新団長、奮闘する
ガルンモッサ城内では、文官たちが慌ただしく走り回っていた。
「食料の備蓄がもう底をつきそうです!」
「ええい! まだ届かんか! 催促は出したのだろうな!?」
「三度です! 三度打診を打ちましたが、返事はありません! このままでは国民に食料が行き渡らなくなってしまいます!」
「ち……仕方ない、国の食糧庫を空けろ!」
「食料だけではありません! 他にも衣類や酒類の流通も滞っております! このままでは生活に支障をきたす恐れが……!」
右往左往する文官たちを見て、大臣らが呟く。
「……これは、やられましたかな」
「手を引いているのはレイフでしょう。各国と手を組み、ガルンモッサを兵糧攻めにするつもりのようですな」
数日前、レイフを中心とした周辺諸国が一斉にガルンモッサとの取引を止めたのである。
突然の事態に王宮内は大混乱。
担当官に聞いても上の命令の一点張りで他所から物資を集めるしかなく、ガルンモッサの文官たちは必死にそれに対応していた。
「王には報告したのか?」
「無論です。今はレイフの大使とそれについて対話中だとか……とはいえ、あの王ですからなぁ」
「……はぁ」
大臣らは、顔を見合わせると深いため息を吐くのだった。
■■■
「話にならんッ!!」
玉座の間では、王の怒声が響いていた。
その顔は怒りにて赤く染まり、目は血走っている。
王は眼前のレイフの大使に怒鳴り散らす。
「各資材の値段が以前の五倍以上ではないか! 十倍を超えているものもある! こんなものが適正な値段と言えるか!」
だがレイフ大使は、平静な表情のまま言葉を返す。
「いいえ、これが適正な値段です。本来のね」
「何……?」
「ガルンモッサは今まで交易に関し、その武力背景によって優位に立っていた。それを適正なものに戻そう、というだけの話です」
「だ、大体何故、突然そんな事を言いだしたのじゃ! 今までそんな話はなかったではないか!」
声を荒げる王に、レイフ大使は冷笑を浮かべた。
そんな事も分からぬのかと、言っているような顔だった。
「皆、ガルンモッサが恐ろしかったのですよ。最強の竜騎士団、屈強な兵士、そして高品質の武具……数年前までその戦力は、間違いなく大陸最強だったでしょう。ですが今は違う。竜の質が落ち、そのおかげで優秀な兵も生かさず、武具の性能も他国の技術が追いついてきた……それに焦ったのでしょう。あなた方はやってはいけない事をした」
「な、何をしたと言うのじゃ!」
「とぼけられては困りますな。あなたの息子、レビル王子が盗賊と手を組み、他国から竜を盗んだのです」
「な、何ィ……!? 知らんぞそんなこと!」
「何を言おうが、もはや各国が知るところです。だからこうした報いを受けている。まずはそれを真摯に受け止められてはどうか」
「言いがかりじゃ! 我が子がそんな事をするはずがないではないか!」
「言いがかりかどうかは、自らの目で確かめてくださいませ。……では、これにて失礼いたします」
「く……ッ!」
怒りに震える王に礼をして、レイフ大使は玉座の間を去る。
王は苛立ちをぶつけるように、手にした書状を破り捨てるのだった。
■■■
「レビルよ! これはどう言う事じゃ!?」
その後すぐ、王はすぐさまレビルを呼びつけた。
目の前に頭を垂れたレビルを指差し、怒鳴り声を上げる。
「盗賊と手を組み他国の竜を盗んだと、謝罪と賠償を求める書状が大量に届いておるのだぞ! その主犯がお前だと言っておる! おかげで資材や食料の流通を制限されてしまったのだぞ! これでは国が立ち行かぬではないか!」
鼻息を荒げる王を前にして、レビルはしかし全く動じていない様子である。
頭を下げたまま、口を開く。
「……何かの間違いでしょう。恐らく我らの事を気に食わない他国の者たちが、我らを陥れようと手を結んだのです。ガルンモッサ竜騎士団が大幅に強化されたのが気に入らないのでしょう。だから難癖をつけてきたのだと思われます。なんとも卑怯な連中ではありませんか」
「何っ!? そ、そうなのか!?」
「間違いありません。……とはいえ証明するものがないのも確か。ですので愛する息子と卑怯卑劣な他国の者共、どちらを信じるかは父上にお任せします」
「む、むぅ……」
レビルの言葉に、王はしばし考え込んだ後、膝を叩いた。
「……そうじゃな。うむ、確かにお主の言う通りじゃ! 王とは民を、国を、そして己を信じ、貫かねばならぬ者! 息子一人信じられずして、真の王とは言えまい! 皆の者、ワシはレビルを信じるぞ!」
「お、おぉー……」
力無い声が玉座の間に響く。
満足げな王に頭を下げながらも、レビルは苦虫を噛み潰したような顔で舌を打つのだった。
■■■
「くそっ! あいつら俺のかけてやった恩を忘れやがって!」
自室に戻ったレビルは、机に当たり散らしていた。
書類が散乱し、室内に舞う中でレビルは頭を掻き毟る。
その傍で、副長が重々しく口を開く。
「……どうやら、捕まった連中が団長殿との繋がりを吐いたようですね。それが広がったと」
「だが、信じるに値するような奴らではないだろう! 盗賊なのだぞ、奴らは!」
「それが、連中を捕まえたのがアルトレオの竜師、ドルトという男のようでして。元はガルンモッサの竜師だったのですが、相当な実力を持つ男だ、とヴォルフが高く評価しておりました」
「……裏切り者どもがッ!」
レビルは苛立ちをぶつけるように、拳で机を叩きつけた。
ドルトもヴォルフも、裏切った訳では無くガルンモッサの都合で追い出されたのだが……勿論、レビルがそのような事を気にするはずもない。
副長はため息を吐いて、報告を続ける。
「それに伴い、竜騎士団の者たちからも竜の質を求める声も上がっております。いえ、以前から上がっていましたが、明確な理由を知って、より大きくなったと言うべきでしょうか。やはりどこのものとも知れぬ竜は扱いにくく……」
「……何も分からぬ者共が、周りの声に流されているだけであろう」
「えぇと、いえ……はい、そうかもしれません……が……」
言い淀む副長を、レビルは睨みつける。
副長はそれ以上反論する事が出来なかった。
何を言おうとレビルには否定されるのが関の山。反論するだけ無駄である。
「……そう、でございますね」
「であろうが! ふん!」
不満げに鼻息を吐くと、レビルはぐるぐると室内を歩き始めた。
「全く、おかげでえらい事になってしまったぞ。流通を制限され金もモノもないし、竜の練度も足りない……何か良い手があれば……いや、待てよ」
ふと、何か思いついたように呟いた。
「……そうだ。これなら……! おい副長、いい考えを思いついたぞ」
「は……?」
「この竜を鍛え上げるのと、他国の機嫌取り、更に金も稼げるという、一石を投じて飛鳥を二羽、三羽と撃ち落とすような考えがな! ははは! 流石は俺。素晴らしい考えだ」
「……はぁ」
呆れた声を漏らす副長に気づくことも無く、レビルは何度も頷く。
「よぉし、よし、これでまた父上の信頼も持ち直すだろう! ふはははははははははは!」
レビルの笑い声が、ガルンモッサ城に響き渡る。
翌日、レビルは玉座の間を訪れた。
レビルの言葉を聞いた王は、目を丸くしていた。
「竜のレース……じゃと?」
「は! ガルンモッサが誇る陸竜で、賭けレースを行うのです。他国の上層部を招き、遊んでもらう! 機嫌よく帰って貰えば我らの事を悪く言う連中も減るでしょう。それに加えて我らは金も手に入り、さらには竜も鍛えられるという副次効果もある企画です! 如何か!? 父上!」
「おおっ! なんと素晴らしい考えじゃ! 流石は我が息子よ! 皆の者、賞賛の声を上げよ!」
王がその場の全員を見渡し、そう告げる。
臣下の者たちは互いに顔を見合わせて、声を上げた。
「お、おぉぉぉぉ……」
それはあまりに弱々しく、覇気のない声だった。
こうしてガルンモッサでは賭け竜レースが開催されることになった。