おっさん、景品となる
「お疲れ様です。ミレーナ様……と、シャーレイ様でしたか?」
会談を終え屋上に上がって来たミレーナとシャーレイを、ドルトが迎える。
「はい、お待たせしました……ってドルト殿!? それは一体、どういう状況ですか!?」
ミレーナは目の前の光景に驚き目を丸くする。
ドルトを挟むようにして、エメリアとゴールデンゴールド号、二頭の飛竜が睨み合っていた。
二頭ともドルトの腕を咥え、まるで奪い合っているように見えた。
「ははは……少々懐かれてしまったみたいでして」
「もう、あまり竜に好かれるのも困ったものですね。エメリア、離しなさい」
「クルルルル……」
困ったように笑うドルト。ミレーナが止めさせるよう命じると、エメリアは仕方なさそうにドルトを離した。
その隙に、ゴールデンゴールド号がドルトを引っ張り上げる。
「クルルルルゥゥゥ!」
「おわぁっ!?」
「ど、ドルト殿!?」
ゴールデンゴールド号は、ドルトをまるで自分のものだとでも言わんばかりに首を巻き付け離さない。
鼻息を荒くして、目は熱を帯び、ドルトの顔を舌で愛おしげに舐めている。
それが竜の求愛を表す仕草であることに、ようやく気付いたミレーナは、顔を赤くして声を上げた。
「ちょ! 何やっているのですかこの竜は! ドルト殿を離しなさいっ! やめさせてください、シャーレイ!」
シャーレイはそんなミレーナに動じることなく、悠然と歩み寄る。
「あらあら、どうやらその男の事を随分気に入ったようね」
「クルルルルゥゥゥ!」
ゴールデンゴールド号が嬉しそうにこくこくと頷き、ドルトが上下に激しく揺さぶられた。
「おわわわわわわわわ」
「ドルト殿ーーーっ!」
「フ――――ゴールデンゴールド号」
シャーレイが名を呼ぶと、ゴールデンゴールド号は大人しく主の元に首を向けた。
咥えていたドルトを、シャーレイはじっと見つめる。
「ふぅん、ただの小汚い男にしか見えませんけど……」
「シャーレイっ! その方は私の……」
「私の?」
聞き返す言葉に、ミレーナは弱々しく答えた。
「わ、私の……国の、竜師です……」
顔は真っ赤で視線は泳ぎ、口ごもりながらの返答。
そんなミレーナを見て、シャーレイは目を細めて微笑む。
何か、悪巧みを思いついたような顔だった。
「ふぅん、へぇ、なるほどぉ?」
「な、なんですか!」
「いいえぇ、いいと思いますわよ? うんうん……そしていい事を考えましたわ」
そう言ってシャーレイは、指をパチンと鳴らした。
「ゴールデンゴールド号、その男を離してあげなさい」
「……クルゥ」
主の命令を受け、ゴールデンゴールド号は名残惜しそうにドルトを離した。
尻餅をついたドルトにミレーナが駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか? ドルト殿」
「いてて……えぇまぁ。何とか」
そんな二人を見て、シャーレイは不気味な笑みを浮かべた。
「……ところでミレーナ、折角のレースですわ。賞品の一つもないと興に欠けるとは思いませんこと?」
「な、何が言いたいのですか? シャーレイ」
「フ、決まっていますわ。――――そこの中年! 貴方、賞品役をなりなさいな!」
ドルトを指差し、シャーレイは言う。
当のドルトは目をぱちくりとし、茫然としていた。
慌てたのはミレーナである。シャーレイに掴みかかり抗議する。
「な、何を言っているのですか、シャーレイっ!」
「あらぁ? 自信がないのですかぁ? あれだけの啖呵を切っておいて、それはないですわよねぇ?」
「そ、そういうわけではありませんが……」
「でしたら何の問題がありますのやら? 決定ですわよねぇ?」
「く……あぁいえばこういう……!」
シャーレイに煽られ、歯噛みをするミレーナ。
完全に置いてけぼりにされていたドルトは、恐る恐る手を上げる。
「あのー……話についていけないのですが……」
「おっとそうでした。賞品である貴方には知る権利があるでしょうから? 説明くらいはしてあげましょう」
「だから賞品扱いはやめなさいっ!」
ミレーナの抗議を無視して、シャーレイは続ける。
「私とミレーナは三か月後、飛竜によるレースを行うのですわ。己の名誉をかけて、どちらがより速いかの勝負――――えぇ、それはもうド派手に行う予定ですの。ならば賞品は必要不可欠! 貴方にはその栄誉を授けようというのです」
そう言って胸を張るシャーレイとゴールデンゴールド号。
自身に満ち溢れたその表情は、自分たちが負けるなどとは微塵も思っていないようだった。
「だから――――」
ミレーナの言葉を遮ったのは、ドルトだった。
「なるほど、飛竜のレースとは面白そうだ。私が賞品になるのも構いません。……なぜなら勝つのはミレーナ様ですからね」
「ドルト殿っ!?」
不敵に笑うドルトを見て、シャーレイはぴくんと片眉を跳ね上げた。
「……聞き捨てなりませんね。先刻の言葉、どういう意味か説明していただきましょうか」
「どうもこうも、貴方よりミレーナ様の方が速い、と申しております。それよりこちらが勝った場合はどうするのですか?」
「それこそありえませんわっ! 万が一にもそんな事態が起こったら、ミレーナの言う事を何でも聞いてあげます!」
「ほほう、そういうことらしいですよ? やりましたねミレーナ様」
「え、えぇはい……」
話についていけず、ミレーナはとりあえず頷くのみだ。
シャーレイはそんなドルトの態度が気に入らないのか、語気を強めた。
「言っておきますけれどミレーナは幼少期からずっと、私に挑み続け、そして負け続けてきたのですわよ。今更私に勝てるとは思えませんけれどもねぇ?」
あからさまな敵意を持った言葉だった。だがその敵意も、普段から獰猛な竜を相手しているドルトにとってはそよ風のようなモノだったが。
「幼い時の事など、大した問題ではありませんよ。10で神童と呼ばれた子供も20過ぎればただの人……重要なのはどう努力したか、です。ミレーナ様には操竜の下地がある、努力の仕方も知っている。負ける要素はありません」
「ほう……言ってくれますわね……しかし私もそれなりに名の知れた乗り手ですわよ? そうやすやすと事が運ぶと思いまして?」
怒りを露にするシャーレイにもドルトは全く動じない。
それがシャーレイを余計に苛立たせた。
「先刻の着陸飛行、あれだけ見ても我流で独りよがりの、かなり無駄の多い飛び方でした。飛竜の性能にかまけた雑な乗り方です。そこまでの乗り手とは思いませんでしたね」
「く……!」
ドルトの挑発に、シャーレイのこめかみがぴくぴくと震える。
「……どうやらミレーナ様の実力を少々侮っておられる様子……ですが、やってみなければわかりませんよ」
「確かに、これ以上言葉を重ねても意味はありませんわね」
シャーレイは踵を返し、ドルトたちに背を向けた。
金髪縦巻きロールをなびかせながら、シャーレイはゴールデンゴールド号に歩いて行く。
そして振り返り、指差した。
「よいでしょう! ならば仕合うのみですわ! そこの中年、そしてミレーナ! 首を洗って待っている事ですわね! おーっほほほほほ! おーーーっほっほっほっほ!」
シャーレイはゴールデンゴールド号に跨ると、高笑いを残し飛び去っていった。