子竜、畑仕事を手伝う
ドルトとセーラが田植えを終え、しばらく経った。
苗は泥の中に根を張り、天に向け穂を伸ばしていた。
青々と茂る田んぼのすぐ横で、ドルトは草をむしっていた。
「うーん、キリがないな」
額の汗をぬぐいながら、ドルトは引き抜いた雑草の束を捨てる。
雑草の伸びる速度はとても速く、田んぼを一周している間に次の雑草が生える程だった。
というのも根が深く張っており、ドルトの力でもなかなか抜けず体力を使うのだ。
それ故時間はかかり、竜の世話の合間にでは追いつかない程である。
というわけで草はほぼ、伸び放題だった。
「なーにしてるんだっぺさ」
ドルトが声の方を向き直ると、地竜を連れたセーラがいた。
セーラは呆れた様子でドルトを見て、ため息を吐く。
「そったらこと、する必要ねぇだわよ」
「どう言うことだ? 草むしりはいらなかったか?」
「ん、おほん。……いえ、確かに草はむしらないといけないわ。雑草の種が田んぼに入ったら、稲に栄養はいかないし収穫の時に選別が大変だからね。でも素手じゃ時間かかるでしょう?」
「まぁ、大変だな確かに」
「というわけでじゃじゃん! これを使いましょう」
セーラが取り出したのは、曲がった刃のついた短剣のようなものだった。
どこかの店先で見たような気がする……程度のドルトは首を傾げる。
「なんだそりゃ?」
「鎌よ、カマ、草刈り道具よ。まぁ見てなさい」
早速しゃがみこむと、セーラは雑草の束をぐいと掴んだ。
「これをこーやって……ずばりよ」
鎌刃を押し当てて少し力を入れると、あっさり草束は切断された。
それを見たドルトは感心したように手を叩く。
「おおー」
「おっさんの分もあるから、ザクザク刈っていきましょう!」
手渡された鎌を見て、ドルトはふむと頷く。
草刈りを始めていたセーラだったが、そんなドルトを不思議に思い声をかけた。
「どうしたのよおっさん。ぼさっとしちゃってさ」
「……いやぁこの形、地竜の小指の爪に似ているなーと」
「ガゥ?」
呼ばれたのかと思ったのか、地竜が返事をするかのように鳴いた。
その小指の爪は、確かに鎌と同じ形をしていた。
「地竜は小指の爪で草を刈り取り、それを寝藁みたいに使うんだよ。なぁ、やってみるか? 81号」
「ガゥッ!」
地竜は元気に鳴くと、ドルトの足元、草がぼうぼうの所へ腕を伸ばした。
小指の爪を引っ掛けると、雑草が一束にまとめられた。
そしてちょきん、とハサミで切ったように雑草は綺麗に断ち切られた。
「わっ! すごいね81号! 器用ねー」
「ガァーゥ♪」
セーラに頭を撫でられ、地竜は嬉しそうに身体を寄せた。
ドルトは仲の良い一人と一頭を見て、苦笑を浮かべた。
「っていうかセーラ。竜を連れて来るってことは何か別の用事があったんじゃないのか?」
「あ! そうだった! こっちよ81号!おっさんも来て来て」
「ガゥ!」
セーラに引っ張られるまま、ドルトと81号は田んぼに水を引いている用水路へと向かう。
溜め池と田んぼを繋ぐ用水路、その水の注ぐ部分は巨大な石でせき止められていた。
「81号、この横を掘って、田んぼから水を出しましょう」
「ガァーウ!」
一鳴きすると、地竜は石の横に溝を掘り始める。
「ゆっくりとね。勢いよくやりすぎると、せっかく作った堤防が壊れちゃうから」
その様子を見ていたドルトが尋ねる。
「何で一回溜めた水を抜いちゃうんだ?」
「こうすると、稲は水を求めて下へ下へと根を伸ばすのよ。水がなくなったら、また入れる。これを何度か繰り返すことでがっしり根付いた稲は、そう簡単には倒れないのよ」
「なるほど。色々考えられてるんだなぁ」
農家の知恵にドルトは感嘆の息を吐いた。
81号がゆっくり溝を掘っていき、田んぼと繋がる。
水は用水路を通って川へ流れ込んでいく。
「ナイスよ81号、これで様子を見ましょう」
「ガァウ」
「じゃ、草刈り再開だな」
田んぼから流れる水に注意しながら、ドルトらは草刈りを再開した。
田んぼの水は半日ほど経って空になり、それから数日後に完全に干上がってしまった。
土は水分を失って真っ白になり所々にひび割れもしていた。
それからある日、ドルトは田んぼに呼び出された。
セーラに言われ、レノを連れてである。
レノはドルトの頭の上で、大アクビをしていた。
「俺はわかるけど、レノに何の用だろうな?」
「ぴー?」
レノはドルトの問いに、呑気な声で鳴いて返した。
田んぼに着くと、ドルトらに気づいたセーラは早速声をかけた。
「やーっときた! ちゃんとレノも連れてきたわね。……てか久しぶりに見たら、なんか大きくなってない?」
「うむ、成長期だからな。そろそろ頭に乗せるのは限界だ」
「ぴぃー!」
レノは伸びをするように大きく翼を広げる。
広げたその体長は、ドルトの肩幅よりも大きくなっていた。
「うんうん、頼もしい限りよね」
「それで、どうするつもりなんだ?」
「まずは田んぼに水を入れましょうか」
セーラが用水路を閉じていた木板を外すと、水が流れ込んできた。
水が田んぼを満たしていく。
「一旦水を抜くと、根を伸ばす際に稲が土の中の栄養を全部吸っちゃうからね。追加で肥料を撒かないといけないのよ」
「また竜糞か?」
「そうねぇ……いつもなら団子状に丸めたやつを投げ入れるんだけど、今回は乾かしてるやつを粉状にして、上から撒いてみようと思うのよ。……てなわけで、レノに手伝ってもらおうと思ってるわけ」
「ぴー?」
首を傾げるレノを見て、セーラはにこりと笑うのだった。
「もうちょいもうちょい……うん、そのくらいの高さでいいわよ!」
「止まれ、レノ」
「ぴぃーう!」
はるか上空にて、レノが鳴いて返す。
高度は十分に育った大樹程はあるだろうか。
レノは竜糞の粉末が入った袋を手にしていた。
空を仰ぎ見ながら、ドルトは声を上げた。
「よし、袋をゆっくり傾けながら、移動しろ!」
「ぴぃーー!」
レノはドルトに言われるがまま、田んぼの上を飛び始める。
傾けた袋からは、さらさらと黄色い粉末が田んぼへ落ちていく。
「おー、いい感じねぇ」
「いい感じだなぁ」
「ぴぃー」
時折聞こえるレノの鳴き声を聞きながら、セーラとドルトはのんびり呟いた。
しばらくそれを眺めていた二人。その時、風が吹いた。
ぶわっさーと、黄土色の粉末が風に乗って二人を襲う。
広範囲にばら撒かれていたそれを避けられるはずもなく、二人はモロにそれを浴びた。
黄土色に染まる視界の中、セーラが呟く。
「……くさいわね」
「くさいな」
黄土色に染まる視界の中、ドルトが返した。
「少し、浅はかだったかしら」
「いや、悪くない作戦だったと思うぜ」
「次は風を計算に入れましょう」
「マスクを装着しておくのもいいかもなぁ」
「いいわね、それ」
黄土色の粉末にまみれながら、二人は交互に呟いた。
空の彼方では、レノが変わらず黄土色の粉末を撒き散らしていた。