30話『急襲』
「我々はすぐに現場へ向かう。二人は寄り道せず、速やかに寮へ戻ってくれ」
焦燥した様子でシュレンさんは俺たちに言った。
「私たちも行きます」
強い口調でエリシアが言う。
「しかし……」
「これでも腕に覚えがあります。そちらもそう思っているから、私を騎士団へ勧誘したんじゃないんですか?」
エリシアは既に正燐騎士団からオファーを受けている。
シュレンさん含む正燐騎士団のメンバーは、エリシアの実力を把握している筈だ。
「……分かった。では、ついて来てくれ」
「シュ、シュレン殿!? 学生を戦いに巻き込むというのですか!?」
「この二人は素人ではない」
そう言ってシュレンさんは俺たちを見た。
「エリシア殿は、ガリア元団長の剣を受け継いだ指折りの剣士だ。それに……そちらにいる少年。君は合同演習の時、ローレン団長に一太刀入れた学生だな」
合同演習の際に行った模擬戦のことを言っているのだろう。確かに俺はあの時、正燐騎士団の団長であるローレンという男に一太刀入れた。
「トゥエイト殿。君のことは団長から直々に聞いている。……君も戦力として数えてもいいだろうか」
「……少なくとも、足手纏いにならないことは約束します」
そう言って俺は肩に担いだ『狙撃杖』を軽く揺らした。
遠距離からの援護なら、誤射でもしない限り足手纏いにはならないだろう。誤射なんてするつもり、全くないが。
「では、現場まで急ぐぞ」
シュレンさんが《靭身》を発動して移動を開始する。
俺とエリシアもすぐに続いた。
「通信が途切れた場所はこちらだ!」
ただならぬ俺たちの様子に、通行人たちが悲鳴に近い声をあげた。
走り続けるにつれて、少しずつ喧騒が聞こえてくる。広場を横切り、大きな道を突き進んでいると、逃げ惑う住民たちとすれ違った。街中で戦闘が行われているらしい。
その時――背後から、粘り着くような嫌な気配を感じた。
「――誰だ」
足を止めて振り返る。
だが、声に応える者はいない。
「トゥエイト……?」
「……気のせいだったみたいだ」
今の俺たちが優先するべきことは、事件の現場に赴いて騎士たちに協力することだ。
不要な混乱を避けるためにも、俺はエリシアに嘘の報告をして再び走り出した。
◇
「……驚いたな」
再び走り出したトゥエイトの背中を見届け、少年はこめかみから垂れた冷や汗を手で拭った。
「英雄科でも随一の才女と噂されるエリシアさんや、現職の騎士たちは気づかなかったのに……」
元々、その佇まいからトゥエイトという人物がただ者ではないと思っていた。ただ今回の応酬でそれが予感から確信に変わった。
彼は恐らく、自分と同じように特殊な経験を積んだ人間だろう。
場数を踏んだ者特有の勘の良さがそれを物語っている。
「悪く思わないでくれ。……こっちも不安なんだ」
後ろめたさに言い訳するかのように、少年は呟いた。
◇
「これは……っ!?」
現場に到着したシュレンさんは、驚愕の声を漏らした。
無惨に破壊された街並みが広がる中、足元には複数の騎士が倒れていた。
「おい、大丈夫か!? 何があった!?」
「シュ、シュレン隊長……それが、私にもよく分からなくて。街を警邏している最中、急に襲われました。住人はなんとか逃がしましたが……すみません、敵を捕らえることは叶わず……」
「敵の詳細は?」
「数は一人……赤い外套で、姿を隠しています。……俺たちを倒した後、南の方へ移動しました」
倒れた騎士が、荒い息のまま話す。
「隊長……気をつけてください。敵は手練れです」
「……そうらしいな」
シュレンさんは神妙な面持ちで頷いた。
倒れている騎士の人数は最低でも五人以上。これをたった一人でやったとなれば、相当な腕利きであると分かる。
いつ襲われても対応できるよう、警戒しながら南へ移動する。
その時、斜め前方で荒々しい火柱が立った。
「あっちか!!」
シュレンさんが速度を上げる。
火柱の方へ向かうと、屋根の上に真っ赤な外套を纏った男を発見した。フードを深々と被っているため顔は見えないが、体格からして男だろう。
「正燐騎士団だ! 速やかに投降しろ! さもなくば力づくで捕らえるぞッ!!」
額に青筋を立ててシュレンさんは言う。
当然、それは形式だけの発言だった。既にシュレンさんは剣を抜いており、次の瞬間、《靭身》で身体能力を強化して男へ接近する。
「援護します!!」
近衛騎士団の逸材サリアも剣を抜き、シュレンさんに続く。
刹那、外套を被った男の周囲に五つの炎塊が現れた。大気をチリチリと燃やす炎は、砲撃と化して二人の騎士に迫る。
「なんだ、この砲撃の数はッ!? これを一人で撃っているのかッ!?」
「く――ッ!?」
退避を余儀なくされた二人の騎士は、そのまま左右に分散する。
一発一発が強力だ。防御できる威力ではない。放たれた砲撃は建物に大穴を空け、地面を派手に抉り、耳を劈く轟音を響かせた。
「サリア殿、無事か!?」
「す、すみません、少し掠りました……!」
苦悶の表情でサリアさんが告げる。
その左腕は激しく出血していた。掠っただけでこれほどの傷を負ってしまうとは、凄まじい砲撃だ。
「……エリシア、前衛を頼めるか」
剣を抜くエリシアに、俺は言った。
「英雄科の入学試験……ファルネーゼ先生の時と同じだ」
「了解」
不敵な笑みを浮かべてエリシアは頷いた。
「――前に出ますッ!!」
体勢を立て直すシュレンさんたちの脇を抜け、エリシアは男へと接近した。
男が頭上に手を掲げると、再び炎の塊が顕現する。
「し――ッ!!」
砲撃が放たれるよりも早く、エリシアが剣を閃かせる。
男は瞬時に《靭身》を発動し、素早く背後にある別の建物の屋根へ飛び移った。エリシアは勢いを止めることなくすぐにその後を追う。
二人を視界に入れながら、俺はディバインホークを構えた。
杖の内部で魔力が圧縮されていく。
「エリシア殿! 砲撃が来ます!」
再び男の頭上で炎が渦巻いたのを見て、サリアが叫ぶ。
だが、その炎が放たれるよりも早く――。
「――遅い」
ディバインホークから半透明の弾丸が放たれた。
弾は目にも留まらぬ速さで宙を穿ち、男の頭上にある炎塊に穴を空ける。
瞬間――炎塊の形が崩れ、激しく爆発した。
「よくやった!!」
爆発が起きた直後、シュレンさんが勢いよく男のもとへ駆ける。
男は先程の爆発を防ぎきれなかったのか、大きく体勢を崩していた。その間に、シュレンさんとエリシア、二人の剣士が迫る。
左右から迫る剣士に、男は両手を広げ――その掌から砲撃を放った。
「なッ!?」
咄嗟の反撃にしては威力が高すぎる。
シュレンさんもエリシアも、自ら転倒して強引に砲撃を回避した。砲撃の余波が、三人の足場である建物を崩壊させる。
崩れ落ちる建物の上で、男はシュレンさんの頭へ掌を向けた。
――マズい。
二人とも完全に体勢を崩している。今、追撃されると対処できない。
俺はすぐに二発目の弾丸を装填し、外套を被った男の胸目掛けて撃ち出した。
男は追撃を中断し、こちらに振り向く。
ガキン! と激しい衝突音がする。
弾丸は、男の正面に現れた半透明の壁に防がれた。
「《障壁》……それも五重か」
あの壁を撃ち抜くのは容易ではない。
だが隙を作ることはできた。男が《障壁》を展開した隙に、シュレンさんとエリシアは立ち上がって後退する。
建物が崩壊し、砂塵が舞う中、一瞬だけ男と睨み合った。
男は真紅の外套を風に靡かせながら、どこかへ去って行く。シュレンさんは後を追おうとしたが、路上で倒れるサリアさんの姿を見て踏み留まった。
「……二人とも、無事か」
シュレンさんは俺とエリシアの方を見て言った。
幸い俺たちは傷ひとつない。共に首を縦に振る。
「先程の敵は、他国の工作員かもしれんな。……あれほどの手練れ、国内にいるなら名も知れているだろう。競技祭や会談の日が近づくにつれて、この国の重鎮たちが王都に集まりつつある。それらを狙っての襲撃かもしれん」
険しい顔でシュレンさんは言う。
「すまないが、学園周辺の警備はもう暫くこのままだ。こうなってしまった以上、今は要人たちの警護を優先するしかない」
その判断には従うしかない。
悠長に俺たちの帰り道を護衛する余裕もなくなった。騎士たちと別れた俺とエリシアは、二人で学生寮まで戻る。
「トゥエイト、どうしたの? さっきから黙ってるけど」
「……いや」
心配そうな目をするエリシアに、俺は何も問題ないと示すべく首を横に振る。
襲撃者の目的について考えていた。
今回の一件、確かにシュレンさんのような見方もできるが……俺には違うように思える。
工作員に狙われているのは学園だけではないかもしれない。それにルーシア帝国以外にも、王国を攻撃したいと考える国が存在するかもしれない。複数の組織が同時に異なる策謀を巡らせている可能性だって十分ある。
可能性を考えれば枚挙に暇がない。
しかし、事実だけを述べるとすれば――。
――今回の一件で、学園の警備が手薄になった。
襲撃があった場所は学園から離れている。学園付近に配置されていた騎士たちは、暫くの間、そちらの警備に回されることになるだろう。
意外と視野が広い作戦を立てる。しかしその分、部外者への被害が甚大だ。
これ以上は……放置しない方がいいだろう。