27話『試し撃ちと試し斬り』
「それで、どのような『魔法杖』を探している」
店内に陳列された大量の杖を眺めながら、隣にいるジークが訊いた。
「『狙撃杖』が欲しい。使う頻度はそう多くないだろうから、汎用性よりも性能を重視したいな」
「『狙撃杖』としての性能を重視か。なら、こういうのはどうだ?」
顎に指を添えて考えたジークは、右奥にあった黒い杖を手に取った。
「ディバインホーク……少し値は張るが、狙撃に特化した上等な杖だ。通常の『魔法杖』と比べると魔力の最大圧縮率が高く、『遠視晶』の性能もいい」
ジークが杖の詳細を解説する。
杖を受け取った俺は、それを軽く動かしてみた。
「……悪くないな」
重量、長さ、太さ、それぞれ丁度いい。
試しに軽く魔力を通してみると、杖の内部で弾丸が生成される感触がした。流石にBF28と比べると生成速度は劣るが、競技や護身程度なら十分だ。
「本当に競技用か?」
ふと、ジークが訊いた。
「単に競技で勝つためなら、貴様に武器などいらんだろう」
肯定も否定もしない。謙虚に振る舞っているわけではなく、実際分からないからだ。
「……王国が最近、きな臭いことは知っているか?」
小声で尋ねる。
ファルシオン家の嫡男であるこの男なら、多少は知っているだろうと判断した。
「ああ。まあこの時期だからな。例年通りと言えば例年通りだ」
「そういう事態を見越して、いざという時のために武器が欲しいというだけだ」
「……そうか」
何かを察しているかもしれないが、深入りはしてこなかった。
こういう距離感は貴族らしい。危険な香りがする領域には、意味もなく首を突っ込まない。いい勘をしている。
「試し撃ちをしてみればどうだ」
「……できるのか?」
「ああ。この店は地下にそういうスペースが用意されてある」
丁度、試したいと思っていたところだ。
試し撃ちができる場所までジークに案内される。店の奥に地下へと繋がる階段があった。
「あら、トゥエイトも来たのね」
階段を下りると、エリシアたちと合流する。
グランとミゼはエリシアの買い物に付き合っていたらしく、彼女の傍にいた。
「エリシアは試し斬りか?」
「ええ。今まで使っていた武器と比べて少し軽いから、念のため調子を確かめたいの」
そう言ってエリシアは軽く素振りを始めた。
俺も奥の方にある射撃用のスペースで『狙撃杖』を試し撃ちする。壁に的が描かれており、三発ほど弾丸を放って調子を確かめた。
「ねえ、トゥエイト」
試し撃ちの途中、エリシアが声を掛けてくる。
「折角だから、ちょっと実戦形式でやってみない?」
エリシアが剣を軽く持ち上げながら言った。
◆
「ルールは簡単よ」
向かい合うエリシアが言う。
傍にいるグランとミゼ、ジークも興味深そうな様子で話を聞いていた。
「お互い壁際まで離れた位置で勝負を始める。……私がトゥエイトを斬るか、トゥエイトが私を撃ち抜くか。どちらかで決着よ」
エリシアは左右の壁を指さして説明した。
この地下空間で可能な限り距離を取った位置で勝負は始まる。エリシアは俺を斬るために接近し、俺はそれを食い止めるために弾丸を放つ。『狙撃杖』の弾でエリシアを止めることができれば俺の勝利。弾を全て避けるか防ぐかして、俺に一太刀入れることができればエリシアの勝利だ。
「……寸止めはしてくれるんだろうな」
「当然でしょ。まあ勢い余って、ちょっとくらい斬っちゃうかもしれないけど」
不敵な笑みを浮かべてエリシアは言った。
「……分かった。こちらも実戦で試したかったところだ」
エリシアの笑みが一層獰猛なものに変わる。相変わらず勝負事が好きな性分らしい。
それぞれ踵を返し、開始位置についた。
軽く周囲を見回せば、いつの間にか見学者たちが増えていることに気づいた。
彼らは固唾を呑んで俺たちの勝負を見守っている。
俺は観客たちの中にいる一際大きな図体をした男に視線を注いだ。
「グラン、合図を」
「え、俺!?」
「アンタ声でかいでしょ」
そう告げるエリシアの視線は、先程からずっとこちらに突き刺さっている。
研ぎ澄まされた集中。……ただの練習と思っていると、痛い目に遭いそうだ。
「――始めッ!」
グランが大きな声で戦いの始めを告げる。
同時に、俺はDランク魔法《狙撃》を発動。一発目の弾丸を放った。
「甘いッ!!」
エリシアが短く吠え、剣を振るう。
刃と弾丸が鬩ぎ合って、火花が散る。だがエリシアの足を止めることはできず――弾は真っ二つに切断された。
――あれも魔法具か。
通常の剣で《狙撃》の弾を切断するのは至難の業だ。エリシアの技量なら可能かもしれないが、彼女の肉体にはそこまでの負担が掛かっているようには見えない。剣術ではなく武器の性能によるものと判断して間違いないだろう。
素早く二発目を装弾する。
その間にエリシアは一気に距離を詰めてきた。
弾を放つ。だがエリシアは走りながら手首を軽く捻り――刃を切り返すだけで弾を受け流してみせた。
想定外の光景に目を見開く。
次の瞬間には、エリシアが俺の首筋に刀身を添えていた。
「私の勝ちね」
「……流石だな、エリシア」
呼気を吐いて距離を取るエリシアに、俺は賞賛の声を掛けた。
周りにいた観客たちが拍手をする。グランたちも興奮した様子ではしゃいでいた。
「いやぁ、白熱した勝負だったな!」
「はい。その、練習とは思えないくらいの気迫を感じて……ちょっと怖かったくらいです」
グランとミゼの話し声が聞こえる。
だがジークは無言で俺を睨んでいた。
「Cランク魔法具、『凛鉄』。……思ったより、いい感じじゃない。私が持っている『斬鋼鬼』には劣るけど、普段使いはこっちの方がいいかもしれないわね」
自らが握る剣を見つめながらエリシアは呟く。
「二発目の受け流し……あれは狙ってやったのか?」
「ええ。英雄科の入学試験で、ファルネーゼ先生が貴方の弾を受け流している光景を思い出してね。真似できないかって、ずっと練習していたのよ」
見事な技術だ。恐らく入学してから今に至るまで、地道な研鑽を続けてきたのだろう。その向上心には素直に尊敬の念を抱く。
「さて、それじゃあ――もう一回やりましょうか」
肩の力を抜こうとしたその時、エリシアが言う。
「トゥエイト、次は本気で来てちょうだい」
その言葉を聞いて、騒々しい地下が再び静まり返った。
グランとミゼの「え?」という疑問の声が耳に届く。
「……分かった」
どうやらエリシアは、こちらが多少手を抜いたことを察していたらしい。他に気づいていたのはジークくらいか。
試し撃ちに、そこまで本気を出す必要はないと思うが……エリシアは勝負事に対しては真剣だ。お互い本気でぶつかり合わなければ納得できないのだろう。
双方、再び位置についてからグランに視線を注ぐ。
グランは緊張した面持ちで首を縦に振り、大きく口を開いた。
「――始めッ!!」
二度目の勝負が始まった。
初めの応酬は一度目と変わらない。俺は弾丸を放ち、エリシアがそれを剣で斬る。
間を置かずに二発目を放つ。
一度目と違って次は装弾を早くした。接近を試みたエリシアがその直前で足を止め、剣で弾を受け流す。
「……数で攻める気? その程度の浅知恵じゃあ、私を止められないわよ!」
勿論、そんなことは分かっている。
互いの距離があっという間に詰まる中、俺はすぐに三発目を放った。
エリシアは一発目、二発目と同じ要領で、三発目の弾丸も受け流そうとしたが――。
「――ッ!?」
弾丸を受け流したエリシアは、その勢いを殺しきれず体勢を崩した。
驚愕の表情を浮かべて大きな隙を見せるエリシアへ、俺は素早く四発目を放つ。
パン! と小さな音と共に、弾丸はエリシアの額に命中した。
手加減しているので怪我ひとつない筈だが……エリシアにとっては予期せぬ一撃だったのか、そのまま仰向けに倒れる。
倒れたまま動かないエリシアに、俺はゆっくりと近づいた。
「俺の勝ちだな」
「……何をしたの?」
「弾の重さを調整した。一発目、二発目は敢えて軽くして、三発目だけ重めにしておいたんだ」
簡単に説明すると、それだけでエリシアは理解したように溜息を吐く。
「……一発目や二発目と同じ要領で三発目を受け流そうとしたら、想像以上に威力があって隙ができてしまったわ。その隙を狙って、本命の四発目を撃ったのね」
「そういうことだ」
「あ~……悔しい。心理戦で負けたわ。……やっぱり貴方、場数を踏んでいるわね」
悔しそうにするエリシアを他所に、俺は『狙撃杖』の調子を確かめる。
Dランク魔法《狙撃》で放つ弾丸の威力は、魔力の圧縮率である程度調整できる。
ディバインホークの最大圧縮率はかなり高い。これなら時間さえあれば相当、高威力の弾丸を用意することができるだろう。しかしそれでもBF28には劣った。今更ながら、BF28が如何に優秀な武器だったのか理解する。
その後、俺たちはそれぞれ武器を購入し、店を出た。