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おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
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王女様、会見する

「……こほん、失礼しました。少々取り乱してしまいまして……」


 ミレーナは咳払いを一つして、シャーレイに向き直る。

 シャーレイはふんと鼻で笑い返す。


「フ、まぁいいですわ。絶世の美女たるこのシャーレイ=メル=ローレライにいきなり出会わば、混乱の一つもしようというモノ! 心の広い私は許して差し上げますわっ!」

「……いえ、別にあなたの事で動揺したわけではないのですが……」

「おーっほっほっほ!」


 上機嫌で高笑いするシャーレイに、ミレーナは白い目を向ける。

 だが当の本人は全く気にしていないようで、ミレーナはため息を吐いた。


「……はぁ、相変わらずですね、シャーレイ。色々豪気な性格で羨ましい限りです」

「あなたこそ、相変わらずしけた顔をしていますわね。ミレーナ。そんなんじゃ男も寄り付かないですわよ?」

「な……余計なお世話ですっ!」

「あらあら顔を真っ赤にして、お可愛いですこと」

「むぅぅ……!」


 クスクス笑うシャーレイに、ミレーナは歯噛みしながら睨み返す。


「ていうか、なんでここにいるんですかっ!」

「それはもちろん、インタビューをしたいからと呼ばれたのですわ。私ほどのスター性を民が放っておくはずがありませんもの!」

「インタビュー……? 実は私も同じ要件で呼ばれたのですが……日を間違えているのでは?」

「何を言っているのやら、このシャーレイ=メル=ローレライが間違いなど犯すわけがないでしょう? あなたこそ間違えているのでは?」

「そんなはずは……」

「これはシャーレイ様! そしてミレーナ様、ようこそいらっしゃいました」


 言い争う二人の前に現れたのは、恰幅の良い中年の男だった。

 大きく出た腹で、シャツのボタンは弾けそうになっており、メガネをかけていた。

 男は揉み手をしながら、二人の前に歩み寄る。


「編集長、これは一体どういうつもりですの? この私を呼び出しておいて、不手際は許しませんことよ」

「そうです! 何か手違いがあったのではないのですか!?」


 二人のは文句を言うが、編集長は動じる様子なく、それに答える。


「いえいえ間違いなどと、滅相もありません。今回の企画はお二人にインタビューして頂くつもりなのですよ。そう、これは会談なのです!」


 編集長の言葉に二人は目を丸くし、顔を見合わせ、そして声を上げた。


「なんですってーーーーっ!?」


 二人の声がアルトレオの空に響く中、ドルトはゴールデンゴールド号と戯れていた。


 ■■■


「はい、というわけでですね」


 記者がカメラを構え、編集長がメモ帳を手にミレーナとシャーレイの前に腰を下ろす。

 二人は騎竜兜を被り、大きなソファーの両端に座っていた。

 仮にも一国の王女である。ライダーとして取材を受ける以上、名も身も隠す必要があった。

 準備が出来たのを確認し、編集長は話を始める。


「いやー、かの有名な竜姫プリンセス竜女王クイーン、お二人が並んでいる姿を拝めるなんて、ただただ光栄でございます。お写真大丈夫でしょうか?」

「構いませんわよ。美しく撮ってくださいまし」

「はい! ……ではいきますよーチーズ!」


 記者がカメラのシャッターを押す。

 パシャリと音がして、優雅に佇むシャーレイと不機嫌そうに頬を膨らませるミレーナが写真に納まった。


「……シャーレイとの会談だと聞いていたら来ませんでした」

「あらあら、お子様みたいなことを言ってはダメですわよ。あとその言葉はそっくりそのまま返しておきますわ」

「ふん!」


 そっぽを向く二人を見て、記者は編集長に小声で話しかけた。


(ちょ、なんでこんなに険悪なんですか? これじゃまともなインタビューにならないっすよ)

(二人は仲が悪いらしいからな。だが上っ面だけのつまらんインタビューになるより、断然聞き甲斐がある。よっしゃ! 何か面白い質問の一つでもしてこい!)

(えぇ……無茶振りですよ……)


 編集長にどやされ、ため息を吐きながらも記者は二人に質問を投げかけた。


「えぇとその、ではまず二人の好きな食べ物を……」

(バカ! くだらねぇことを聞くんじゃねぇ!)


 記者が質問をしかけたのを、編集長が止める。


「で、では最近はまっている事とか……」

(だからバカか! もっとましな事を聞けってんだよ!)


 改めて質問しかけた記者を、編集長がまた止める。


「そ、そんなぁ……自分で振っておいてそりゃないっすよ」

「えぇいもういい、俺が聞く!」


 ぶつくさ言う記者を押しのけて、編集長は二人の前にずいっと顔を出す。

 先刻までの偏屈な顔が、一瞬にして人懐っこい笑顔に変わった。


「――――ズバリ、お二人の初めて出会った場所は!? 一体どのような出会いだったのでしょうか?」


 編集長の問いに、少し考え込んでシャーレイが答える。


「フ、では私がお答えいたしますわ。……あれは確か私が七歳くらいの時だったかしら」


 遠い目でシャーレイが語り始める。


 ■■■


 ――――確か、十年ほど前でしょうか。ローレライの王女である私は、公務の一環で飛竜に乗りアルトレオに訪れましたわ。

 皆、私が飛竜に乗って来た事にとても驚いていました。

 当然でしょう。飛竜に乗れるのは相当の熟練が必要とされていますの。

 まぁ当時から天才性を遺憾なく発揮していましたから? この程度私にとっては朝食を食べるよりも容易い事でした。


 そんな私に、目をキラキラさせながら駆け寄って来たのが幼く可愛かった頃のミレーナです。

 ミレーナは私に抱き着いて言いました。


「すごい! すごいです! シャーレイさま! かっこいい! 美人! 天才! ……と」


 えぇ、それが私たちの出会いでした。


 ■■■


「異議あり! 異議ありです! そのような事は言っておりません!」


 シャーレイの話に割って入るミレーナ。

 だがシャーレイは動じる様子なく言い返す。


「いいえ、確かにそうですわ。私に間違いなどございませんことよ。おーっほほほほ!」

「なるほどなるほど、竜王女は幼い頃から竜王女に憧れていた……といいですね、なんか!」

「そこっ! メモを取らない!」

「フ、どちらにしろ些末事です。話を続けますわよ」

「ちょっとーーーーっ!?」


 ミレーナの抗議を無視しつつ、シャーレイは話を再開する。


 ■■■


「私とミレーナは歳も近く、お互い竜が好きだったのでよく遊んでいましたわ。二人して陸竜に乗っては野原を走り回り、よく侍女たちを困らせたものです。ミレーナに竜の乗り方を教えたのは私ですわよ。ね、ミレーナ?」

「ぐっ……それはそうですけれど……」

「なるほど、随分仲がよろしかったのですね。しかし何故今のようにその、険悪になったのでしょう? 何か原因がおありなのですか?」

「それは……」

「それはですね!」


 言いかけた言葉をミレーナが遮る。

 シャーレイを睨みつけながら言葉を続ける。


「シャーレイが私の事をいつもいつもいつもいつまでも! バカにするからです! 今だってほら! こんな風に言われ続ければ、誰でも怒るに決まってます!」

「あらあらぁ、私が? いつ?何処で? 貴女を? バカにしたのでしょう? 全く記憶にございませんわねぇ」

「そーいうところですよ!?」


 小首を傾げるシャーレイに、ミレーナは語気を強める。

 だがシャーレイは全く気にしていない様子だった。

 とぼけているわけではなく、本気で気にしていないのだ。

 幼い頃からシャーレイの事を良く知るミレーナにはそれがよく理解できていた。


「……少々は構いません。それがシャーレイ《あなた》の性格ですしね。でもあの時の事、忘れていませんよ……!」

「あの時……? はて」

「とぼけないで下さい!」


 怒りに燃える目で、ミレーナが語り始める。


「確かに、えぇ確かに私とシャーレイはよく遊んでいました。飛竜の乗り方も教えて貰いましたし、歳も近く、よく飛竜に乗っては一緒に飛んでいましたとも。次第に速さを競い始めた私たちは、大人に混じっては谷でライドしていました。」

「知っています! アルトレオ西部にある断崖絶壁が織りなす渓谷、特異な地形は複雑な気流を生み、様々なコースが存在するだけでなく、気流を利用したあらゆる(ライド)を可能とする。飛竜乗り(ライダー)たちの聖地、飛竜の谷! 今もライダーたちが各国から集まって来るとか」


 編集長の合いの手に頷き、ミレーナは続ける。


「そうです、飛竜の谷……当時の私たちはそこで腕を競い合っていました。ライダーは基本的に貴族が多いですから、そういう方は皆、顔を隠して交流しており、敵国同士の王子たちが仲良くしていたりもしていたらしいですよ。まぁそういうわけですので、私たちの事も言及されることはありませんでした。休みの日には谷へ行ってコースを何度も飛び、技を練習しました。ただ早さを求めた日々……懐かしいです」


 懐かしむように語るミレーナを見て、シャーレイがくすりと微笑む。


「でも、私に勝てた事は一度もないのよねぇ」

「ぐ……わ、私は習い事が沢山あったからそんなに飛ぶ暇がなかったんですぅ! あなたは毎日飛んでいたのでしょう? 暇人と一緒にしないでください!」

「おーっほほほ! 負け惜しみ乙! とだけ言っておきますわ!」

「……話を続けます」


 シャーレイの煽りを無視してミレーナは続ける。


「そんなある日、ライダーたちの間でちょっとしたレース大会が開かれました。私たちはまだ小さかったけど、それなりに腕も上がっており、一緒に出る事になったのです。お互い初めてのレース。緊張もありましたが、とても楽しみにしていました。私もレースの前は、忙しい合間を縫って飛竜に乗って練習していました。絶対にシャーレイに勝ちたいと、そう思って。だってシャーレイは確かに私より上手です。一度も勝った事はないし、技の冴えも圧倒的……だからスタート前に、こう言いました」


 ――――シャーレイ! あなたに本気の勝負を申し込みます! だから全力で勝負なさい!

 ――――フ、いいでしょう。胸を貸してあげますわ!

 ――――約束ですよ!


「そしてレースが始まりました。大人のライダーに混じりながらも、悠々とついていくシャーレイ。私は必死に食らいついていきます。風を読み、気流に乗って、飛竜を飛ばす。……でも、それでもシャーレイに追いつくことは出来ません。ゴール目前、圧倒的大差がつき諦めていたその時です。先行するシャーレイは私の目の前で、ぐるりとターンを決めて見せたのです。呆気に取られる私を見て更にもう三回! 挑発するようにです! 私はもう、カーッてなりました!」


 どん! と机を叩くと、ミレーナはシャーレイを睨み付けた。


「あの時の事、忘れていませんよ……!」

「……ふぅん」


 だがシャーレイは動じず、不敵な笑みを浮かべるのみだ。

 沈黙が続く。編集長は好奇心に満ちた視線を二人に向け、記者はその緊張感に耐え切れずごくんと息を飲む。


「……そんなことありましたっけ?」

「な――――」


 はてな、と首を傾げるシャーレイを見て、ミレーナが立ち上がる。

 唇に指を当て、眉を顰めるシャーレイには、本当に心当たりがない様子だった。


「全く、微塵も、これっぽっちも心当たりがないですわねぇ。私、そんなことをやりまして?」

「やりましたっ!」

「んー、そうだったかかしらねぇ」


 とぼけるシャーレイに、ミレーナはわなわなと肩を震わせている。

 その盛り上がりに編集長は前のめりになり、記者は逃げ腰になっていた。

 ミレーナは立ち上がり、びしり! とシャーレイに指を差す。


「いいでしょう! では改めて勝負です! ぎったんぎったんに叩きのめして、私のことを二度と忘れられなくして上げます!」

「フ」


 それを鼻で笑いながら、シャーレイもまた立ち上がる。

 片方の手を腰に、もう片方の手を口元に当てた。


「おーっほほほ! なんだか分かりませんが、いいですわよ! このシャーレイ=メル=ローレライ、逃げも隠れも致しませんわ!」

「ぐぎぎ……! 絶対負けないです……!」


 高笑いするシャーレイと歯ぎしりをするミレーナに、編集長は全力で乗っかった。


「おおっ! でしたらその勝負、是非ドラゴンライド(ウチ)で企画させていただけませんか!? 伝説の幼女ライダーが帰ってきた! 美しく成長した竜姫プリンセス竜女王クイーン、飛竜の谷にて相見える! 絶対盛り上がりますよ!」


 編集者の頭の中ではすでに刷り上がった雑誌の表紙も見えているようだった。

 小声で刷り部数がどうこう、営業がどうこうとぶつぶつ呟いていた。


「フ、私はもちろん構いませんことよ。沢山の客を呼び、ド派手に盛り上げて下さいな。私も国の者たちに声をかけて、それに貢献して上げてもよろしくってよ? ねぇミレーナ?」

「あったり前です! 吠えずらかかせてあげますから覚悟なさい!」


 バチバチと火花を飛ばし合うミレーナとシャーレイ。

 そんな二人の写真を、記者はパシャパシャと写真に写すのだった。


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