大陸、動く
レイフ領、とある古城の一室。
並べられた卓座には各国の上層部が集められていた。
中小問わず、大陸殆どの国々の要人たち。
呼ばれていないのはガルンモッサと、そしてかの国と強い繋がりを持つアルトレオのみである。
「やあやあ皆々様方、お待たせしました」
大扉を開けて出て来たのは、レイフ国の王である。
レイフ王は卓座中央に進み出ると、ぐるりと全員を見渡した。
各国の要人たちの視線がレイフ王に集まる。
「ようこそおいで下さった。歓迎いたしますぞ。ここはレイフ王家が避暑地として使っている古城です。時期が来れば鹿も出て、狩りなども楽しめますよ」
それに加えて、シーズンも外れている。
各国の要人を人知れず集めるには、もってこいの場所だった。
ぱちぱちと手を叩く音が鳴る。
「確かに、良い場所ですな。釣りなどもいい」
「然り然り、レイフの良き土地柄あったればこそ、ですな」
要人のうち、レイフ同盟国の者たちが言った。
「ふん、そんなものはどうでもいい」
要人のうち、レイフ同盟国でない者たちが言った。
「くだらん前置きはその辺にして早く本題に入れ。我らとて暇ではないのだ」
その言葉に気分を害した同盟国の者たちが、言葉を返す。
「貴様ら! レイフ王はまずは雰囲気を宥めようとしているのだ!」
「馬鹿者どもが! だから話が長くなるのがわからんのか!」
「なにぃ!?」
「やるのか!?」
場はいきなり熱くなり、席を立ち始める者まで現れ始める。
それを見てレイフ王はため息を吐くと、パン! と大きく手を叩いた。
ざらりと全員を睨め付けると、その迫力に騒ぎが静まった。
「……皆々様、喧嘩をしに来たのではないでしょう? 敵意を向ける先は一つのはずです」
その言葉に全員が各々の心中を思い出す。
ここに集まった目的を。拳を下ろし、席に座り押し黙る彼らを見て頷くと、レイフ王は語り始める。
「そう、思い出したようですね。本日は我ら共通の敵……ガルンモッサを打ち倒す為の集まりだと言うことを」
「おおおっ!」
「そうだそうだ!ガルンモッサの好き勝手をいつまでも許しておくわけにはいかぬ!」
レイフ王の言葉に、その場の全員が俄かに色めき立つ。
彼らは皆、長い間ガルンモッサにいいようにされてきた。
圧倒的な軍事力を背景に理不尽な要求を飲まされ、それでも逆らえずにいた。
ある国は内紛状態において無理やり軍事介入され、事実上の管理下におかれた。
ある国は物資支援を名目に、その地の名産品を根こそぎ持っていかれた。
ある国は次期王座争いに口出しされ、傀儡のようにされた。
大陸にある国は、殆ど全ての国がガルンモッサに恨みを持っていた。
「ガルンモッサめ……それだけでは飽き足らず、我が領の竜にまで手を出すとはな」
「しかも盗賊と手を組んでの仕業らしい。ガルンモッサらしい、卑しくも卑劣な手ではないか!」
「然り然り、到底許されたものではない!」
それに加えて先日の盗竜事件である。
ガルンモッサ許すまじ、その声は徐々に大きくなっていく。
今まで言えなかった不満が溢れるように、それは次第に大きくなっていく。
盛り上がりが最高潮を迎えたその時、レイフ王は力強く拳を握り締め、声を張る。
「そうだ諸君! 今こそ立ち上がるのだ!」
大きく張り上げた声に、全員が黙る。
期待と高揚に満ちた視線を一身に受け、レイフ王は叫ぶ。
「ガルンモッサは確かに強国! だがそれもかつての話だ! 今は腑抜けに腑抜け、腐敗臭を撒き散らすだけの汚物! もはや害悪! 存在する価値すら見出せぬ! 引導を渡す時が来たのだ!」
レイフ王の言葉に、その場の全員が頷く。
様々な風土の、様々な文化の、様々な気風の、様々な国々の、彼らの気持ちは一つだった。
レイフ王が右腕を天に突き上げた。
「正義は我らにあり!!」
「うおおおおおおおおおおッ!!」
その場にいた全員が吠えた。
空気がビリビリと響くような大きな声。それは隣の部屋にまで聞こえていた。
石壁を挟んで隣の部屋。
銀髪の少年が椅子に座っており、その傍には緑髪のメイドが佇んでいた。
少年は鷹のような鋭く見開かれた目をしており、メイドは糸のような細目で、ニコニコと笑みを浮かべていた。
少年の手の中で、赤色の液体が入ったグラスがたぷんと揺れた。
ゆっくりとそれを飲み干すと、少年は息を吐く。
「いやぁ、見事な演説だねぇ。流石はガルンモッサに次ぐ大国、レイフの王様と言ったところかな?」
「うふふ♪ スヴェン様の思惑どーり、ですねぇ」
スヴェンと呼ばれた少年は、緑髪のメイドを睨みつけた。
「ばか、声がでかいぞアイシス。聞き耳を立てている者がいるかもしれないだろう」
不用意さを嗜めるスヴェンに、アイシスのと呼ばれたメイドは笑みを崩さない。
「ご心配なく♪ 音域を変えて喋っていますので、部屋外には聞こえておりませんよー」
「き、器用だな……」
呆れた顔でスヴェンはグラスを傾ける。
空になったグラスに、アイシスがボトルでお代わりを注ぎ入れる。
ボトルのラベルにはトマトが描かれていた。
「……むぅ、この独特の生臭さ……やはり野菜は苦手だな」
「うふふ、トマトは身体にいいのですよ。長生きに良い成分が沢山入っておりますです♪」
スヴェンはアイシスの言葉を聞きながら、トマトジュースに口をつける。
独特の酸味を我慢しながら、飲み干した。
「おおー、見事な飲みっぷりですねーぱちぱちぱち」
のんきに手を叩くアイシスを睨みつけるスヴェン。
「父上や兄上が愚鈍な分、僕が長生きをしなければならないからな」
スヴェンは真っ直ぐに前を見据えて言った。
頬杖を付き、口元を固く結び、鋭く見開いた目は遥か彼方、ガルンモッサを望んでいた。
主人の様子をアイシスは、両腕を後ろに組んで嬉しそうに眺めていた。
「そういえば、ヴォルフ団長はどこにいるんだったか?」
「北端の地で畑を耕しているそうですよー額に汗して働いておりました♪」
アイシスは鍬で耕すようなジェスチャーをする。
スヴェンはさらに突っ込む事はなく、頷いた。
「……ふむ、あれほど有能な人物を北端に飛ばすとはな。父上の愚かさもここに極まれりと言ったところか」
ニヤリと、スヴェンは唇を歪めた。
グラスを置き、両手で頬杖をついて、目を細めて言った。
「あの人に教えてあげようじゃないか。人の上手な使い方、というやつをね」
アイシスはそれを聞きながら、愉しげにニコニコしていた。