王女様、再会する
「編集長! 今月号の『月ドラ』、売り切れ続出らしいっすよ!」
「おおっ! やっぱりシャーレイ王女の特集は売れるな! 大陸横断独占取材で効果倍増! もっと刷っておけばよかったぜ! 営業のアホめ、だから言ったんだ!」
「あー残念っすねぇ、機会損失ですよこれは!」
小汚い室内にて、嬉しそうに悔しがる太った中年の男が一人と小柄な若い男が一人。
ここは月刊ドラゴンライドの編集部、彼らは編集長と記者だった。
彼らはシャーレイが帰還したのと同時にローレライへと取材へ行き、大陸横断についていろいろと話を聞いたのだ。
『月ドラ』の通常発行部数は1万部。だがその記事を記した今月号は売れに売れ、売り切れが出そうな勢いだった。
まさしく嬉しい悲鳴。編集部ではコーヒーによる宴が開かれていた。
「いやぁ、雪の中、ローレライまで山登りした甲斐があったっすねぇ。どうします? 増刷、いくしかないでしょう! 3000部くらいっすか?」
「ふむ、悪くはない。だが待て、説得材料があればもっといけるだろう。5000部積んでおきたい。緊急大増刷だ!」
「ごせ……そりゃあちょっと無茶が過ぎるってもんすよ!?」
「いいや、やる! だからお前も何か考えろ。バカの営業が首を縦に振らざるを得ないような手を!」
「うーん、と言われましても……手、手かぁ……」
男二人でしばし考え込む。
「他の女性ライダーの特集を組んでみるとか?」
「いや、シャーレイ王女の後だと並みの人間じゃ弱いな。没だ」
「ではミレーナ王女! あの人なら協力的っすよ。時々インタビューにも答えてくれますし」
「悪くはないが、割と定期的に出て貰ってるしな……新鮮味が薄いんだよな。没」
「……その言葉、めちゃめちゃ不敬っすよ。一応僕のところで止めておきますが」
「しかし……いや、確かにミレーナ王女という線は悪くない……使い方次第だな」
編集長は口元に手を当て、ふむと頷く。
記者も腕を組み、むむむと唸る。
「ではシャーレイ王女との対談、とか」
「それだ!」
編集長が手を叩く。
「大陸横断を果たした竜女王、かつてのライバルとして竜王女は何を想うのか! 美しき女ライダー同士の秘密トーク!? 夢の対談実現! 見出しはこれで行くぞ! おい、今すぐミレーナ王女とシャーレイ王女にアポ取ってこい! 取ったらマヌケの営業に話をつけろ! 来月号はこれでいく! 初版15000部刷っとけとな!」
「あいあいさー!」
駆けていく記者を見送りながら、編集長は不気味な笑みを浮かべる。
「ぐふふ、これは売れる! 売れるぞぉーーっ!」
月刊ドラゴンライド編集部に、男たちの野心に満ちた声が響いた。
■■■
アルトレオ街上空にて。一頭の飛竜が空を舞う。
その背にはミレーナとドルトを乗せ、建物の隙間を縫うようにして飛んでいた。
「み、ミレーナ様。少々低く飛びすぎでは!?」
「そんなことはありませんよ! それよりいい風ですねっ! あはっ!」
愉しそうに飛竜を乗りこなすミレーナと反対に、ドルトは引け腰だった。
空中で何度もきりもみ回転しながら、吹き抜ける風に乗って飛ぶ飛竜の背中は、ドルトと言えども心穏やかでいられるものではなかった。
「出来ればスピードを落としていただきたく……」
「え!? なんですか? 聞こえないですー!」
ドルトの声も聞こえていないようだった。
――――そう、ミレーナは結構なスピード狂だったのだ。
それを思い出したドルトは、ため息を吐いてミレーナの腰に強く掴まる。
「きゃっほーーーっ!」
テンションが上がったのか、ミレーナは更に速度を上げる。
「クルルルルルルルルゥゥゥゥゥゥ!!」
それは飛竜も同じであった。
ぐるん、と大きく一回転し、飛竜はアルトレオの空に舞い踊る。
その後を一筋の風が吹き、建物の間に干していた洗濯物がなびくのだった。
■■■
月刊ドラゴンライド編集部がある建物の屋上に降り立った飛竜は、翼を折り畳みしゃがみこんだ。
ミレーナが飛竜から先に降り、続いてドルトが降りる。
「お疲れ様、エメリア」
「クルゥ」
ミレーナに撫でられ、嬉しそうに鳴く飛竜。
その横でよろめくドルトに気付いたミレーナは慌てて頭を下げる。
「す、すみません! 大丈夫でしたか? ドルト殿。ついその、少し調子に乗ってしまいまして……」
「……いえ、大丈夫です。少々疲れただけですので」
「本当に申し訳ありません……」
「気にしないでください」
何度も謝るミレーナに、ドルトは手を振って返した。
「それで、私はここでエメリアの面倒を見てればいいのですか?」
「お願いします。エメリアも大人しくしているのよ」
「クルゥ!」
ミレーナの言葉にエメリアはそう鳴いて答えた。
「では行ってきますね」
「ミレーナ様!」
立ち去ろうとするミレーナをドルトが止める。
ドルトはまっすぐ上を見上げている。
「? どうかしたのですか?」
「……何かが近づいて来る音が聞こえます」
風切り音は徐々に大きくなっていく。
二人がその方向を向くと、空の彼方から近づいて来る影。
影は大きくなり、ミレーナのすぐ傍へと落ちてきた。
「な、何事ですか!?」
「ミレーナ様、下がってください!」
ドルトはミレーナを庇うようにして、前に出る。
晴れていく土煙の中から現れたのは、やたらキラキラと輝く飛竜だった。
金装飾で彩られた飛竜の背に乗っていたのは、真っ赤な騎竜服を纏った女性の姿。
女性がフルフェイスの騎竜兜を脱ぐと、幾重にも束ねた金色縦巻きロールが風になびく。
鋭い目つき、真っ赤な口紅。高圧的な笑みを浮かべた女性はミレーナを見下ろしてニコリと微笑む。
「おーっほっほっほ!! お久しぶりですわね、ミレーナ!」
そして片手を腰に当て、もう片手を口元に当て、高らかに笑い始めた。
ミレーナはそれを睨み上げる。
「……シャーレイ!」
「フ、怖い顔ですわね。でも見上げられるのは嫌いではありません。見下ろすのもね」
「く……!」
バチバチと、二人の間に散る火花。
完全にのけものと化していたドルトは、小声でミレーナに尋ねる。
「……えーと、お知り合いですか?」
「彼女はシャーレイ=メル=ローレライ。ローレライの第一王女です」
ミレーナの言葉にシャーレイは続ける。
「加えて言うならミレーナより一つ年上ですわ。小さい頃はよく一緒に遊んでいました。ちなみにミレーナに飛竜の乗り方を教えたのも私で、まぁ姉のような存在と思ってくれて結構です」
そうって髪をかき上げるシャーレイ。
後ろに立つ飛竜の鱗が太陽の光に反射し、後光でも刺しているかのように見えた。
それを見てドルトはぽんと手を叩く。
「あぁ、あの美人さんか」
「えっっっっ!?」
その言葉にミレーナは目を丸くして、食ってかかる。
「び、びびび美人とはどういうことですかドルト殿! 確かにそこそこ、それなりには整ってはいるとは思いますが、私だって少しはその、あの……え? もしやドルト殿はあぁ言うのが好み……なのですか……?」
いきなり慌て始めたかと思うと、次第に気落ちし始め、今度は虚ろな目でブツブツと呟き始めるミレーナ。
ドルトはそんなミレーナに気づくこともなく、シャーレイの飛竜に近づいて撫でる。
「いやぁ、実物はもっと美人だな。何という鱗の艶具合……よく手入れされているな、うん」
「ちょ、貴方私のゴールデンゴールド号に汚い手で触らないでくださいまし!」
それを注意するシャーレイだったが、ゴールデンゴールド号と呼ばれた飛竜は心地よさそうに鳴き声を上げる。
「クルゥ♪」
「おう、よしよし」
「な……気位の高いゴールデンゴールド号が自分の身体を好き放題触らせるなど……!?」
ゴールデンゴールド号の首を撫でるドルトを見て動揺するシャーレイ。
国の竜師ですら手間取る気分屋で、シャーレイ以外にはそう簡単には触らせない飛竜なのだ。
それをこの一瞬で……ドルトの手際を見ながら、シャーレイは息を飲んだ。
「うぅ……ドルト殿ぉ……」
ちなみにショックを受けたミレーナは、がっくりと項垂れていた。
誤解が解けるにはほんの少し時間を要した。