17話『"表"の仕事』
『敵はルーシア帝国。目的はルセクタス会談の阻止よ』
その一言を告げられると同時に、事の全容がなんとなく見えた。
「ルーシア帝国の目的は、ヴァーリバル王国を手に入れることか」
『相変わらず理解が早くて助かるわ』
以前、グランから聞いた話を思い出す。
ヴァーリバル王国は第四次勇魔大戦によって国力を消耗しており、テラリア王国かルーシア帝国のどちらかに併合される可能性が高い。
そして昨今、ヴァーリバル王国の国王は、ルセクタス会談にてテラリア王国の首脳陣と国の今後について話し合う意思を表明した。
グランも言っていたが、恐らくルセクタス会談では、テラリア王国とヴァーリバル王国の併合について話し合われる。つまり……この会談が行われると決定した時点で、ヴァーリバル王国はテラリア王国を選んだということが暗に示されているのだ。
だから、ルーシア帝国はその妨害を企てている。
単に会談を阻止したいだけなのか、それとも会談の阻止は大規模なテロの取っかかりになるのか。作戦の規模は不明だが、とにかく彼らの狙いは読めた。
「テラリア王国とヴァーリバル王国の併合について話し合うのが、ルセクタス会談だ。それを阻止するために、魔法競技祭に干渉するつもりだな」
『恐らくそういうことね。ビルダーズ学園の魔法競技祭といったら大規模なイベントよ。学生だけじゃなく、国の重鎮や国外からの来賓も大勢集まる。そこで大きな問題を起こせば、会談が中止になる可能性も高いわ。しかも、会談を直接狙うよりリスクが低い』
クリスの言う通りだ。
「つまり俺たちは……魔法競技祭を壊されそうになっているわけか」
明確に、戦う理由ができた瞬間だった。
「学園の警備態勢はどうなっている?」
『今のところ、王国軍および複数の騎士団が担っているわ。と言っても詳細は分からないけれど……』
「分からない?」
クリスらしくない曖昧な説明に、俺は首を傾げる。
『今回の仕事は"裏"のものではなく"表"のものよ。ルセクタス会談および魔法競技祭の警備……はっきり言って、今回に関して言えば局は外様みたいなものだから、私自身、必要最低限の情報しか与えられていないのよ。申し訳ないけれど、私からのサポートは期待しないでちょうだい』
「……了解した」
侵入者への対処が遅れているのは、クリスのせいではなかったようだ。軍か騎士団が、学園付近の警備を任されているのだろう。
軍や騎士団など"表"の組織が役立っていないから、現にこうして話しているわけだが……何か事情があるのかもしれない。
王国軍だって馬鹿ではない。
単に敵を取りこぼしたというわけではないだろう。
『学園の警備については、生徒会が関与していた筈よ』
「生徒会?」
『ええ。例年通り……といっても、前回は勇魔大戦の影響で中止になったから随分と前のことだけれど、当時と同じ流れだとしたら生徒会が学園の警備態勢について責任を持っているわ』
「生徒会といっても、ただの学生だろう。そこまでの権力があるのか?」
『それだけ優秀で、信頼に値するのよ。ビルダーズ学園の生徒会は』
クリスは説明する。
『近衛騎士団の団長ユーシス=アクラインと、副団長のブレイメン=エバンスは、どちらもビルダーズ学園の生徒会役員だったわ。王女ソフィア様も大戦が始まらなければ生徒会に入る予定だったし、勇者シオンも同様ね。ビルダーズ学園は王国の未来を担う子供たちが通う場所だから、生徒会はその筆頭と言っても過言ではないの。彼らは近い将来、この国のトップになることが確約されているから、上層部も起用することに抵抗がないってわけ』
その説明に俺は「なるほど」と納得する。
「生徒会とは顔見知りだが、込み入った話ができるほどの仲ではないから連携が難しい。当面は帝国の工作員を処理する形で協力させてもらう」
『分かったわ。私も管轄が違うとはいえ問題を見過ごす気はない。できることは少ないけれど、情報提供くらいなら任せてちょうだい』
いい上司を持ったものだ、と内心で思う。
『ただ……"表"の人間に貴方の正体を知られると面倒ね』
クリスが呟くように言った。
『こっちが勝手に動くわけだから、知られると変な難癖をつけられるかもしれないし。しかも学園で戦うとなると偽造も難しい。うーん……いっそ貴方に騎士の肩書きを渡した方が早いかしら』
「やめてくれ。もう暫くは学生のままでいたい」
局の力があればそのくらい造作もないのだろうが、遠慮しておく。
「偽造は不要だ」
『え?』
偽造工作が必要となる状況。それは俺が"裏"の人間として行動した時だ。
不審な人物を見た。怪しげな姿をした男が誰かと戦ってきた。……このような情報を放置すれば、勘の鋭い者なら局や機関の存在に辿り着くかもしれない。それが王国の関係者ならまだいいが、部外者……特に、他国の工作員に知られると面倒なことになる。
ならば――。
「今回は学生として行動する。機関で培った技術は一切使わないし、BF28も使用しない。それなら怪しまれることもないだろう」
こちらの意図をクリスに伝える。
「そもそも侵入者は学園にいるんだ。学園の生徒がそれに気づき、対処しようと考えるのも当然だろう」
『それは……確かにそうだけれど、可能なの?』
「ああ。ちゃんとそのための技は手に入れた」
シルフィア先生に教わったことを思い出しながら言う。
「競技祭が始まるまでに、一度実戦で試したいと思っていたところだ。丁度いい」
『……貴方のことだから大丈夫でしょうけど、油断はしないでね』
「分かっている」
そう答えると同時に、怪しげな影が視界を過ぎった。
「行動を開始する。何かあれば連絡させてもらうぞ」
『ええ。気をつけて』
以前と比べ、少しだけ口調が柔らかくなったクリスの言葉を聞き入れて、俺は帝国の工作員を追った。




