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10話『魔法学』

100話達成しました!!!!!!!


 シルフィア=マキナ。

 魔法学および魔法薬学の教師であり、俺やエリシアが属する高等部一年D組の担任でもある女性だ。


 デスクで書類仕事をしていたシルフィア先生は、俺の来訪に目を丸くする。


「私に相談……ですか?」


「はい」


 首肯すると、シルフィア先生は意外そうに目を丸くした。


「すみません。忙しいようでしたら出直します」


「あ、いえ。問題ありません。……その、トゥエイト君はいつも物静かな生徒ですし、達観している印象がありましたから、少し驚きました」


「……そんなに達観していますか?」


「してますよ、とても。……そのわりには偶に、致命的な失敗をすることもありますが」


「致命的な失敗……? 心当たりがありませんが」


「授業中に睡眠ガスや催涙ガスを作ったのは貴方くらいです。私はあの日以来、魔法薬学の授業をする度にものすごく気を遣うようになりました」


 とても疲れた様子でシルフィア先生が言う。


「まあ、それはさておき……可愛い生徒の相談ですから、可能な限り力になります。どういった話ですか?」


 元の調子に戻ったシルフィア先生に、俺は詳細を説明した。

 自分が圧縮に偏才化していること。そしてその体質のせいで、魔法の習得が遅れていることを伝える。


「なるほど……偏才化ですか」


 一通り話し終えた後、シルフィア先生は納得した素振りを見せた。


「今までの授業の様子から、もしかしたらと思っていましたが……確かに偏才化しているなら、Dランクの魔法に手こずることもあるでしょう。腑に落ちました」


 流石の観察眼といったところか。シルフィア先生は既に俺が偏才化していることを予測していたらしい。伊達に魔法学の専門講師ではない。


「念のため訊きますが、それは先天的な体質ですね?」


「はい」


 本当は後天的なものらしいが、クリスに言われた通りここは嘘をついた方が話も円滑に進むだろう。


「先天的に偏才化している人は、それをコンプレックスに感じることも多いようですが、悩む必要は全くありません。……社会に出て実戦を経験すれば分かりますが、実戦では多様な魔法よりも専門的な魔法が求められます。実戦では役割分担が決まっているからです。そのため偏才化というスキルは、実戦経験者なら殆どが憧れています。貴方のその力は将来、大いに役立つでしょう」


 そこまで説明して、シルフィア先生は俺の姿を改めて見た。

 厳密には、俺が着ている普通科の学生服を見た。


「と、言っても……トゥエイト君は普通科でしたね。なら実戦を経験することはないかもしれませんが、どの分野でも本格的になるにつれて、偏才化は重宝されるようになります。安心してください」


「ありがとうございます」


 生徒に対する気遣いを感じ、俺は頭を下げた。


「さて。では本題に入りますが……トゥエイト君は、偏才化という体質を受け入れた上で、色んな魔法を習得したいと思っているんですよね?」


「はい。どんな場面でも、気兼ねなく使える魔法が欲しいと思っています」


 相談内容を今一度伝えると、シルフィア先生は顎に指を添えて考えた。


「圧縮の偏才化は、どんな魔法でも殺傷性の高いものに変えてしまいますからね。……凶悪な力ですから、気兼ねなく使うには工夫する必要がありますね」


「凶悪、ですか……」


「あっ!? い、いえ、今のは語弊がありました! トゥエイト君の偏才化は凶悪というより、その……強大! 強大なんです!」


 普通に相槌を打ったつもりだが、シルフィア先生は俺が傷ついたと誤解したらしく、狼狽した。


 圧縮とは、魔法の効果範囲や持続時間を削る代わりに、瞬間的な性能を底上げする技術だ。

 俺が愛用している《魔弾》は、本来なら素手のパンチ一発分に相当する程度の衝撃しか与えない魔法である。それを殺傷性抜群の魔法として利用しているのだから、確かに凶悪と表現されても仕方ない。


「ええと、トゥエイト君は、あくまで安全に戦う術を知りたいんですね?」


「はい」


「それは自分だけでなく、相手にとっても安全(・・・・・・・・・)という解釈で間違いありませんね?」


「はい」


 自他共に安全でない戦い方は熟知している。だが、それだけでは日常に溶け込むことができない。

 魔法競技祭は平和の中だからこそ価値を認められているイベントだ。

 俺もいい加減、平和な世の中であることを前提にした戦い方を学びたい。


「そうですね……現時点で私が教えられる方法は、二つあります」


 そう言って、シルフィア先生は片手を前に突き出した。


「一つ目は、これです」


 シルフィア先生がそう告げた直後、彼女の正面に魔力の壁ができた。


「《障壁(バリア)》、ですか?」


「そうです。遠隔支援式のDランク魔法、《障壁(バリア)》。術者の正面に見えない壁を生み出すという単純な魔法ですが、恐らくトゥエイト君の偏才化と相性が良い筈です。……試しに使ってみてください」


「……試しに、と言われても」


 今まで使ったことがない魔法だ。方法が分からない。

 機関では単独での戦闘力ばかり鍛えられていたため、支援式の魔法を覚えるという発想自体なかった。


「詠唱しても構いませんよ」


 魔法の発動に手こずっていると、シルフィア先生が言った。


 詠唱とは、魔法を発動する際、その魔法の名を口に出すことだ。

 通常、魔法は本人のイメージによってその形状や効果を安定させるが、その補助をするのが詠唱である。テラリア王国では五歳の頃から、魔法名とイメージを結びつけるための教育を受けなくてはならず、俺も機関に拾われた後すぐに施された。


「――《障壁(バリア)》」


 魔法の名を告げると同時に、ほぼ反射的に頭の中でイメージが完成する。

 基本的に俺は無詠唱――つまり詠唱を省略して、自分の頭のみでイメージを完成させることを好むが、使い慣れない魔法はこのように詠唱しなくては発動できないことも多い。詠唱のメリットは魔法が安定しやすいこと、デメリットは魔法名を口に出す分、発動が遅れてしまうことだ。暗殺や奇襲を専門的に扱っていた俺にとって、魔法の発動が遅れてしまうことは大きなデメリットであったため、詠唱で魔法を発動する機会は滅多になかった。


「無事に発動できましたね」


 俺の眼前に現れた魔力の壁を見て、シルフィア先生は言った。


「圧縮は、魔法の形状に干渉する技術ですから、《火球(ファイアボール)》のような不安定な形状の魔法には向いていないんです。一方、《障壁(バリア)》は同じDランク魔法でも形状が定まっていますから、トゥエイト君でも問題なく発動できると判断しました」


「……なるほど」


「トゥエイト君の場合、Dランク魔法だと属性球(ぞくせいきゅう)の習得は難しいと思います。《火弾(ファイアバレット)》のような属性弾(ぞくせいだん)なら、比較的形状も安定していますが……こちらも正直、あまり向いているとは思いません」


「属性が付与された魔法は、向いていないということですか」


「残念ながら、そうなります。属性が付与されると形状が不安定になりますから。……《障壁(バリア)》に属性を付与したCランク魔法、属性壁(ぞくせいへき)も同様です」


 魔法には、火や水といった属性を付与したものがある。

 例えば属性弾とは、俺が愛用している《魔弾》に属性を付与したものだ。火属性を付与した《火弾(ファイアバレット)》は、命中すると同時に対象を燃やすことができる。


 属性球と比べて属性弾は、まだ形状も安定している。これなら時間を掛ければ発動できるかもしれない。シルフィア先生は向いていないと判断し、実際に俺自身もそう思うが、一応新技の候補として考えてみるのもいいだろう。


「ところでトゥエイト君。これは無意識ですか?」


 シルフィア先生が、俺の展開した《障壁(バリア)》を指さして言う。

 その言葉の意味が分からなかった俺は、訊き返した。


「どういう意味でしょうか?」


「……いえ。やっぱり、無意識なんですね」


 そう言ってシルフィア先生は説明する。


「通常の《障壁(バリア)》は、術者の身体をすっぽり隠すくらいの大きさになりますが、トゥエイト君の《障壁(バリア)》はその半分くらいの大きさに圧縮されています。意識しなくても、ここまで効果を表すとは……随分と強力な偏才化ですね」


 シルフィア先生が呟くように言った。


「トゥエイト君。《障壁(バリア)》の特徴は知っていますか?」


「術者の正面に壁を作り、相手の魔法から身を守るための魔法ですよね。物理的な攻撃には弱かったと記憶しています」


「その通りです。しかし、トゥエイト君ほどの偏才化があれば、物理的な攻撃を防ぐほどの硬さまで圧縮できるかもしれません。……それが実現できれば、トゥエイト君にとってこの魔法は、あらゆる場面で役に立つ武器になると思います」


「……確かに」


 魔法を防ぐための壁を作ったところで、あまり汎用性は高くないと思っていたが、俺自身の体質を上手く利用すれば化ける技かもしれない。


 頭の中で《障壁(バリア)》の使い方について考えていると……シルフィア先生が、感慨深そうな様子でこちらを見ていることに気づいた。


「なんだか、こうしていると……シオン君を思い出しますね」


 独り言のつもりだったのだろう。

 しかしその言葉をはっきりと聞いた俺は、クリスに伝えられた話を思い出した。


 ――シルフィア=マキナは、勇者シオン=ベイルの師匠である。


 厳密には魔法の師匠とのことだ。

 クリスに教えてもらうまで知らなかったが、シルフィア先生は弱冠二十歳で魔法学の権威に上り詰めた凄腕である。今でこそ学園の教師をしているが、それまでは数多くの研究機関からオファーが殺到していたらしい。勇者シオンの師匠に抜擢されたのも、偶々学園で教師をしていたからではなく、純粋に実力があったからである。


 偏才化の特徴を瞬時に理解し、最適な魔法を導くことは、一般的な魔法学の教師にはできない。そういう説明を事前にクリスから聞いていた俺は、シルフィア先生の手腕に改めて舌を巻いた。


「先生。もうひとつの方法は何ですか?」


「あ、そうですね。では二つ目の方法も説明します」


 シルフィア先生は、二つ教えられることがあると言っていた。

 ひとつめは《障壁(バリア)》の応用について。もうひとつについて俺は尋ねる。


「多分、トゥエイト君はいつも、圧縮を維持したまま(・・・・・・)魔法を使っていたんですよね」


「それは、そうですが……」


「では、その維持を意図的に解除することも覚えた方がいいと思います」


 言っている意味が分からない。

 眉根を潜める俺に、シルフィア先生は微笑を浮かべて説明した。


「冷静に考えれば分かる筈です。……圧縮した魔力を一気に解放すると、どうなると思いますか?」



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