21話『仲間たち』
「トゥエイトさん。少しいいですか?」
工作員と戦闘した翌日。
昼休みになった直後、不意にミゼから声を掛けられた。
「どうした?」
「その……少し気になることがありまして」
そう言ってミゼは、エリシアやグランがいる方へ軽く視線を向けた。
どうやらエリシアやグランを含め、あまり人に知られたくない話らしい。この後は四人で中庭に向かって昼食をとる予定だが、ミゼが深刻な表情をしているため、俺は「分かった」と首を縦に振り、人の耳目が少ない場所へ移動した。
「それで、何があったんだ?」
「実は……先日、エクソダスの練習をしている途中、変なものを見つけたんです」
「変なもの?」
ミゼは頷き、説明する。
「フィールドの壁に、小型の魔法具のようなものが埋め込まれていました。壁の模様に合わせてカモフラージュされていたので、最初は敵チームのトラップかと思ったのですが……どうも違う気がしまして」
「トラップじゃないと判断した根拠は?」
「私の魔法……《叡智の道》が、そう判断しました」
それは非常に確度が高い根拠だ。
エクソダスは迷路のようなフィールドを用意することで、擬似的な迷宮探索を行う競技だ。フィールドを造る際に使用する壁は、既に学園の倉庫に保管されており、練習でもそれが使われている。
「内部に組み込まれた魔法が、恐らくテラリア王国のものではありません。古い知識なので、多少の違いはあるかもしれませんが……恐らくあれは北方の、ルーシア帝国の魔法だと思います」
恐る恐る告げるミゼに、俺は内心で焦燥した。
――想像以上に優れた力だ。
ミゼの魔法《叡智の道》は、かなり実戦に向いている。
俺は昨晩、道具に仕掛けられた爆弾を幾つか取り外したが、それがどういった仕組みで起爆するかまでは分析できなかった。しかしミゼは、起爆の仕組みだけでなく、それがどの国の技術であるかまで完璧に分析できている。
加えて、ミゼはただの学生ではない。
その本名はミーシェリアーゼ=アルケディア。神聖アルケディア王国の第二王女だ。
テラリア王国の一大イベントである魔法競技祭に、ルーシア帝国が介入しているという事実。……国の政にも一定の理解がある彼女なら、既に何が起きているのか、漠然と予想できているだろう。
「察しはついていると思うが、王国は今、ルーシア帝国から攻撃を受けている」
「……目当ては、ルセクタス会談ですね」
流石、理解が早い。
無言で首を縦に振った俺は、小声で説明を続けた。
「恐らくミゼが目撃したものは、帝国の工作員が仕掛けた爆弾だ。帝国は魔法競技祭を破壊することによって、間接的に会談を潰そうとしている」
「……対処は、できているんですか?」
「現在、対処中といったところだ。混乱を避けるためにも、この件は内密にして欲しい」
「承知いたしました。……爆弾はどうしましょうか」
「見つけた以上は回収しておきたいな」
ミゼは《叡智の道》を持つからこそ爆弾を発見できた。他の学生が簡単に見つけられるとは思えないが、念のため処理しておこう。
「それ、私たちも混ぜなさいよ」
その時、背後から二人の男女が現れた。
不敵な笑みを浮かべるエリシアと、どこか居たたまれない様子を見せるグランだった。
「……聞いていたのか? 周りの気配には、気を遣っていたつもりだが」
「《靭身》って、調整すれば感覚を強化することもできるみたいよ」
そう言ってエリシアは、自分の耳を軽く指でつついた。
なるほど。《靭身》で聴覚を強化したのか。……身体能力の強化と違って、特定の感覚を集中的に強化するのは、簡単ではない筈だが。
「しかし、危険だぞ」
「危険上等よ」
エリシアは笑みを消して、真面目な顔で言った。
「騎士を目指す身として、看過できないわ。クラスメイトが巻き込まれているなら尚更ね」
正義感を示すエリシア。その真剣な面構えに、俺は返す言葉を見つけることができなかった。
次いで、グランも覚悟を決めた様子で口を開く。
「今回ばかりは俺も首を突っ込ませてもらうぜ。……理由は、言わなくてもいいよな?」
「……ああ」
グランに至っては、どれだけの正論を並べても止められないだろう。
俺たちの中で、今回の競技祭に一番気合を入れているのは間違いなくグランだ。ヴァーリバル王国の国王へ恩を返すためにも、競技祭を潰されるわけにはいかない。
ミゼだけでなく、エリシアとグランも学生にしては優秀だ。
手を借りることができるなら、正直、ありがたい。
それに今回は――俺も元機関の兵士としてではなく、一人の学生として行動している。
立場は目の前にいる三人と同じだ。俺に止める権利はない。
「なら、改めて情報を共有するぞ」
中庭に向かった後、俺は三人に詳細な情報を伝えた。
ルーシア帝国の目的から、昨晩俺が工作員と戦闘を行ったことなど。事態の危険性を伝えた上で、俺たちのやるべきことを整理する。
「大体の事情は把握できたわ」
エリシアが得心した様子で告げ、俺の方を見た。
「『ウィングボード』に仕掛けられた爆弾は解体できたのね」
「ああ。それ以外はまだ手が届いていない。……爆弾の解体には思ったよりも時間がかかる。長期戦を覚悟してくれ」
解体に時間がかかったから、昨晩、俺は作業を中断した。
時間がかかる以上、人手は多い方がいい。エリシアたちが手伝いを申し出てくれたことは本当にありがたい。
「生徒会に相談した方がよくねぇか?」
グランの疑問に、俺は考えてから答える。
「……いや、まだしないでくれ」
「ん? なんでだ?」
「後で話す。今はまだ……確証がない」
不思議そうにするグランを、やや強引に納得させる。
こればかりは混乱を避けるためにも、不用意に共有しない方がいい。――下手な情報の共有は、黒幕に動きを察知される危険性が増す。
「まずは手分けして爆弾を探そう。俺とミゼは鷹組で使っている道具を確認するから、エリシアとグランは獅子組の道具を確認してくれ」
「了解だ」
グランが真面目な顔で首を縦に振る。
「でも、あれね。ようやくって感じね」
ふと、エリシアが言った。
何のことか分からず黙っていると、ミゼとグランが微笑を浮かべる。
「そうですね」
「だな」
二人の様子に、俺はますます意味が分からなくなった。
「なんだ?」
三人に対して疑問を投げかけると、エリシアが笑みを浮かべる。
「やっと、貴方と肩を並べて戦えるのね」
その言葉を聞いて、俺は学園に入学してからの出来事を思い出した。
そうか。そういえば――俺は今まで、この三人をできるだけ巻き込まないように動いていた。
根拠はないが、確信に近い直感がある。
きっと俺は、これからこういう立場での戦いが増えるのだろう。反対に、元機関の兵士という立場は少しずつ薄れていく筈だ。
いい変化だと素直に思う。
大戦が終わり、殆ど考えなしに"裏"から飛び出したが……あの頃と比べて、俺は確実に新しい自分になっている。
「頼りにしているぞ」
そう告げると、三人は嬉しそうに笑った。
「ええ」
「はい!」
「任せろ!」