おっさん、帰還する……?
夜は全員、同じ部屋に寝た。
流石に遠慮したドルトだったが、他に部屋はないし、客人を納屋で寝かせる訳にもいかぬと、半ば無理やり一緒に寝る事になったのだ。
一間に家族9人+ドルトという大所帯。
「……寝れん」
狭い布団に押し込められ、子供にまとわりつかれ、ドルトはすっかり目が冴えていた。
子供を潰してしまわぬようにと考えれば身動きも取れず、逆に子供の方は寝ていても寝ていなくても遠慮なく動き回る。
うとうととしかけたところに子供の平手が、拳が、蹴りが、体当たりが、繰り出される。
神経が太い方とはいえど、こんな状況に慣れていないドルトが寝られるはずもなかった。
ごろん、と転がってきた子供の手が、またドルトの頬を叩いた。
「いでっ!」
小声で痛がるドルトの頭に、そのままおぶさってくる。
苦しさにその身体を押しのけるが、子供はドルトの頭を掴んで離さない。
このままでは眠れないと思ったドルトは、布団を抜け出し板間に転がった。
やや硬いが、竜舎で寝ることを思えば大したことはなかった。
ひんやりとした心地よさに、ドルトはうつらうつらとし始める。
「んー……んぅ……」
そんなドルトの耳元で囁く声。
またセーラの弟たちがのしかかってくるのかと身構え、ドルトが目を開けた時である。
あられもない姿で目の前にいたのは、セーラだった。
「すぅ……むにゃ……」
ゴロン、と寝返りを打ったセーラは、そのままドルトに抱きつく形になった。
「お、おいセーラ。ちょ、離れろって」
「んー……なぁによぉー……ぐぅ……」
慌てて引き剥がそうとするドルトだが、寝ぼけているのか離れる様子はない。
仕方なくセーラに背を向け、丸くなるドルト。
早く離れろと祈るドルトだが、セーラはあろう事かドルトの背中に抱きついてきた。
「んにゅう……どぉるとぉ……」
甘い声でドルトの名を呼びながら、セーラはさらに近づく。
背中に当たる柔らかい膨らみが、強く押し付けられていく。
首筋に当たる生暖かい呼吸の感触。
いい匂いがふわりと、ドルトの鼻腔をくすぐった。
「だぁもう! くそっ!」
ドルトは堪えきれず立ち上がる。
そして反対側の壁に行き、再び眠りにつくのだった。
――――朝。
痛む身体を伸ばしながら、ドルトは目覚めた。
見ればセーラ家の者は全員、すでに起きていた。
「おはよーおっさん♪」
台所から声が聞こえて来る。
エプロン姿のセーラが、鍋をおたまでかき混ぜていた。
ニコニコと上機嫌で笑いながら、ドルトに声をかけてきた。
「んふふ、おっさんてば、結構寝相、悪いのねぇ」
「はぁ?」
「だってほら、最初に寝てた位置と随分違うじゃない?」
確かに、ドルトは自分の布団から大分遠くに来ていた。
だがそれはセーラから離れる為だったのだが……そらを言うほどドルトは野暮ではなかった。
「いいから! もう朝ごはんついじゃうわよ。着替えて顔洗って来なさいな」
「……はいはい」
そうため息を吐くと、ドルトは顔を洗うべく井戸へと赴くのだった。
戻ったドルトを迎えたのは何やら香ばしい匂い。
それにつられるように居間へと入ると、テーブルには焼き魚とスープ、そして白米が並べられていた。
「おお、美味そうだな」
「ま、大したことないわよ」
つまらなそうに言うセーラの横で、母親がぼそりと呟いた。
「なーに言っとんのよ。いつもは遅う起きて作りゃせんのに、今日は早うから起きて作っとったべさ」
「んなっ!? かっちゃ! 何言っとるん!?」
何だか盛り上がっている二人を見ながら、ドルトは白米を口に運んだ。
ほんわりとした柔らかい感触と甘みが口の中に広がった。
「あ、美味い」
思わずそんな言葉がドルトの口から漏れた。
その向かいで、同じく朝食を食べていた父おやがニヤリと笑う。
「どうだ? 美味いっぺ?」
「えぇ、とても」
「だろがぁ? 丹精込めて作った米だからなぁ! はっはっは」
上機嫌で笑う父親の元へ、セーラがだだだと駆けてきた。
「そーだ、思い出した! とっちゃ、苗はちゃんと用意してくれとる?」
「おう! ばっちりだぞ!」
「よかったー。じゃあ食べ終わったらそろそろ帰るから、用意しといてくれっど嬉しいなぁ」
「おう、じゃあドルトくん。終わったら行くべさ」
「はい」
さっさと食事をかき込んで、ドルトは父親と田んぼに出た。
納屋を開けると、中には網籠に入った苗が見えた。
苗の根には泥のような土がついていた
「さてドルトくん。外へ出して竜に詰め込むべ。ほれ、反対側を持って」
「わかりました。よいせっと」
網を二人して持ち上げると、溜まっていた水がびちゃびちゃと地面に落ちる。
二人はしたたり落ちる水で道を作りながら、外へと運んだ。
それを何往復かすると、水の道はさらに濃く、広くなっていた。
「ふぅ、なかなかいい力をしちょるべのう」
「いえいえ、お父さんほどでは」
「わしゃ、これで食ってるんだで、素人には負けてらんねぇよ」
父親はそう言って腕まくりをして、力こぶを見せてくる。
ドルトほどではないが、それでも年を考えれば十分に立派なものだった。
ともあれ、苗を運び終えたあたりで準備を終えたセーラが家から出てきた。
「とっちゃ、ありがとー! じゃあおっさん、そろそろ帰りましょうか」
「そうだな。……お世話になりました」
「おう、おう! いつでもきなせぇ!」
「ほうよ、セーラもたまには帰ってきんさいよ?」
「もー! しょっちゅう帰ってきてるでしょ! じゃーね!」
セーラは両親に手を振り、竜の元へと向かう。
竜の両脇に苗を括りつけ、出立した。
後ろではセーラの両親、弟妹がずっと手を振り見送っていた。
どこか気恥ずかしそうなセーラに、ドルトは声をかける。
「いい家族だな」
「……まぁね。時々うっとおしいけど」
困ったように、でも少し嬉しそうにセーラは言った。
元来た道を帰りゆく二人。
田舎の田園風景は次第に草むらに、そして荒れ地に変わっていく。
ふと、ドルトの目に映ったのは竜を育てるファームだ。
竜を止め、ファームに注目するドルトに気づいたセーラも止まる。
「どうかしたの? おっさん」
「あのファーム、様子がおかしくないか?」
「え? そうかな……?」
「うん、様子がおかしい。行くぞセーラ」
「あ、ちょ! 待ってってば!」
ドルトはセーラにかまわず、竜を走らせファームへと入る。
放牧場には無数の竜の足跡があり、柵は破壊されていた。
嫌な予感を感じながらも竜舎へと入ったドルトが見たのは――――破壊され荒らされた跡であった。