12話『グラン=イブリス』
「ルセクタス会談って、知ってるよな?」
「……ああ」
グランの問いに、俺は頷く。
ルセクタス会談については、数日前にシルフィア先生が教室で説明していた。魔法競技祭の二日目にあたる日に、テラリア王国とヴァーリバル王国の首脳は、ルセクタスという都市にて会談をする予定となっている。それがルセクタス会談だ。
「多分、そこで話し合われる内容は、ヴァーリバル王国の併合についてだ」
グランは続けて語った。
「ヴァーリバル王国は、第四次勇魔大戦において最初に戦火に飲まれた国だ。今や自力で国を統治することは難しい。だから近いうち、隣接する二つの国家……テラリア王国かルーシア帝国のどちらかに併合されることになる。……まあこれは、周辺国も薄々気づいているだろうけどな」
グランの言う通り、ヴァーリバル王国の実情は既に多くの者が理解していた。テラリア王国でも習慣的に新聞を読んでいる者なら、ヴァーリバル王国が近い将来、いずれかの国に併合されることくらい察しているだろう。
「俺が今、テラリア王国にいるのは、それと関係がある。……俺は王様に、テラリア王国の調査を任されたんだ。果たしてこの国は、ヴァーリバル王国の未来を背負えるのかどうか。それを判断しなくちゃいけねぇ」
「……グランは、ヴァーリバル王国の国王と繋がりがあるのか?」
「これでも大戦時は、少なくない武勲を立ててな。その時に王様と知り合った」
初耳だった。
しかしグランは、それを大して誇らしそうには語っていない。
「まあ調査と言っても、俺がやることは何もない。トゥエイトも知ってるだろうが、俺は頭が悪いからな。王様もそれを理解しているから難しい指示は出さなかった。俺はただ、のんびりと、好き勝手に過ごせばいいとのことだ」
「……それでどうやって調査になる?」
「王様は言った。……近い将来、俺と再会した時に、俺が幸せそうに生きていればテラリア王国との併合を決意すると。つまり王様は、俺の様子を見て併合の可否を決めるってことだ」
それはまた、随分と大胆な考え方だ。
同時に、グランがヴァーリバル王国の王から絶大な信頼を受けていることが伝わる。
「責任重大だな」
「そうなんだよなぁ。……まったく、勘弁して欲しいぜ。こんなの柄じゃないっての」
後ろ髪をがしがしと掻きながら、グランは言う。
「柄じゃないが――俺にとって王様は恩人だ」
グランは続ける。
「大戦時、死にそうになっていた俺を助けてくれたのが王様だ。……瀕死になっていたところ、ポーションを譲ってもらってな。その程度の、些細なことかもしれねぇけど、俺にとっては十分忠誠を誓えることだったんだ」
しみじみと語るグラン。
そこで俺はようやく、弟子入りの意図を理解する。
「だから、ヴァーリバル王国の国王が見学に来る、最終日の種目……ウォーゲームに参加したいのか」
「そういうことだ。ウォーゲームといったら、栄えあるビルダーズ学園でも特に優秀な生徒しか出場できねぇ、特別な競技だからな。そこに出場して、尚且つ活躍してみせれば、王様も俺を通してテラリア王国のことを信頼してくれるだろう」
「グランは、テラリア王国との併合を希望しているのか?」
「いや、別にそういうわけじゃねぇよ」
あっさりとグランは言う。
「ただ俺は、俺をテラリア王国に送り出してくれた王様の判断が、正しかったと証明したいだけだ。……実際、テラリア王国はいい国だと思うぜ。街並みは綺麗で、国民の生活は充実していて……ここは安全な国だと思う」
「ナンパできるほど安全な国だからな」
「またリベンジしようぜ」
「遠慮しておく」
ちぇ、とグランは残念そうに唇を尖らせる。
安全な国か……実際はそれほど安全というわけでもない。しかし、人々がテラリア王国を「安全な国」と考えてくれるなら、王政国防情報局など"裏"の人間としては冥利に尽きるだろう。俺たちは、そのために戦ってきたのだから。
「グランも薄々気づいていると思うが、俺の戦い方は普通ではない。それでもいいなら、弟子入りを引き受けてもいい」
「……なら、頼むぜ。なにせ本番まであと一ヶ月を切ってるんだ。四の五の言ってられねぇ」
グランの学ぶ覚悟は本物のようだった。
誰かを指導するのは初めてだが、苦手意識はそこまでない。俺は機関で嫌というほど厳しい教育を受けているので、それを応用すればいいだろう。もっとも、今回の目的は戦場で生き残る強さを得ることではなく、ウォーゲームに参加するための強さを得ることだ。
「細かい技術は後で教えるとして、先に俺が理想としている戦い方について教える」
真面目な顔で頷くグランに、俺は続けた。
「俺が理想とする戦い方は、一撃必殺だ」
「一撃必殺?」
「ああ。確実に敵を仕留める一撃。それをひたすら習得すればいい」
「……聞くだけなら簡単そうだけどよ。具体的には、どうすりゃいいんだ?」
「必勝パターンを作る」
続けて、俺は説明する。
「この条件なら確実に勝利することができる。そういう必勝パターンの数を増やすんだ。増やしたあとは、そのパターンに敵を追い込めばいい。これが俺の基本的な戦術だ」
「……なるほど」
たとえば俺が使用する魔法の中には、静止状態の相手なら確実に殺すことができる《瞬刃》という技があるため、俺にとっては「相手が静止した状態」というのが必勝パターンのひとつだ。また、この魔法に加えて、辺りの地面に爆弾を設置する《爆発罠》という魔法を組み合わせれば、別の必勝パターンが完成する。相手が立ち止まれば《瞬刃》で切断し、相手が移動すれば辺りの爆弾を起爆するのだ。これでは倒しきれない強敵も世の中にはいるが、大抵はこれで決着をつけることができる。
「グランの場合は、シンプルに腕力で攻めた方がいいだろうな」
「ああ。でも俺、自分で言うのもなんだけど、攻撃に使える魔法といったら《靭身》くらいで、他はてんで駄目だぜ」
「……そう言えば、グランは魔法持続力が高い一方で、魔法制御力は低かったな」
「そうなんだよ。だから遠隔射撃式の魔法が苦手で、遠くから一方的に攻撃されると手の打ちようがねぇ」
ギルドに登録した際、確認したグランの魔法力を思い出す。
グランは、魔法持続力こそAランクだったが、魔法制御力はEランクだった。Eランクは同世代だと滅多に見ないほど低いランクだ。これに関しては練習不足というより向き不向きの問題だろう。
「ウォーゲームは集団戦だ。弱点は誰かに補ってもらえばいいだろう」
「……確かに、そういう考え方もあるか」
正論と認めたのか、グランは頷く。
「グラン、《物質化》は使えるか?」
「ああ。でも使い慣れてねぇな。《物質化》って武器を作る魔法だろ? 俺は今まで、武器は実物ばかり使ってきたからな」
「《物質化》で作った武器は、実物と比べて様々な効果を付加できる」
例を示すために、俺は《物質化》で人差し指と中指の先から魔力の刃を伸ばした。
「たとえば刃を作る場合、伸縮自在にしたり、刀身の形を変えたりすることができる」
「そうか……《物質化》って、意外と応用できる魔法なんだな」
魔力の刃を伸ばしたり、変形したりする俺を見て、グランは感心する。
「グランの強みは底なしの魔法持続力だ。それだけの魔法持続力があれば、戦闘中、何度でも《物質化》を使うことができるだろう。……言わば、移動する武器庫のようなものだ」
「移動する武器庫か……でもよ、それって臨機応変に武器を切り替えることができて、初めて効果を発揮する戦い方だよな。自分で言うのもなんだが、俺はトゥエイトほど器用じゃねぇし、一ヶ月以内に習得できるような気がしねぇんだが……」
良い分析だ。自分の得手不得手を正確に把握している。
実際、俺は状況に応じて《物質化》で素早く武器を切り替えている。しかしグランの場合は違う使い方を検討するべきだ。
「グランの場合、臨機応変に対応するという後手に回った戦術ではなく、幾つかの攻撃手段を準備するといった意識の方がいい」
「……つまり?」
「素手による一撃以外にも、切り札を幾つか作る。接近戦で確実に相手を倒せるなら、次は中距離でも倒せる武器や、盾の上からでも一撃で仕留められるような武器を作ればいい」
「おぉ……おぉぉぉ!! なんか色々イメージが浮かんできたぜ!」
「どんな武器を作るか決めてから、次のステップに進んだ方がいいな。今回はここまでにしておこう」
「おう! ありがとな、トゥエイト!!」
明るい笑みを浮かべてグランは言った。
「お礼に今度、飯でも奢るぜ!」
「……ああ、ご馳走になろう」
グランの提案に頷く。
頭の中では、既に幾つもの練習メニューを考えていた。指導を引き受けた以上、責任をもって取り組みたい。
「……礼、か」
グランに言われたことを、小さく呟く。
「俺も礼をしないとな」
グランを見習って、俺も魔法を教えてくれる教師に何か礼をしよう。




