王女様、竜を返却する
それから数日、ミレーナはドルトの指示通りに各国へ書状を送った。
内容は、
貴国の竜をお預かりしています。
そちらのファームから、竜が盗まる事件が昨今起きなかったでしょうか?
もし心当たりがあれば、是非関係者を連れていらして下さいませ。
こちらで竜をお預かりしておりますので、すぐにお返しいたします。
と、そんな感じであった。
書状を送ってしばらくしたある日、レイフから外交官と竜師が訪れた。
それをドルトとミレーナが迎えた。
「初めてまして。私はレイフの外交官でございます。こちらは我が国の竜師。竜が盗まれたファームの主です」
「よくぞいらして下さいました。ミレーナと申します」
「竜師のドルトと申します。お見知りおきを」
ドルトとミレーナは彼らと握手を交わすと、早速竜舎へと向かう。
「えぇと、レイフの竜は確か……あぁこいつですね」
竜舎の奥の無数に並んだ竜の中、まっすぐドルトが向かった先には少し擦り傷のついた陸竜がいた。
ドルトが連れてきた竜を間近で見たレイフの竜師は目を輝かせる。
「おおっ! ゲオルグ14世!」
「グオーウ!」
レイフの竜師は竜に駆け寄ると、抱きついた。
無事を確認するように、レイフ竜師は何度も何度も竜の首を愛おしげに撫でる。
竜もくすぐったそうに鼻を鳴らしていた。
「よかった! よくぞ無事に帰ってきてくれた!」
「グルルル……」
抱き合うようなその光景を、ドルトたちは優しげに見守っていた。
「……よかったですね。ドルト殿」
「えぇ、随分可愛がってもらっていたのは世話をしていてわかりましたから、私も早く合わせてあげたかったです」
レイフの竜はドルトから見ても良い竜だった。
それだけの愛情を込められているのが分かるほどのものだった。
しばらくして、レイフ竜師は竜と共にドルトらに頭を下げる。
「……ありがとうございます、ドルト殿。ゲオルグ14世も礼を言っています」
「グァア!」
ドルトは大きく口を開けて鳴く竜の首元に手を当て、ゆっくりと撫でた。
「よかったな。ゲオルグ14世。飼い主さんに会えてよ」
「グルルル……」
そんなドルトに甘えるように、竜は頭を擦り付ける。
まるで別れを惜しむような仕草にドルトは困惑した。
「お、おいおい。飼い主さんはあっちだろう!?」
「グルゥ♪」
離れようとするドルトだったが、竜はなおもまとわりついて離れない。
レイフの竜師はそれを見て苦笑した。
「ははは、私よりもよく懐かれていますね。ゲオルグ14世は気難しい性格なのですが」
「……すみません」
「いえいえ、それだけよく世話してくださったのですね。有難いことです」
「ガルーゥ!」
そうだ、と肯定するように竜は高く鳴いた。
周りにいた竜たちも、それに倣うように声を上げ始める。
「こら、煩いぞ。あぁもう顔を舐めるのは止めろって」
竜に舌で舐め回され、ドルトはびしょびしょになっていた。
「……それにしても、あのガルンモッサが他国の竜を盗むなどという愚行を働くとは……にわかには信じられませんな」
ひとりごちるレイフ外交官に、ミレーナが答える。
「団長が変わった事が大きかったようですね。うちの竜師と、それに〝A〟にも確認を取りましたので、間違いはないでしょう」
「なんと、アルトレオではあの〝A〟を召し抱えているのですか!?」
「えぇと……はい。とはいえ彼らはとても気まぐれというか風変わりというか……でもだからこそ、こんな小国に支えてくれているのでしょうね」
「いやいや、そうは言っても伝説の一族と謡われたあの〝A〟です。彼らはめっぽう腕が立ちますが、けして金だけでは動かず、主の器を見定めると聞きます。ミレーナ様だからこそ、でしょう」
「そ、それは少々買い被りでは……」
乾いた笑いを浮かべるミレーナは、こほんと咳払いをして話を続ける。
「と、ともあれレビルという新たな竜騎士団長が、商人に扮した盗竜団と通じて行ったそうです。うちの竜師が竜を取り返したのですが、その中に各国の竜がいました。レイフのも含めて……彼の見る目は確かです。ここにいる全ての竜の出産国を瞬時に当ててしまいましたよ」
「確かに、たった数日であれだけの竜を従える様は尋常ではありません。先刻も暗がりの中、まっすぐレイフの竜を見つけていましたし、本来の飼い主よりも懐かせていた程です。それくらい出来ても不思議ではありますまい」
「えぇ! そうなのですよ! 彼の底は未だしれません……神竜の使いとも言われております!」
「そ、そこまででしたか……」
「えぇ、間違いはありません」
困惑気味のレイフ外交官に、ミレーナは真面目な顔で断言した。
作業をしていたドルトはそんな二人の会話を聞きながら、こうして誤解が生まれるのだなと思った。
「ありがとうございました! これはほんの気持ちです。レイフ鉱山から採れた純度の高い宝石を幾つか見繕って持ってきました。是非受け取ってください」
ミレーナはレイフ外交官から宝石を受け取ると、それと手に取って眺める。
きらりと透き通った宝石を傾けると、無数にカットされたその面にミレーナの姿を映して見せた。
「まぁ綺麗……ありがとうございます」
「こちらこそ。それでは失礼いたします」
「気を付けて」
ドルトとミレーナは、レイフの者たちと竜に別れを告げ、見送るのだった。
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レイフの者たちに竜を引き渡した後も、他の国の者たちが順繰りにアルトレオを訪れた。
口々に礼を言い、一緒に持ってきたお礼でアルトレオは少し潤った。
「ふぅ、これで大体返し終わったかな」
がらんとした竜舎を見やり、ドルトが息を吐く。
その隣でケイトが言った。
「それでも三頭残っちゃったねー」
「うむ、こいつらは大陸南部の国の竜だな。ミレーナ様が書状を送ったが、わからないと言っていたらしい。ガルンモッサからもかなり離れているし、流れ着いた野良竜かもしれないな」
「だったらウチで飼っちゃおー! そうしよー!」
「クルルーゥ!」
ケイトに同意するように竜が鳴く。
既に竜たちはドルトらに十分すぎるほど懐いているようだった。
「流石に無断ってのはまずいだろ……竜の世話には金がかかるしな。ミレーナ様に許可を取ってからにしようか」
「だねー」
「クルゥ!」
竜はもう一度、嬉しそうに鳴いた。
ミレーナの答えは問題ありませんとの事で、結局その三頭はアルトレオで飼われる事になったのである。
「改めて、よろしくなお前ら」
「クルルーゥ!」
竜舎に新たに加わった三頭の竜は、嬉しそうに鳴くのだった。