新団長、ため息を吐く
「ぴぃーっ!」
「わっぷ!レノ!」
ドルトが盗賊を縛り上げていると、その後頭部にレノが飛びついてきた。
後ろには、セーラが続く。
「おっさん! 大丈夫だった!?」
「おう、セーラか」
ドルトが返事をすると、竜騎士団の面々も洞窟内に入ってくる。
既に殆どの者は縛られていた。
「ぴぃ! ぴぃ!」
「おお、よくみんなを連れて来てくれたな。偉いぞレノ」
「ぴぃーっ!」
元気よく鳴き声をあげるレノを、ドルトはよしよしと撫でた。
セーラがドルトの元に駆けてくると、縛られた盗賊たちを一瞥した。
「一足遅かったわね。まさか一人でこれだけ制圧しちゃうとはね」
「他の竜たちのお陰さ。こいつらみんなで暴れ回ったんだ」
「そ、それは御愁傷様……」
セーラは心底哀れむように、ボロボロの盗賊たちを見た。
「……まぁ間に合わなかったのは残念ね。これでもそれなりに急いで来たんだから」
口ごもるセーラの陰から、ひょいとローラが顔を出す。
「本当に急いでましたよ。ドルトさん。ニヤニヤ」
「こ、こらローラ! ニヤニヤしないの!」
「ふーん、心配だったんでしょう? よかったじゃない」
「ローーーラっ!」
セーラは真っ赤な顔で、ローラに掴みかかった。
ドルトはその、仲良さげな様子を見て苦笑する。
「うん、ありがとな。セーラ。それにローラも」
「べ、別におっさんの為じゃないし。勘違いしないでよねっ」
「はいはい。わかってるわかってる」
ドルトは鼻息を荒くするセーラをあしらう様に、頭に手を載せた。
むすっとしつつも、セーラは満更ではない様子だった。
「ぴぃ! ぴぃーっ!」
「あいて! こ、こらレノ! 頭をかじるな! 竜の実ならやるからよ」
そんなドルトの頭で暴れるレノ。
ドルトはレノを頭から引き剥がすように抱き上げると、腰袋から竜の実を取り出し、食べさせる。
「ぴぃー♪」
するとレノはあっさり機嫌を直した。
満足したレノを抱えたまま、セーラに言う。
「んじゃ、俺は他の竜を連れて帰るから、盗賊たちは任せた」
「オッケー、おっさんも頑張ってね」
セーラはそう言うと、盗賊たちを引き連れて荷車に乗せた。
それを竜騎士団で護衛しながら、城へと戻っていく。
「じゃ、俺らも帰るか」
「ぴぅ!」
ドルトもレノを十分にねぎらったあと、同様に盗まれた竜を引き連れアルトレオへ戻るのだった。
■■■
道中、ファームに立ち寄って竜を返したドルトはそれはもう盛大に感謝をされた。
「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません」
「えぇはい、まぁ当然のことをしたまでですよ」
「ぴぃ!」
アルトレオでは竜がとても大切にされているのを知り、ドルトも嬉しく思った。
ミレーナの指導が行き届いているのだろうと。
■■■
そして残りの竜はアルトレオ城へと連れ帰った。
「おやまぁ、これは随分ぞろぞろと……」
大量の竜を連れてきたドルトを、ケイトは呆れた様子で出迎える。
「全く、ひどいもんだ。レイフにカルビン、ナザリアからも盗んでいたようだな」
「えー? なんでそんなのわかるわけ?」
「わかるだろ? よく見てみろよ」
「ふむぅ?」
ケイト分厚い眼鏡を構え直してじっくりと竜を見る。
しばらくして、首を傾げた。そして尋ねる。
「……ドルトくん、ちなみにこの竜は?」
「レイフだろ? もっと言うと北部近郊かな。はっきり特徴があるよな」
「ど、同意を求められても困っちゃう感じかなー……」
呆れ顔で目を逸らすケイトを見て、ドルトは疑問符を浮かべるのだった。
「そいでさ、どーするのこの竜たち」
「もちろん返す。ミレーナ様には連絡済みだ。それまでは俺たちで面倒を見よう」
「うひー。大変ですなぁ」
「まぁまぁ、他の国の竜をじっくり観察するチャンスだぜ? 細かい特徴の見方とか教えてやるよ」
「おおっ確かにー。いいっすなー」
ドルトとケイトはわいわい言いながら、竜を竜舎に迎え入れていくのだった。
■■■
ガルンモッサ城の一室にて、レビルは盗竜団を監視させていた部下の報告を受けていた。
「何? 奴らアルトレオに捕まっただと?」
「はっ! 私だけは何とか逃げられましたが、恐らく全員……盗んだ竜共々、アルトレオの竜騎士たちに連れられていくのを、この目で確認致しました」
「ちっ……使えんクズどもめ」
苦い顔をして、レビルは盗賊たちを罵る。
部下は頭を垂れたまま、報告を続ける。
「如何いたしましょう? あの者たちの口から我らとの関係が明るみになる、やも」
「ふん、そんなもの知らんふりしていれば良い。どうせ証拠はないのだ。どこから盗んだ竜か、わかるような鑑定士があれば話は別だがな! はっはっは!」
「……しかし、ヴォルフ殿よりアルトレオの竜師は非常に優秀だと聞き及んでおります。それが本当なら、何処かの竜かとわかるのやも……」
恐る恐るそう進言する部下に、レビルは一笑に付す。
「ありえんよ。大体竜など、どれも似たようなものではないか。父上はアルトレオの竜がどうこう言ってそこからよく買っておったが、高いだけで他の竜と大差あるまい。どうせミレーナ王女に入れあげていたんだろう。全く、いい年をして愚かな事だ」
レビルは盗んだ竜を安く買い、それをガルンモッサ竜騎士団に与えていた。
それにより竜の数は増え、しかも安く竜騎士団は強化されたように見えた。
だが良くなったのは見た目だけで、割りを食ったのは竜騎士団の者たちである。
各国から盗んできた竜は騎竜としてのまともな訓練も積んでおらず、ただ単に操るだけでも苦戦を強いられるような代物だった。
今までアルトレオの優秀な騎竜に乗っていた彼らでは、まともな訓練すらままならなかったのだ。
訓練となればすぐに竜の取り合いに発展するような状況で、いやがおうにも竜の質というものをわからされたのだ。
それを知る部下は、レビルに苦言を言う。
「さ、流石にアルトレオの竜は非常に優秀だと思いますが……」
「……何だと?」
「ハッ!」
レビルの顔が一瞬にして怒りに染まるのを見て、部下は頭を下げる。
下げつつも、言葉を捜し探し、言った。
「……我々も竜の差など、腕で覆せると豪語しておりましたが、実際問題としてアルトレオの竜は全く他の竜とは比べものになりませぬ。皆もそう申しておりますし、出来ればどうか次はちゃんとした竜を……」
「あぁ!?」
だが、レビルの怒りを露わにした言葉に、あっさりと引き下がった。
「し、失礼しましたっ!」
慌てて逃げるように去っていく部下を見送りながら、レビルはふんとつまらなそうに言った。
「全く……金の価値を知らぬゴミどもめ。本来ならば高価な竜に兵を乗せる事すら許される事ではないのだがな。やはりヴォルフ如きにまともな教育など望めんようだ。俺が徹底的に管理せねばなるまい」
レビルは優越感に浸った顔で、そうひとりごちる。
手にしたワイングラスにボトルを傾けると、それをくいと飲み干した。
じわりと舌の上に広がる渋みと酸味に、レビルは目元に皺を集めた。
そしてボトルに貼られたラベルを見て、ふむと頷く。
「ブ・ルコーニュ地方産の40年もの……よく熟成されたいい渋味だ。皇族である俺に相応しい」
特殊な製法で作られたこのワインは非常に高価で、竜一頭分ほどの価値がある。
皇族の中でも一握りの者しか口にできないような代物だった。
その色はルビーのような透き通る緋で、世界で最も美しいものの一つに数えられている。
――――別名「民の血」。
ルコーニュ地方の葡萄の中で、特に香りのよいものを厳選し、一粒一粒摘んでは発酵熟成させたものである。
非常に手間暇がかかり、これを作るだけでその精神的負荷から死人が出る、というのがこの名の由来だ。
民草の血と汗の結晶ともいえるこの酒を、レビルは好んで嗜んでいた。
これを飲むと、自分の権力を強く感じることが出来るからだ。
そして同時に思い出す。
あの時、下級貴族に負けた時の事を――――
「ヴォルフ……!」
苦虫を噛み潰したような顔で、レビルは呟く。
若き日のレビルは当時ヴォルフと竜騎士団長の座をかけて交竜戦にて競い合い、そして敗北を喫した。
勿論、腕の劣ることを知っていたレビルがまともに戦うはずはない。
竜に下剤を与えて弱らせたり、槍に亀裂を入れたりと、様々な小細工をしたものの……それでも敗北したのだ。
それだけならまだよかった。
あらゆる妨害工作をされてなお、ヴォルフはその行為を公にしなかったのだ。
おかげでレビルが責められることはなかったが、竜騎士団に居づらくなった彼は逃げるように団を離れた。
その時からずっと、レビルの心には棘が刺さったままであった。
身分に劣る者に力も、そして心さえも負けてしまった事が、レビルの心を更に歪ませた。
「……ふん、だが貴様の仕事など大したものではなかったな。所詮力だけの男か。団の管理が出来る程、頭は回らなかったらしい」
レビルがワイングラスを傾けると、美しい緋色の液体がとぷんと揺れる。
そして一息。果実と酒気の混じった吐息がワイングラスを白く曇らせた。
「……ふぅ、全く竜騎士団長の仕事も楽ではないな」
そう言って、レビルは階下の兵舎を見下ろすのだった