表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
93/118

子竜、畑を守る。中編

 巡回を終えたレノは、近くの大岩の上に降り立つ。

 翼を折りたたみ、大岩の上に寝そべったレノは大きなあくびをした。

 飛行にはある程度、体力を必要とする。

 まだ子供であるレノには飛行後にある程度の休憩が必要だった。

 身体を横たえ、目を閉じるレノ。

 それでも耳はぴこぴこと動き、周囲を警戒していた。


「ぴ?」


 不意にレノは目を見開くと、長い首を持ち上げた。

 じっと、東の空を見つめたまま動かない。

 東の空からは、黒雲が近づいていた。

 否、黒雲ではなかった。鳥の大群である。

 空を埋め尽くすような鳥の群れが、レノの方へと向かっていた。


「ぴーーーーーっ!?」


 気づいたレノは、慌てて飛び上がる。

 そしてキョロキョロと周囲を見やる。

 だがドルトも、セーラも、ミレーナの姿もなし。

 その間にも鳥の群れは近づいてくる。

 ギャアギャアと、恐ろしい鳥の鳴き声がレノの耳に届いてくる。


「ぴぃぃぃぃ……」


 恐ろしさに震えるレノ。

 背を向け逃げ出そうとするレノだったが、ふとドルトの言葉を思い出した。


 ――――この田んぼをしっかり守ってくれよ。


 その言葉を思い出し、レノは踏みとどまった。

 振り向きそして、大きく翼を広げると、近づく暗雲を睨みつけた。


「ゥゥゥ……」


 そして、唸る。

 歯をむき出しにして、喉を鳴らし、全身に力を込めて。

 唸りは徐々に、鳴き声に変わって行く。


「ゥゥゥルルルル……クルゥゥゥァァァァァーーー!!」


 天に向かって、レノが吠える。

 それはまさしく飛竜の咆哮であった。

 ばさり、と翼をはためかせ、飛び立つ飛竜レノ

 向かう先は暗雲立ち込め始めた大空であった。


 ■■■


「む……?」

 竜舎での作業中、ドルトはふと違和感に気づいた。

 飛竜たちが妙に騒がしいのだ。


「クルゥゥゥーーー!」


 奥にあるミレーナの愛竜、エメリアがドルトを呼ぶように鳴いた。

 ドルトはすぐに駆け寄り、声をかける。


「どうかしたのか?」

「クルルル……」


 エメリアはじっとドルトを見つめた。

 真剣に訴えかけるような、目。

 ドルトはその意味をしばし考えた後、その意味に気付いた。


「……レノに何かあったのか?」

「クルゥ」


 そう鳴いて頷くと、エメリアはゆっくり巨体を起こす。

 自分の舎の柵に向かって体当たりを始めた。


「お、おい待てエメリア! 柵が壊れるだろうが!」

「クルルル……」

「外してやるからちょっと待ってろ……ほらよ」


 ドルトが木の柵を外すと、エメリアはのそりと舎から出た。

 そしてドルトの襟首を咥えて、自分の背中に乗せた。

 長い首を持ち上げて、吠える。


「クルルルルルァァァァァ!!」

「クルル……」「ルルルル……!」


 エメリアの咆哮に応じるように、他の飛竜たちも柵へと体当たりを始めた。

 慌てて止めようとするドルトだが時すでに遅し。

 柵は破壊され、飛竜たちはエメリアの後をついてくる。

 破壊された竜舎を見て、ドルトは頭を抱えた。


「……あぁもう。仕事を増やしやがって」


 ため息を吐きながらもドルトはエメリアの手綱を握った。


(……にしても、エメリアがこんな風に哭くなんて、初めての事だ……! 相当ヤバいのか)


 エメリアは我が子であるレノの世話を、ミレーナやドルトに任せっきりであった。

 とはいえ、自分の役目を放棄していたわけでもない。

 夜は一緒に眠っているし、飛行訓練の際はレノの面倒をよく見ている。

 ただ、ドルトらを信頼して預けているだけなのだ。

 そんなエメリアが初めて自ら動いた。

 ドルトは胸騒ぎを抑えきれず、自らの胸元をぎゅっと握った。


「無事でいろよ……レノ!」

「クルゥゥゥーーーァァァァァーーー!!」


 エメリアが咆哮と共にアルトレオ城を飛び立つ。

 それに続いて、他の飛竜たちも。

 ドルトが手綱を打ち据えるまでもなく、エメリアは全速力で飛翔した。


■■■


「ぴぃぃぃーーー!」


 レノが黒雲、鳥の群れへと真っ直ぐ向かって飛ぶ。

 先頭の群はスズメやツバメなど、小型の鳥だった。

 レノは大きく口を開け、吠えた。


「クルゥゥゥ!!」


 咆哮をまともに喰らい、小鳥たちはあからさまに動揺した。

 散り散りになって、レノから逃げて行く。

 その最中、他の鳥とぶつかり何羽かが墜落していった。

 竜の咆哮、その威力はたとえ群れを成していても侮れるものではない。

 小鳥程度ではひとたまりもなかった。


「カァァァ!」


 カラスがその遥か後ろで鳴き声を上げた。

 散らばり落ちる小鳥たちを押しのけて、次に前に出たのは水鳥の群れだった。

 レノは大きく息を吸い、吐いた。


「クルゥゥゥ!!」


 再度、放たれる竜の咆哮。

 だが水鳥の群れは、前列が僅かに怯んだのみだ。

 密度の高い水鳥の羽毛は、水を弾くだけでなく音を殺す。

 竜の咆哮と言えど、効果が薄れれば犬の鳴き声と大差ない。

 水鳥の群れはそのままレノに突っ込んでくる。


「ぴっ!?」


 小さく鳴いた瞬間、レノは水鳥の群れにぶつかり、吹き飛ばされた。


「カァッ!」


 カラスが鳴くと、水鳥の群れは大きく旋回し、またレノに向かっていく。

 大きく硬い嘴が、レノのまだ未熟で柔らかい鱗を打ち付けていく。

 何度も何度も。

 どどどどど、と鈍い音が空に響いた。

 しばらくして、音がやんだ。

 黒雲の中から落ちてくるのは、ボロボロになったレノ。

 ぐるぐると錐揉み回転しながら、レノは墜ちていく。


「ぴ……ぅぅ……!」


 弱々しく鳴くレノ。

 だがそれでも何とか体勢を立て直すべく、翼を広げた。

 落下の速度は緩くなり、首を真上に上げた。

 レノの目はまだ死んではいなかった。

 それに気づいた鳥たちは、レノへと追撃に向かう。

 レノは大きく翼を羽ばたかせると、また上昇していく。


 ――――無駄な事を!


 そんな声が聞こえるようだった。

 レノは構わず鳥の群れに向かっていく。


「ぴ……?」


 ふと、レノは何か違和感を感じた。

 本能に訴えかけるような、微細な何か。

 風が、空が、レノを呼んだ気がしたのだ。

 レノはその赴くがままに、翼を広げる。


 ――――わざわざ的を大きくするとは。


 そう言わんばかりにカラスはカカカと鳴いた。

 上空から仕掛けてくる鳥の群からしてみれば、いい的である。

 カラスは口角を歪め、レノに突進を命じる。

 真っ直ぐにレノへと向かう鳥の群。まるで黒い空が落ちてくるようだった。

 先頭の一羽がレノに激突する瞬間、その姿が消えた。

 鳥は落ちて、地面から一筋の土煙を上げた。


「ガァッ!?」


 遠くから見ていたカラスには、その理由がわかった。

 レノは一瞬にして、空高く舞い上がったのだ。

 今はレノは、鳥の群よりも遥か、遥か上空にいた。

 上昇気流を掴まえ、瞬く間に舞い上がったのだ。


 飛竜が空の覇者と呼ばれる理由はたんに身体が大きいから、だけではない。

 風を読み、気流に乗る事で、その飛翔速度は比類なきものとなる。

 最大、最速、最高度、全てにおいて飛竜を越える種はいない。


 その能力の一つは風の流れを掴む事。

 レノは先刻、本能で上昇気流の発生を読んだのだ。

 それに身を任せ、高高度へと舞い上がったのだ。


「ギャアギャア!」「ギャアギャア!」


 鳥たちはざわめきながらも、レノに向かって上昇を始める。

 だが、鳥一羽だれひとりとして届かない。

 鳥類最高の飛翔能力を持つ猛禽類でさえ、その高さには遠く及ばない。

 レノは自分に近寄る事すら出来ない鳥たちを見下ろしながら、眼下のカラスを睨み付けた。


「カァ! カァ!」


 けたたましく喚くカラスを見つけ、レノは大きく翼を広げた。

 そしてばさりと、翼にて空を叩く。

 一気に加速したレノは、獲物目がけ大きく口を開けた。

 ギザギザの鋭い歯を向けられ、カラスは焦った。

 慌てて自分の身を守るよう、他の鳥に命じる。


 ――――が、降下するレノの速度は尋常ではないものだった。

 迎撃する鳥たちを避け、避け、弾き、避け。

 真っ直ぐにカラスへと向かう。


「クルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥガァァァァァァァ!!」


 その咆哮にカラスはすくみ上がっていた。

 避けよう、と思いながらも体は動かない。

 迫り来る飛竜レノの牙が、カラスの目に鮮明に映る。


「ガッ!?」


 そう声を上げるのが精一杯だった。

 カラスは首元をレノに噛み付かれ、そのまま地上へと落下した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ