14話『新技×新技』
競技祭まで残り三週間を切った頃。
俺は参加種目であるフィジカルレースの練習と並行して、グランの訓練にも付き合っていた。
「ぬ、ぬぬぬぬ……っ!」
グランが唸り声を上げながら、《物質化》を発動する。
数分かけて、ゆっくりとグランの目の前に、大きな武器が現れた。
「よし、できたッ!!」
グランが達成感に満ち溢れた様子で叫ぶ。
俺は、眼前に顕現したその巨大な武器を見て、訊いた。
「……ハンマーか?」
「おう! 競技祭の初日にスレッジハンマーって競技があるだろ? あれに使われるハンマーを見て、ピンと来たんだよ」
グランが《物質化》で創造したのは、巨大なハンマーだった。
スレッジハンマーは、標的となる魔法具に、より大きなダメージを与えたチームが勝利するといった競技である。競技の際は、各チームに巨大なハンマーが与えられるが、これは質量・重量ともに非常に巨大であるため、殆どの選手は使いこなすことができない。
そんな、常人が使用することを想定していないハンマーを模倣したというグランの武器は、やはり常人には扱えない巨大な質量を誇っていた。頭の部分は成人男性の背丈よりも幅がある。大型の猪ですら、虫のようにプチッと潰せそうだ。
「一応、こいつは中距離戦に対応するための武器にするつもりだ。接近戦は直接ぶん殴ればいいからな」
「……そうだな。グランの場合、徒手空拳でも十分、力を発揮できる。接近戦で特別な武器を用意する必要はないだろう」
グランも自分なりに鍛錬の仕方を考えている。
俺はその考えを肯定した。
「軽く振り回すぜ」
短く告げたグランが、全身の筋肉をしならせてハンマーを振り回した。
残念ながら完璧にハンマーを使いこなしているとは言い難い。時折、その重量に自身が振り回されていた。
しかし今回、重点を置いているのは《物質化》を利用した臨機応変な対応であって、武術を極めることではない。接近戦を得意とするグランが、中距離戦にも対応するための技……その観点から見れば十分過ぎる練度だ。恐らく俺に見せる前からハンマーの使い方を学んでいたのだろう。
「威力も高いが……頑丈だな。流石、魔法持続力Aランクだ」
「まあ代わりに、準備には時間がかかるし、トゥエイトと違って一部を伸縮するみたいな細かな制御もできねぇんだけどな」
グランの魔法力は、魔法出力C、魔法即応力D、魔法持続力A、魔法制御力Eだ。魔法即応力が低いため準備には時間がかかり、魔法制御力も低いためリアルタイムに形状を変化させることもできないのだろう。だがグランには、そうした欠点を補えるほどの魔法持続力がある。これだけ耐久力の高い武器を幾らでも生み出せるというのは脅威だ。
「そして、こいつを全力で振り下ろせば――」
グランが頭上に持ち上げたハンマーを、勢い良く振り下ろす。
激しい地響きと爆音が轟いた。演習場が揺れて、外から生徒たちの驚く声が聞こえる。
「どうよ? 一撃必殺、いけると思わねぇか?」
「ああ。並みの防御なら容易く押しつぶせるな」
「へへっ、これで俺の必勝パターンは二つだな。ひとつは、限界まで近づいてぶん殴ること。二つ目は、このハンマーの振り下ろしを当てることだ」
嬉しそうに言うグランに、俺は頷いた。
しかし――。
「攻撃を当てるための工夫は必要になるな」
「だな。まあ、それについては色々考えてるぜ」
どこか誤魔化すようにグランは言った。
敢えて答えないということは……鷹組である俺に、手の内を隠したいといったところだろう。
「今更だが、ウォーゲームの選手交代は簡単にできるものなのか? グランは以前、今のメンバーを引きずり下ろすだけの実力が欲しいと言っていたが……」
「丁度、昨日、獅子組のリーダーに訊いたんだけど、両者の合意さえあれば参戦権をかけた模擬戦をセッティングしてくれるみたいだ。鷹組の方でも似たような勝負があったんだろ? 前例がある以上、うちのリーダーも前向きに検討することにしたらしいぜ」
その前例というのはジークのことだろう。ジークもウォーゲームの参加を求めて生徒二人と模擬戦をして、見事、参戦権を奪い取ってみせた。
「勝てそうか?」
「多分な。念のため、もうちょい鍛えてから挑むつもりだ」
普段の陽気な態度とは違って、今のグランには油断も隙もない。
俺がグランに技を伝授しているのは、あくまでグランをウォーゲームに参加させるためだ。目的を叶えられるなら、それ以上、手の内を探るような真似はしなくていいだろう。
「そういや、トゥエイトも何か練習してんのか?」
不意に訪れた問いかけに、俺は少し間を空けてから口を開いた。
「何故そう思った?」
「いや、前にちょっとだけ鷹組の練習を覗いたんだけど、いなかったからよ。何かしてんのかなって」
「……まあな」
基本的に競技祭が終わるまでは、鷹組も獅子組も別々に訓練をすることになっているが、同じ校舎で過ごす以上、どうしても鉢合わせになることは多い。今は鍛錬に集中しているグランのことだから、偶々目にした程度だろう。
「丁度いい。グラン、少し受けてみてくれないか」
「おう」
練習の成果は日頃からシルフィア先生に見せているが、競技祭に参加する学生目線の意見も聞きたい。
グランが《靱身》を発動する。相変わらず無駄のない、完璧な手腕だった。魔法制御力がEランクのグランは、魔力を無駄なく制御することが苦手な筈だが……恐らく、《靱身》だけ飛び抜けて使用経験が多いのだろう。熟練している。
「いくぞ」
グランの《靱身》なら問題なく耐えるだろう。
ある程度、威力を調整して俺は――グランへと拳を突き出した。
拳がグランの身体に接触する直前。
鈍い破裂音が響く。
「へぶ――っ!?」
グランが悲鳴を上げて吹き飛んだ。
尻餅をついて軽く弾むグランに、俺は駆け寄る。
「すまない。少し強すぎた」
「い、いや、大丈夫だ。怪我はねぇ」
心配する俺にそう返したグランは、困惑の表情を浮かべていた。
「あんまり力、入れてなかったよな? そのわりにはすげぇ威力だ。……なんつーか、単に殴られたってより、馬鹿でかい魔物に身体全体を叩かれたような衝撃だったんだが……」
すぐに分析を始められる辺り、どうやら本当に怪我はないらしい。
俺はグランの疑問には答えることなく、告げる。
「企業秘密だ」
「おいおい。そっちは俺の戦い方を知ってるんだから、俺にも教えてくれていいんじゃねぇの?」
「グランも肝心なところは隠しているだろう」
「ちっ、バレたか」
楽しそうにグランは言う。
グランの感想を脳内で反芻しながら、俺は新技の利点と欠点を整理した。
ガードを崩せる一撃というのは大きい。しかし、本来なら点による攻撃であるところを面による攻撃に変えてしまっているため、威力は分散してしまう。殴ったにも拘らずグランが「叩かれたような衝撃だった」と言っていたのはそのためだ。
「トゥエイト。折角だし、ちょっと打ち合わねぇか?」
「……そうだな」
グランと俺が、同時に《靱身》を発動する。
グランとの肉弾戦は俺にとってもいい訓練だ。エリシアとはまた違った恐ろしさがある。
「精が出ますね」
背後から声をかけられ、俺とグランは構えを解いた。
振り向いた先に佇んでいたのは、黒髪ショートカットの少女、ミラ=オプステイン。生徒会のメンバーであり、鷹組のリーダーである。
彼女の傍には二人の男女がいた。
二人には見覚えがなかったが……その胸についたバッジから、彼らが何者であるかを察する。
「……生徒会?」