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あなたと、運と、幸福と。

作者: ゆに

今回は短めですが、読んでいただけたら嬉しいです。


誤字があったらごめんなさい。

とある場所、とある火葬場の外。

喪服の男達が3名、タバコを吹かしながら火葬場を見つつ小さい声で話している。


「なんかヤクザとも繋がりがあったらしいぞ」

「マジかよ、そういう奴が近くに居たと思うと怖いな」

「怖いよな、体もなんかボロボロだったらしいし」


一人の男の顔がこわばる。

それに合わせて他の男達も険しい顔をした。

その後も、男達のたわいもない会話が続き、

火葬も粛々と続けられたいった。

___________________


「はぁ」


深い溜め息を着いて空を見上げる。

富雄は契約社員として3年間勤務していた弁当屋をクビになっていた。

店長によると”会社全体で営業縮小が行われる”との事で、

アルバイトや契約社員が沢山クビになっているらしい。


富雄は自分のことを、品行方正で真面目な性格だ思っている。

仕事もそつなくこなし、接客の応対も悪いものではなかったと自負していた。

だが一度も就職をせずに28歳まで契約社員でいたのは富雄自身も疑問に思っている。

大学3年生の時、日本全体が就職氷河期に突入し、

全く内定がとれなないのにも関わらず、周りの人間はどんどん就職していった。

そんな光景を見ていつしか心が折れてしまい、就職を諦めてしまった。

そして全て世の中が悪いと考えるようになり、

良い会社に出会えず運が悪かったのだと思うようになっていた。


ーーそういえばこないだ買った宝くじも外れてたな


富雄は深い溜め息をつく。

これからどうするか考えなくてはいけない。

新しい職が決まるまで実家に帰ろうかとも考えるが、

いまさら親のすねなど齧れない。


途方に暮れながら街を歩いていると、知らぬ道にでた。

その道は狭く大人一人通るのがやっとな幅である。

街灯はあるが光が弱く、辺りは暗かった。

なぜこんな所に来てしまったのかと考えながらも、引き返さずに前に進む。

ふと街灯の脇に目を向けると、そこには扉があった。

辺りが暗く、コンクリートとほぼ同化しているため、

ドアノブに気づかない限り見過ごしてしまうほど分かりにくい。

よく見ると、扉の真ん中にOPENと書かれてあり、ドアの横には看板らしき物もあった。

何の店か全く想像がつかないが、なぜか富雄はそこが居酒屋だと思った。

バイトをクビなり途方にくれていた富雄には、

酒を飲んで気を晴らすぐらいの事しか考えられなかったのである。


ーー貯金はあまりないが、今日くらいなら

ーー今日くらいは、呑んでもバチはあたらないだろう


看板には薄い字で『あなた』と書かれていた。

富雄はその呑み屋と思しき店に入ることにした。

ギィっと音を立てドアを明けると、強い光が富雄の目に入ってきた。


「眩し!」


思わず声にだしてしまう。

富雄は細目になり、手を目の前にかざし光を遮った。

外が暗かったため、目が慣れるのに時間がかかってしまったが、

目が慣れてくると、部屋の全容が見えてきた。

そこは八畳ほどの広さのワンルームがあり、

白を基調とした壁紙、床や天井も全て白で、

蛍光灯の照り返しが光に慣れた目でも多少目眩しく感じた。

真ん中には、一つの丸テーブル、

その両脇に椅子が一つずつ、片方には白いスーツに身を包んだ男が座っていた。

その部屋にはそれ以外に何もなかった。

何のお店か全く想像が付かなかったが、ここが居酒屋ではないという事だけは分かる。

富雄は踵を返しドアを開けて帰ろうとした。

だが、座っていた白スーツの男に呼び止められた。


「待って下さい。あたがこのお店の100人目のお客様です

 サービスいたしますのでどうぞこちらへ」


その声はとても優しい声色だった。

白いスーツの男をよく見ると、顔立ちは整っており、

身長は175㎝ぐらいだろうか、笑顔がとても輝いていた。

早く帰りたいと思いつつも、白いスーツの男に逆らって逆上され、

襲われでもしたらたまったものではない。

大声で助けもを呼んでもここからでは誰にも聞こえないだろうと思い。

穏便に済ませるべく富雄は男に従うことにした。

白いスーツの男の誘導で椅子に座る。

富雄が椅子に座ったのを確認したのか、白いスーツの男が口を開いた。


「まだ何のお店か教えておりませんでしたね

 ここは運を販売するお店です」


「は?」


思わず口に出してしまった。

きっと表情も間抜けな顔をしていたに違いない。

白いスーツの男は話を続けた。


「ここはお客様が願ったことを、運良く叶えて頂くお店です

 代金はお客様自身でお支払いいただければ、お金は頂戴いたしません」


ーーこいつは一体何を言っているんだ。


白いスーツの男は笑顔でこちらを見ている。

こんな店早く出て行きたいが、気色が悪い店に男か二人っきり、身の危険も少し感じる。

そのためここは軽く会話を流して立ち去るしかないと考えた。

だが弱気では相手になめられると考えた富雄は、

少し怖いが多少強気で応じるしかないと思い口を開いた。


「そんなことできるわけないだろう、運を買う?

 そんなふざけた話があってたまるものか」


予想以上に声を荒げてしまったが、怒らない程度の強気、

以前仕事中に来たクレーマーのじじいを軽く真似て言った言葉に対し、

白いスーツの男は笑顔を絶やさない。


「では試しにお客様の願いの運を一つ良い方向に傾けてみましょう

 さぁ何でも良いですよ、お客様は100人目のお客様なのですからサービスいたします」


白いスーツの男がぐいぐい迫ってくる。早く立ち去りたい気持ちを抑えつつ。


「だ……だったら、宝くじでも当ててみろよ」


思わず口にでた言葉を聞き、白いスーツの男は少し考えるそぶりを見せた。

考える姿も絵になるほどのイケメンである。


「わかりました。では運を傾けるに辺り

 お客様の髪の毛を頂戴したいのですが」


「ひぃ」


また思わず口に出てしまった。

あまりの気持ち悪さに吐き気がしたが、ここを立ち去るにはしょうがない。


「わかった、わかったから早くしてくれ」


「承知いたしました」


白いスーツの男が立ち上がり、バリカンを手にした。

どこから出したのかわからないが、そのバリカンで富雄の髪の毛を刈っていく。

恐怖を感じつつも髪の毛が刈り終わると、白いスーツの男は椅子に腰掛けた。


「これであなたの運はよくなりました。もうお帰り頂けますよ」


白いスーツの男がそう言うと、富雄は一目散にその店を出て全力で走った。

明るい場所から急に暗い場所に出たので、どのような道で帰ったかわからなかったが、

目が慣れてくる頃には見知った道になっていた。

_____________


次の日とんでもないことが起きた。

はずれたはずだった宝くじが当たったのだ。

理由はよくわからないが、宝くじの運営会社が間違えた発表をしてしまい。

改めて発表した番号が、富雄が持っている券の番号と一致したのだ。

四等、金額にして50万円、仕事をクビになった富雄にはとても喜んだ。

これで次の職が見つかるまでは、今の貯金と合わせて軽く遊ぶこともできる。

初めて感じる運が良いことの幸福感。

こんなにも心が晴れやかになるものなか。

幸福感で叫びだしそうになる思いはガッツポーズで抑え、

銀行へ換金に向かった。


銀行を出て50万円を手に帰る途中、富雄は家電量販店に寄った。

この際だから、何かゲームでも買って遊ぼうかと考えたのだ。

ゲームソフトを物色して好みの物を探す。

ソフトを手にとり、どれにしようか考える。

その時、店内アナウンスが聞こえてきた。


『ただいま当店では、抽選で10名様にオリジナルグッツをプレゼントしております』


ーー抽選………


「ヤッホーーウ!!!」

富雄は喜びのあまり思わず叫んでしまった。

先ほど自宅に段ボールが届いたのだ。

中には欲しかったゲームソフトが入っている。

これは一週間前に雑誌の懸賞に送った物が運良く当たったのだ。

まさかこんなにも上手く行くなんて思わなかった。

宝くじを銀行へ換金しに行った日にまたあの店に行ったのだ。

店までの道のりを覚えていたわけではないのだが、望んで歩いていたら辿り着いていた。

そして白いスーツの男に懸賞に運良く当たる事を頼んだ。

今回はサービスがなかったため代金を支払ったのだが、

その支払いは、白いスーツの男が言っていたように金ではなく富雄自身だった。


現在富雄の指には包帯が巻かれている。

爪を全て支払ったのだ。

支払う際は麻酔もかけて眠っていた為、あっという間だった。

指の先がひりひりするが、欲しい物が手に入った満足感に比べれば安い物だ、

なおかつ爪は生え変わる。

そのためリスクなしで手に入れたも同然だった。

ゲームをするのに包帯を巻いた指では多少操作しにくいが、そんな事は全く気にならなかった。

運がいい事の幸福感に満たされている方が、

よっぽど気持ちよかったからである。


そこからは止めどなく富雄は自分の運を良くして行った。

欲しい物は懸賞に応募し白いスーツの男に爪や髪の毛を支払う。

テレビの懸賞を運良く当てて欲しいと頼んだ時は、歯を二本要求されたが、

差し歯でどうにでもなるし最悪なくても大丈夫だと思い迷いなく支払った。

もう一度宝くじを運良く当てて欲しいと頼んだ時は胃を半分支払った。

胃は半分残っているのなら再生が可能らしく、

術後は多少食事に支障がでるものの、

やがて回復し生活に支障はなくなると説明された。

それで当たる宝くじは200万だというのだから迷いはしなかった。


もう職を探す必要も無くなっていた。

夢にまでみた遊んで暮らせる世界。


ーー運がいいというのはこんなにもすばらしいことなのか


富雄は人生で一番幸せだった。

_________________


そんな生活が続いたある日、

富雄は運命の人だという女性に出会った。

一目惚れだった。

その女性は家の近くのファミレスで働いていた。

恋愛は億劫であまり経験がない。

でも今回は電気が走ったような感覚があり、

これが運命なのだと疑わないほど、彼女のことが好きになっていた。

だがどう接していいのかわからず、

ファミレスでご飯を食べたあとはすぐに帰ってしまう。

やれることと言えば、彼女がレジに立つのを見計らって自分の会計をすること、

少しでも視界に入るようにするというだけだった。

どうすれば、運良くお近づきになれるのか、どうすれば印象に残るのか。

富雄の足は自然とあの店に向いていた。


「本日はどのようなご用件でしょうか」


白いスーツの男が笑顔を絶やさずに聞いてくる。

富雄は彼女の事を全て話した。

白いスーツの男は静かに富雄の話を聞いていた。

富雄が一通り話し終わると、白いスーツの男が口を開いた。


「とある女性と恋人関係になりたいのですね。

 ただ人の心を変化させるのはとてつもない運が必要になってきます。

 正直かなり難しいですね」


声色が若干低くなったように感じたが、

いまはそんなことどうでもいい。


「そこをなんとか!」


富雄は必死に頼み込んだ。


今後このような出会いはないかもしれないと考えると

この恋を一生物にしたいと富雄は思った。


「わかりました、全力をつくさせていただきます。」


富雄をホッとしたが、今まで笑っていた白いスーツの男が真面目な顔になる。


「ただやはり、人の心を変えるのは難しく。

 その女性の心にあなたが一生残るような、

 そういった出来事が起こらない限り、人の心を動かす事は難しいでしょう。

 代価はそうですね、左目、右足の骨、膵臓の一部でいかがでしょうか」


富雄は全力でうなづく、代価などどうでもよくなっていた。


ーー自分がどうなってもかまわない、彼女が手に入るなら


「承知いたしました。ではこれを」


白いスーツの男は机の上に水と錠剤を2つ置いた。

爪を支払う時にも使用した麻酔と思しき錠剤である。

それを一気に飲み干し富雄は眠りについた。


富雄は目が覚めると自室のベットで横になっていた。

代価として支払った左目の感覚がなく、あるのは包帯が巻かれている感触だけ。

右脚は動かす事はできるが、膝から下がグニャグニャで芯がなく自立しない。

膵臓に関しては、正直よくわからない。

だが痛みはなかったためそのまま彼女が待つファミレスへ向かった。

彼女はいつも通り働いており、顔を見たとたん心が安らいだ。

いつものように食事をし、いつものように彼女がレジに立つのを見計らって会計をするために席を立つ。

いつもと違っていたことは顔に左目を隠すように包帯を巻き、

松葉杖を着いていることだった。

レジに立つと、彼女が心配そうな声で話かけてきた。


「いつもご来店なさってる方ですよね。お怪我大丈夫ですか?」


ーー話し、かけられた


好きな人に話かけられるというのはこんなにも嬉しいことなのかと富雄は思った。


「あっえっと……」


少しつっかえながらも受け答えしようとする。

その刹那、富雄の左目と右足に激痛が走った。


「うああぁぁぁぁぁ」


その場にうずくまりながら左目を手で押さえる。

あるはずない左目と上手く動くことのない右足に

凄まじい力を富雄自身が込めているような感覚に襲われる。

聞いたことがある。

これは幻肢痛と言ってもともとあった体の一部がなくなると、

脳が動かそうとして激痛を発すものだと。

うずくまっていると彼女が駆け寄ってきた。

体に激痛が走りながらも幸福感に包まれる。

その瞬間喉に熱いものがこみ上げてきた。

その熱いものが喉を通り口から吐き出される。

血だった。

富雄は吐血していた。


ーー左目と右足の激痛、さらに吐血までした、これでもっと彼女に心配される


そんな事を考えつつ顔を上げ彼女を見ると、彼女は後ずさりしていた。

目の前で急に叫びだし吐血した富雄を前にして、心が絶えられなかったのであろう。

彼女の顔は恐怖で歪んでいた。


「なんっで」


富雄は擦れた声でそう言うとゆっくり彼女に近づく。

だが彼女はそれとともに後ずさりする。


「いやっ」


彼女の背中が壁に付きそんな声が漏れた。

富雄は自分がどれくらい血を流し、どれくらい痛みで顔が歪んでいるか自分でもわからない。

腹に生暖かいものを感じ術口が開いたと思ったがそんな事はどうでも良くなっていた。

彼女に近づきたい一心で動かない右足を引きずり、見える右目を見開いた。

富雄は彼女に抱きつくようにもたれ掛かり

そして、絶命した。

彼女が最後に放った叫びは、富雄には聞こえなかった。

_____________


火葬場から人が出てくる、数えるほどの数だ。

それを見ながら喪服の男達はまだ会話をしたいた。

「内蔵を売って生活をしていたらしいな」

「なんかストーカーじみたこともしてたみたい」

「最悪じゃねぇか」

「最後はその女の子を抱きしめて死んだらしい」

「そんなの一生心に残っちまうな、可哀想に」

会話が繰り広げられる。

その葬式から出てくる参列者の中に似つかわしくない真っ白いスーツをきた男もいた。

______________


白いスーツの男は今でもあの店にいる。


「いらっしゃいませ、どんな事でも運良くかなえてみせます。

 あなたは、どんな良い運をお求めですか?」


笑顔を絶やさず、あなたの来店を待っている。

読んでいただきありがとうございます。

楽しんで頂けたのなら幸いです。


感想はいつでも受け付けておりますので、

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