16話『不穏な影』
演習場の外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。
「ふぃー。今日も頑張ったし、そろそろ帰るか」
グランが軽く伸びをして言う。
そのまま俺も学生寮に戻ろうと思ったが、少し考えて立ち止まった。
「グラン。俺はもう少し練習したいから残る」
「おー、了解。ほんとは俺も、もうちょっと練習しときてぇけど……朝練の時に疲れていたら怒られるからな」
「獅子組は朝練をしているのか」
「自由参加だけどな」
鷹組も、もしかすると朝練をしているのかもしれない。
最近はシルフィア先生に魔法を教わることを優先しているため、チームメイトが何をしているのかあまり把握できずにいた。一応、フィジカルレースに出場する仲間たちからは許可を貰っているので、問題はないと思うが……。
グランと分かれた後、グラウンドの隅へ移動する。
生徒たちが帰路に着く様子を眺めながら、薄らと手元に《障壁》を発動した。
半透明の壁を、薄く伸ばしたり、掌サイズに凝縮したりする。
圧縮に偏才化している俺は、魔法の形状を凝縮することが得意だった。限界まで凝縮した壁は、軽く殴る程度ではビクともしない耐久性を誇る。
「……シルフィア先生には、改めて礼を言った方がいいな」
クリスが推薦した人物なだけある。
彼女に教えを乞うたことで、技のレパートリーが一気に増えた。
「……ん?」
ふと、おかしなところから人の気配を感じ、振り返った。
演習場の屋根に複数の人影が見える。彼らは明らかに人の目を避け、素早く何処かへ移動した。
――あれで気づかれていないつもりか?
そういえば、ミゼと一緒に下校した時も不審な人影を見た。
偶然見かけたというわけではなく、学園に何かあるということか。
「……探るか」
周囲の耳目を警戒しながら、人影を追う。
生徒の殆どが下校しているとはいえ、まだ学園には人の気配が多数残っていた。流石にこの状況で派手な行動はしたくない。だがせめて――彼らが敵か味方かくらいの判断はしておくべきだろう。
数分ほど人影を追い、彼らの身分を探る。
観察した結果、ひとつの事実が発覚した。
――少なくとも王国の人間ではない。
身につけている服装や武器が、王国式ではない。
彼らは恐らく敵だ。そう判断した俺は、ポケットから『通信紙』を取り出し、然るべき相手へ連絡する。
『どうかした?』
「学園に侵入者がいる」
通信の相手であるクリスに、俺はすぐ用件を伝えた。
少しの間を空けて、溜息が聞こえる。
『……ありがとう。報告感謝するわ』
その返答に、俺はクリスが現状をある程度把握していると察する。
「そちらにとっては予想していた事態みたいだな。……何が起きているのかは知らないが、対応に追われているのか? このままだと俺以外にも気づく者が現れるぞ」
『今、学園に人を送ったわ。もう十日以上前から色々と動いているんだけれど……正直、敵の頭数が多すぎて参っているところよ。貴方の言う通り対応に追われている』
溜息混じりに謝罪するクリスに俺は言う。
「会談に競技祭……多少のスパイが紛れることは予想していたが、この段階で、ここまで派手に動く組織があるのか」
『そうみたいね』
小さな声で相槌を打つクリスに、俺は疑問を抱いた。
随分と素っ気ない。仕事で疲れているというのもあるだろうが、これはどちらかと言えば……。
「……説明しづらいか?」
『ええ。機密的な意味ではなく、貴方の邪魔をしたくない』
邪魔?
『……競技祭のために、新しい魔法を習得しようとしているんでしょう? 折角、学生生活を楽しんでいるんだから、巻き込むことに抵抗を感じるのよ』
なるほど、と俺は納得する。
「気遣いは不要だ。何か俺に、手伝えることはあるか?」
『……いいの?』
「敵はもう俺の傍にいるんだろう? 一度気づいてしまった以上、無視するのも気持ち悪い」
見て見ぬ振りも存外疲れる。
だがそれは、単なる言い訳でしかない。
「それに――守りたいものを守るためなら、戦いも悪くない」
こちらが俺の本音だった。
機関の兵士だった頃――ただ命令に従って戦っていた、あの頃の俺とはワケが違う。
今の俺は、自らの意思で戦場を選ぶことができる。
エリシアを復讐の連鎖から切り離した時や、ミゼをアルケディア王国の魔の手から逃した時、俺の胸中には形容し難い達成感のようなものが去来していた。魔王を討伐した時は何も感じなかったのに、あの二人のために戦った時は確かに得るものがあった。
あの感覚は信用してもいい。あの感覚のためなら戦ってもいい。そう思う。
『……そうね。今の貴方が守りたいものは、そこにあるものね』
クリスが小さな吐息を零して言う。
心なしか、その声音は嬉しそうに聞こえた。
『それじゃあ、状況を説明するわ』
クリスは落ち着いて言った。
『敵はルーシア帝国。目的はルセクタス会談の阻止よ』
今回の舞台は学園ですので、「学生としての」28の活躍に期待していただければ幸いです。
状況の詳細は次話で説明されます!




