23話『バレンの試練』
グラウンドにできた人集りは、バレンとミラ、生徒会の二人を囲んでいるようだった。
俺はフィジカルレースのチームメイトを見つけ、話を聞くことにする。
「何かあったのか?」
「あ、ああ。生徒会のバレンって人が、練習に来てくれたんだけど……ちょっとミラさんと険悪な空気で」
説明を聞きながら、俺はミゼと共に二人の様子を見た。
腕を組む黒髪ショートカットの少女ミラ。その正面には、怠そうに耳を掻いているバレンがいる。
「練習に参加していただけるのはありがたいですが、どの種目に参加するかは相談して決めると事前にお伝えした筈です」
「相談って、だから今してんだろうが。俺はスレッジハンマーに参加する」
「……その競技を選んだ理由は何ですか?」
「んなもん、早く終わるからに決まってんだろ」
当然のように告げるバレンに、ミラは溜息を吐いた。
「生徒会の一員である以上、バレンさんも真面目に競技祭へ貢献してください。貴方ならグラディウスかウォーゲームのどちらかがいいでしょう」
「けっ、先輩に対して偉そうな口振りだな」
「今は同学年です」
バレンが獰猛な視線をミラに注ぐ。
二人の様子を見守っていた鷹組のメンバーたちは、バレンが放つ威圧感に戦々恐々とした。だが、ミラは全く怯むことなく睨み返す。
同じ生徒会役員といえど、その仲は良好ではないらしい。
軋轢の原因は十中八九バレンにあるのだろう。バレンは元々、問題児として有名だった。それに今まで練習に参加しなかったくせに、急に現れて、勝手に出場する競技を指定しているのだ。ミラの苛立ちも分かる。
「バレンさん。魔法競技祭は王国随一のイベントです。それは単に盛り上がるという意味だけではなく、政治的・経済的にも重要な催しであるという意味です。……私たち生徒の中にも、単なる腕試しの機会としてではなく、将来を見越して真剣に取り組んでいる方が大勢います」
「だから、何が言いてぇんだ」
「真面目に……ちゃんと勝つ気でやってください」
「ちっ」
バレンは舌打ちした後、後ろ髪をがしがしと掻く。
「ならウォーゲームだ。グラディウスは勝ち抜き戦でめんどくせぇからな」
不本意そうに、バレンは言う。
「ウォーゲームの枠はまだ残ってんのか?」
「……グラディウスとウォーゲームの参加者には、バレンさんが参加する可能性があるので、いざという時は入れ替えが起きるかもしれないと事前にお伝えしています」
「ほぉ、手際いいじゃねぇか。じゃあ早速、面子を決めようぜ」
そう言ってバレンは、周りに集まっている鷹組のメンバーたちを一瞥した。
「ウォーゲームの参加者、出てこい」
上から目線の傲慢な態度だった。だが、全身から滲み出る威圧感が反論を許さない。プライドの高い英雄科の生徒たち五人が、無言でバレンの前に出た。
「よし。じゃあお前ら、今から俺と戦え。一番弱ぇ奴が俺と交代だ」
唐突な提案に、緊張が走る。
他のメンバーが固唾を呑んで見守る中、ウォーゲームに参加する予定の生徒が恐る恐る口を開いた。
「こちらは、他の選手と手を組んでもいいのか?」
「あぁ? そりゃあ別に構わねぇが……」
バレンが、獲物を前にした獣の如き獰猛な表情を浮かべる。
「――早々にそんなこと考えてる時点で、てめぇは見込みがねぇな」
次の瞬間、質問した生徒の頭上から炎の砲撃が降り注いだ。
昨晩、俺の目の前で帝国の工作員を倒した魔法だ。相変わらず予備動作が見えない。
「が――ッ!?」
英雄科の生徒が一人、手も足も出せずに脱落する。
戦闘の開始に、俺たちは巻き込まれないよう素早く後退した。
「そら、残りもさっさと戦え」
バレンの言葉に、残り四人の生徒たちは軽くアイコンタクトを取る。バラバラで挑んでも勝ち目がないと判断したのだろう。
三人の生徒が《靭身》を使ってバレンに襲いかかった。バレンがそれらに対処する間、残り一人の生徒が時間をかけて魔法を構築する。
「《風砲》ッ!!」
バレンと接近戦をしていた三人の生徒が飛び退く。同時に、残り一人の生徒が用意していた魔法を発動した。風の大砲が大気を押しのけ、砂塵を巻き起こしながらバレンへと迫る。
だがバレンはこれを、無駄のない軽々とした動きで回避してみせた。
「狙いが甘ぇな。……砲撃の正しい当て方ってやつを教えてやるよ」
そう言ってバレンは右の拳を握り締める。
キィィン、とその拳にバレンの魔力が収束した。
いつ砲撃を放つのか。四人の生徒たちが冷や汗を垂らしながら警戒していると――バレンは不敵な笑みを浮かべ、《靭身》を発動した。
「いくぜ」
短く告げたバレンは、一瞬で生徒たちに肉薄する。
砲撃を警戒していた生徒たちは、接近戦の準備ができておらず、動揺していた。
「くっ!」
「この――ッ!!」
生徒たちは慌てながらも《靭身》を発動して対応する。
反射レベルで《靭身》を発動できるあたり、やはり英雄科の生徒は普通科と比べて実戦慣れしていると言ってもいいだろう。しかし、同じ英雄科でもバレンはその上をいく。
「遅ぇよ」
単純に《靭身》の習熟度が違う。
二人の鳩尾に拳と蹴りを叩き込み、あっという間にノックダウンさせたバレンは、すぐに傍にいた三人目の生徒に接近した。
足払いで生徒の体勢を崩した直後、バレンはずっと握り締めていた拳を開き、その掌を生徒の胸に当てる。
「――じゃあな」
「え――」
瞬間、紅の砲撃が生徒を吹き飛ばした。
やはり予備動作が全くない。傍から見れば、掌底が《火砲》に変化したようなものだ。
「はははッ! よく学べよ! これが正しい当て方だ!!」
戦場を支配した暴君の如く、バレンは豪快に笑う。
「トゥエイトさん、あれは……」
ミゼが緊張した面持ちで呟いた。
恐らく《叡智の道》で、バレンが何をしたのか理解したのだろう。俺は小さく首を縦に振った。
「佩帯。魔力を運用するテクニックのひとつだな」
俺が用いる圧縮や、オズが用いる多重起動や並列起動と同じように、佩帯も魔力を運用する際のテクニックのひとつである。
「魔法を構築した後、それを敢えて発動寸前に留めたまま、他の行動に移る。言うなれば、魔法を持ち運びながら戦うようなものだ」
魔法を身に着けた状態で戦うこと。即ち、魔法の佩帯。
それが佩帯と呼ばれるテクニックである。
魔法を発動する際の予備動作が少ないと思っていたが、その絡繰りも解けた。バレンは前もって魔法を構築しており、それを佩帯した状態で戦いに臨んでいたのだ。
佩帯は予備動作の前払いと言っても過言ではない。
先に魔法を構築していれば、どれだけ予備動作がかかる魔法でも、一瞬で発動できる。
――高度なテクニックだ。
ただの学生が簡単に身につけられる技術ではない。
偏才化こそしていないが、先程の応酬は、バレンの腕前が頭一つ抜きん出ていることを如実に表していた。
「――《雷槍》」
刹那。
倒れる生徒たちを嘲笑うバレン目掛けて、一筋の雷光が放たれた。
迸る眩い光に誰もが瞼を閉じる中、バレンは焦燥に駆られつつも《靭身》を発動する。迫りくる雷の槍に対し、バレンは半身を翻し、側面から殴りつけるようにして受け流した。
「……多重起動か」
巻き起こる砂塵の中から、バレンが現れる。
だがその姿は――無傷ではない。左半身の制服が焼け焦げていた。
「お前、名は?」
「ジーク=ファルシオン」
「へぇ、お貴族様かよ。それにしては随分とまあ、研鑽されていやがるな。……見込みがあるのはお前くらいか」
どこか愉快そうにバレンは言う。
「最初に脱落した奴、俺と交代だ」
バレンが告げたその一言と共に、この騒動は幕を下ろした。