おっさん、田んぼ作りを再開する
「……てなわけで、色々あったけど田んぼ作りの続きよ!」
「ガァーゥ!」
翌日、ドルトは早速郊外の田んぼへと呼び出された。
田んぼの中は出立前に入れた川の水で泥化しており、セーラの隣にいる地竜は泥遊びでもしていたのか全身が白くなっていた。
その隣には、セーラの実家から運んできた稲の苗がどっさりと積まれていた。
「これを植えていくのか?」
「そうよ。見たことくらいはあるでしょう?」
「おいおい、バカにしてもらっちゃあ困るぜ。その位は見たことあるさ」
農夫が腰を曲げ、ひたすら田んぼに稲を植えていくその姿は、田園ではよく見られる光景だった。
ガルンモッサでも郊外では農家の人間が田畑を耕す様子がよく見られていた。
「その苗を泥の中に植えてやればいいんだろ? 簡単じゃないか」
「ほほーう。中々言ってくれるわね」
ドルトの言葉にセーラは両手を腰に当て、笑みを浮かべる。
「ならやってみましょうか」
「おうよ!」
そう言うとドルトは腕まくりをして裸足になると、田んぼに両足を突っ込んだ。
冷たく心地よい感触と共に、ズブズブと音を立て沈んでいくドルトの身体。
足を上げようとしたドルトだったが、上がらない。
「く……っ!? ふんぬぬぬっ!?」
「あははははははっ! ちょ! おっさんてば顔真っ赤にして! おっかしー!」
田んぼにハマったドルトを見て笑い転げるセーラ。
ドルトは両足に全力を込めるが、沈む力の方が強く全く動かない。
ひとしきり笑い転げたセーラは、ドルトに手を差し伸べた。
「あー笑った笑った。はい、お手」
「……おう」
ドルトはセーラの手を取ると、それを頼りに田んぼから上がる。
その下半身は泥がべっとり付いており、ズボンまでぐしょぬれであった。
「ガァアアウ」
「ったく、お前まで笑うなっての」
81号に笑われながら、ドルトは居心地悪そうに頭を掻いた。
「まぁおっさんの体重じゃ、どれだけ力があってもそう簡単には抜け出せないわよ。泥の中での動きはコツがいるのよね。まぁそんなのを一朝一夕で身につけれるわけもないので……これを使いましょうか」
セーラはごそごそと、荷袋から靴に浮き輪が付いたようなものを取り出して並べた。
「なんだそりゃ? 変な靴だな」
「うちの村特製の浮靴よ。実家に帰った時に持って帰って来たの。サイズは合うかしら?」
「ふむ……」
ドルトが浮靴を履くと、少しぶかぶかだった。
靴ひもを結んで引っ張ると、丁度ぴたりと足の形に合った。
「うん、ぴったりだ」
「よかった。それじゃ私も履いて……っと」
セーラは手慣れた動作で靴を履き結ぶと、田んぼの中に足を踏み入れた。
浮靴を履いているので完全に沈む事はなく、容易に田んぼの中を歩いていた。
「よし、俺も行くか」
それを見たドルトとセーラに続く。
恐る恐る一歩を踏み出すと、ドルトの足は深々と沈む事はなく浅目で止まった。
「おおっ、すごいなこれは!」
片足を上げても泥には埋まり切らず、今度はちゃんと歩行できる。
ドルトは子供のようにベタベタと楽しげに田んぼの中を歩いた。
そんなドルトを見て、セーラは得意げに言った。
「でしょー。さ、田植え開始よ! 私と同じくらいの感覚で、まっすぐ植えるのよ。私は左端おっさんは反対側からよろしく」
「わかった」
ドルトは返事をして、田んぼの反対側へ向かう。
そして植え始める二人。
背中に背負った苗を手に取り、泥の中へと突っ込んでいく。
速度は言うまでもなくセーラが圧倒的に早かった。
半分辺りまで進んだセーラは、ぐいと背を逸らして一息入れる。
「さて、おっさんの方はどうかなっと……」
ドルトの方を振り返るセーラが見たのは、ぐにゃぐにゃに曲がった苗の列で会った。
「何してるんだっぺさーッ!」
思わず声を荒げる。ドルトは慌てて手にしていた苗を落としそうになっていた。
「おあっ!? な、なんだ!?」
「曲がってるでしょ! 縁側に沿って、まーっすぐ歩かんといかんべよ!」
ドルトが後ろを振り返ると、確かにセーラの言う通り列は歪んでいた。
「……ほんとだ」
「たくぅ、ほったらしょーがねーべなぁ」
そう言うとセーラはザブザブと泥を切りながら、ドルトが植えた苗の方へと歩いていく。
そして手慣れた動作で真っ直ぐに植え直した。
見事なまでにぴしっとした直線だった。
「おおっ、すごいなセーラ。流石だ」
「ほ、褒めてもなんもでんからね」
セーラは唇を尖らせると、少しだけ顔を赤らめた。
「こ、今度は後ろを振り返りながらやらんといけんよ! 今はまだ田んぼが空いてるから移動できるけども、完全に埋まってしもたらそれもできんべさ。時間かかっていいから正確にやりんちゃい!」
「了解だ」
ドルトは頷くと、また苗を植え始める。
言われた通り、今度は真っ直ぐになるようこまめに後ろを振り返りながら。
それから半日、日が沈み始めた辺りでようやく田んぼに苗を植え終えた。
セーラは大きく伸びをして、満足げに頷く。
「ふーい、一面の緑ねぇ」
その横でドルトは腰を押さえていた。
草むらに座り込むと、痛む腰を摩る。
「いてて……腰が……」
「あはは! おっさんねぇ。どれ、揉んであげるからうつ伏せになりなさいな」
「おう、悪いな」
そう言って草むらに寝転がるドルト。
だがセーラは自分の手が泥だらけなことに気づく。
「あー、でも手が汚れてるのよねぇ」
「じゃあ足で頼む」
「おっけーわかった」
セーラは履いていた靴を脱ぎ捨てると、裸足でドルトの背中に乗る。
ふみふみとその上で、足を動かすたびにぼきぼきと関節の音が鳴る。
「あー……気持ちいいなぁ」
至福の表情のドルトを見て、セーラは呆れたようにため息を吐いた。
「ほんとおっさんね……」
「うるせぇ」
そんな二人を木の影から見つめる影が一つ。
全身をプルプルと震わせ、唇を噛みしめるミレーナだった。
「くっ……セーラ、なんて羨ましい……」
心の底から悔しがっているような、血涙でも流しそうな顔だった。
木に降り立とうとした鳥が、慌てて逃げていく。
そんなミレーナの影から、さらにもう一つの影が。
無表情のまま突っ立つメイドAだった。
「ちなみに踏まれる方と踏む方、どちらですか」
「どちらかと言えば踏まれる方が……ってひょわっ!?」
「なるほど、ミレーナ様はドM……と」
驚くミレーナに背を向けメイドAはメモ帳に何やら書き込んでいた。
そんなメイドAの両肩を掴み、揺するミレーナ。
首をぐわんぐわん揺らしながらも、メイドAは無表情を崩さない。
「ちょっと! 何を書き記しているのです!?」
「気にしないでください。ただの自分用メモですから。けして外へは漏らしませんので。Aの名に賭けて」
「そういう問題ではありません! 消しなさい!」
「ミレーナ様、ご覧になってください。空があんなにも綺麗ですよ」
「話を聞きなさいっ!」
明後日の方を向くメイドAの背中をポコポコと叩くミレーナ。
夕暮れの空を飛んでいたカラスが、カァと鳴いた。