学科の生徒たちは、きっと将来、平和になった世の中での生き方を体現することになるだろう。
「そうか。……それは嬉しいことを聞いた」
生徒会長は、本心からの柔らかい笑みを浮かべて呟いた。
「実はね。普通科を設立したのは僕なんだ」
「……そうなんですか」
それは初耳だった。
学園の経営陣や政府の意向かと思ったが……まさか学生の意見が発端だったとは。
「君は僕が、勇魔大戦に参加したことを知っているかい?」
「話だけは聞いています」
「厳密には、あの大戦には僕以外にも二人の生徒が参加した。一人は君も知るあの赤髪の男、バレン=スティーレン。そしてもう一人は、前生徒会長であるフラウ=デュライトだ」
「……デュライト?」
「ああ。フラウは僕の姉だ」
現生徒会長の名はイクス=デュライト。
前生徒会長のフラウ=デュライトと続き、姉弟で生徒会長の座についているということか。
「普通科の設立はフラウの遺言なんだ。僕は彼女の志しに同意し、その遺言に従って行動した。……だから、君の話を聞いて、少しだけ姉に報いることができたような気がするよ」
そう言えば以前、バレンが会長に「姉の死を黙っていた」と告げていた。
どうやら前生徒会長である会長の姉は、先の大戦で亡くなったらしい。
「学園の上層部も普通科の設立には概ね賛成だった。ただ一人……バレンだけは、今でも反対しているけどね」
「……どうして、反対を?」
疑問を口にすると、会長は微笑する。
「それは、本人の口から聞いてくれ」
ここまで話しておいて、急にはぐらかされるとは。
些か不満ではあるが、なんてことはない。最初からそれが言いたかっただけだろう。
「ところで、君はどの競技に出場するんだい?」
「フィジカルレースです」
「手抜きはよくないな。君はウォーゲームみたいな実戦に近い競技の方が向いているだろう。なんなら僕の方からミラに伝えておくよ?」
「遠慮しておきます」
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空属性の使い手は、《攻撃範囲特化》の力で無双する ~選ばれし300人の地球人がゲームの世界へ転移するようですが、どうやら最強の力を引き当てたらしい~
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300人の地球人が、MMORPGの世界に転移し、そこで好き勝手に暴れ回るお話です。
ちょっとテンプレからズレており、1話目から最強……というわけではありませんが、こちらも「影の英雄の日常譚」と同様、熱い物語になっていますのでお付き合いいただければ幸いです!!
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