おっさん、暴れる
洞窟の奥には、十頭程の竜が囚われていた。
「アルトレオだけの竜じゃない……いろんな国から盗んでいやがるのか……」
竜の大きさ、爪の形、鱗の色、つや、形状……その他諸々の外見的特徴は、生まれ育った地域によってかなり異なる。
例えばアルトレオの竜は騎竜として最優とされるが、同じ卵から孵ったものでも気候や風土による影響を受けてしまうのだ。
無論、竜の形状がそこまで大きく変わるはずもなく、非常に細かな差異である。
並べてじっくり見なければ早々わかるものでもないが、ドルトには遠目からチラッと見ただけでも分かるようなものだった。
「どうやら新団長は随分と無茶をするようだ。余程の馬鹿か大物か……ある意味ガルンモッサらしいといえば、らしいけどな」
苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、ドルトは竜の繋がれている柵へと近づく。
商人たちは小屋の中で話をしているようだ。
ドルトはその隙を見計らい、竜の元へと駆け寄った。
「大丈夫か?」
ドルトは駆け寄った竜に声をかける。
竜の首には重々しい鉄の枷がはめられており、その動きを封じられていた。
激しく暴れたのだろう。身体には細かな傷が無数についている。
そして、枷にはカギ穴が開いており、これをどうにかせねば解放は出来なさそうだった。
竜についた痛々しい傷をドルトは優しく撫でる。
「……酷いもんだ。痛かっただろう。すぐ解放してやるからな」
「グルルル……」
弱々しい声で鳴く竜の口元に、ドルトは人差し指を押し当てた。
――――静かにしてくれ、と。
周りの竜もそれを理解したのか、口を閉ざす。
賢い竜たちだとドルトは感心した。
「さて、そうは言ったものの……どうしてくれようか」
ドルトは顎に手を当て、思案にふける。
恐らく鍵は小屋にあるのだろうが、中には人がいる。
かといってグズグズしていれば小屋での話が終わって、竜が連れ去られるかもしれない。
「……ガァウ」
思考を巡らせるドルトのすぐ後ろで、竜が鳴いた。
ドルトが乗ってきた竜だった。
竜はドルトを乗せるべくしゃがみ込む。
その顔は、自分に任せろとでも言わんばかりだった
「お前……手伝ってくれるのか?」
「ガウッ!」
勢いよく返事する竜を見て、ドルトは頷いた。
「……そうだよな。俺たちは取り返しに来たんだ。コソコソやる必要なんかないよな」
ドルトはそう言って竜に跨ると、手綱を勢いよく打ち付けた。
「よぉし! いっちょやったろうぜ!」
「ガアアアアアアアアゥゥゥオオオオオ!!」
大きく首もたげ、咆哮を上げる竜。
洞窟に響く咆哮はビリビリと空気を震わせた。
それに応えるように他の竜たちも、吠えた。
「グオオオオオオオオオオ!!」
「ガオオオオオオウウウウ!!」
まるで地響きでも鳴り響くような連なる咆哮にて、小屋の一部が破損し、落ちた。
慌てて中の男たちが飛び出してくる。
「い、一体何事だ!?」
「わかりません!竜どもめ、何かどうなって……」
男たちが捕らえはずの竜たちに視線を向けた瞬間、ガシャン! と金属音が鳴り響いた。
続いてバラバラと音を立てて岩床に落ちる、鉄の鎖だったものの破片。
ドルトの竜がその爪で、真っ二つに断ち切ったのだ。
訓練された竜は精密な攻撃を行うことも可能。鋭い爪で鉄の鎖を断ち切るなど、造作もないことだった。――――少なくとも、ドルトにとっては。
呆然とする男たちに気づいたドルトは、竜に乗ったまま彼らの方を向き直る。
「いよぉ、盗っ人ども」
ドルトは男たちに冷たく言い放つ。
全く敵意を隠さぬ、堂々としたその表情に男たちは完全に飲まれていた。
そんな男たちを見下ろしたまま、ドルトは続ける。
「テメェらの悪行もここまでだ。今まで盗んできた竜は一匹残らず返してもらうぜ」
その言葉で男たちはハッとなる。
気づいたのだ。全てを知られてしまったという事を。
「てめぇ! 竜を取り返しに来やがったのか!?」
「あいつは確かアルトレオの竜師だ! 見た事がある!」
「くっ! 生かして帰すな! もし知られたら俺たちは全員牢獄行きだぞ!」
慌てて武器を取り出し、ドルトを取り囲む男たち。
腰に下げていた剣や短剣、手斧を構えてじりじりとその包囲を縮めていく。
だがドルトはそれを意に介する様子もなく、悠々と歩みを進めていく。
まるで挑発するようなその態度に、臆していた男の一人が、ぎりりと歯を軋ませた。
いつの間にか、男の手は冷たい汗で濡れていた。
男の頭の中を恐怖が塗り潰していた。
「く、くそォーーーっ!!」
そんな気持ちを振り払うかのように男は飛びかかっていく。
だが竜が尾を一振りすると、男を軽く吹き飛ばしてしまった。
土煙を上げて転がる男は、泡を吹き白目を剥いていた。
ドルトはそんな男を一瞥すらせずに言った。
「無駄だ。訓練を受けてない竜ならともかく、こいつは俺が丹精込めて育てた騎竜。お前らが何十人まとめてかかって来ても、勝てやしねぇよ」
「く……」
ピクピクと痙攣する男を見て恐れを抱いたのか、他の者たちは一歩、二歩と後ずさる。
男たちは完全に、ドルトに恐れをなしていた。
その後ろで、商人風の男が鞭をピシャリと打ち付けた。
「あなたたち、何をしているのですか! 相手はたったの一人でしょう!? さっさとやってしまいなさい!」
「う……で、ですが……」
「言い訳は結構です! このままでは捕まってしまいますよ! それでもいいのですか?」
「く……! そ、そうだよな……」
「やるしかねぇ……ッ!」
心が折れかけていた男たちだったが、なんとか踏みとどまった。
武器を構え直して、ドルトの方を向き直る。
だが、しかし――――
「ガゥゥゥ……!」
「グルルルル……!」
竜の声は、すでに一つではなくなっていた。
攫ってきた竜たちがドルトに付き従うように並び、男たちを睨みつけては唸り声を上げていた。
並び立つ竜の群れは、ようやく前を向いた男たちの戦意を折るのには十分だった。
ドルトは右手を軽く振るい、言った。
「――――やっちまえ」
「ゴガアアアアアアアアア!!」
その言葉を皮切りに、竜たちは一斉に男たちに襲いかかる。
土煙が舞い、男たちの絶叫と竜の咆哮が洞窟内を飛び交う。
ある者は何度も蹴られ、ある者は轢きずられ、またある者は吹き飛ばされ……暴走する竜により、辺りは瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ……」
先刻までの威勢は何処へやら、商人風の男はすっかり腰を抜かしていた。
鞭を投げ捨て、地面を這って逃げようとする男の前に、ドルトは立ち塞がる。
「さて、あんたが親玉でいいのか?」
「ちがっ! 違います! 私はただ、命じられただけで……」
「誰にだ?」
「そ、それは流石に……」
「……ほう」
そう言ってドルトは、さっと右手を上げる。
それに従うように竜がグルルと鳴いて男の襟首を咥えた。
生暖かい鼻息を浴びて、男はひぎぃと情けない声を上げた。
「い、言います! 言いますとも! 私に竜を攫ってくるよう命じたのはガルンモッサの新団長、レビル=ナル=ガルンモッサ様ですよおぉぉぉぉ!!」
その言葉にドルトは目を丸くする。
「レビル……ってーと、王様の息子さんか」
「はいっ! そうです! そうなんです! ですから命だけは……」
涙ながらにそう訴える男。
ドルトはレビルと少しだけあった事がある。
一言、二言話しただけだが、自らの保身しか考えず、自分がいい思いをする為ならどんな手段を使う男、という印象だった。
当時、竜騎士団長の座を狙っていたが、あっさりヴォルフに持っていかれたのを覚えていた。
「なるほど、やはり団長は外されたんだな……もういい、よくわかったよ」
ドルトが目配せすると、竜は男を放した。
男は泡を吹いており、すでに気絶していた。
「おーい、お前らももういいぞー!」
「グルルル……」
ドルトの号令で、暴れていた竜たちの動きが止まる。
土煙は晴れ、地鳴りは止み、倒れ臥す男たちの呻き声が聞こえてくる。
辺りは酷い有様だった。まともに動ける者は誰一人としていなかった。
「よしよし、よくやったぞ。……ちょっとやりすぎだけどな」
「ガァウ」
竜たちは少しだけ反省の色を見せつつも、どこか誇らしげであった。
そんな竜の首を、ドルトはよくやったと声をかけながら撫でるのだった。