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おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
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おっさん、酒を飲み交わす

「ねーおっちゃー、おうまさんになってー」

「はいよ」

「おんぶー! おっちゃー」

「……あいよ」

「おっちゃー! おっちゃー!」

「……」

「あーおっちゃーしんだー」


 うなだれるドルトを見て、子供たちは楽しげに笑う。

 子供たち七人を同時に相手して、体力よりも精神的に疲れたドルトはぐったりと倒れ込んだ

 土間の奥からセーラが顔を覗かせる。


「いやぁごめんねぇ。ウチのちびたちを押し付けちゃってさ」

「そう思うなら手伝ってくれ……」

「悪いけど今はこっちが忙しくてねー」


 セーラは首を切ったニワトリを逆さに吊るし、血を抜いていた。

 困ったように笑うセーラの頬には赤い血がついている。

 手が離せないのは言うまでもなく明らかだった。

 それはそれとして笑顔なのが逆に怖かった。


「まぁ終わったらそっち行くからさ」

「あー……やっぱいいや」

「そう? 変なの」


 セーラの手、ニワトリの首からはダラダラと血が滴り落ちている。

 首を傾げながら、セーラはひょいと引っ込んだ。


「ねー! おそとにりゅうがいるよー!」

「ほんとだー!」「わーい!」


 ドルトが目を離した隙に、いつの間にか子供が三人外へ出ていた。

 竜の方へ駆けて行くのが見つけ、慌てて立ち上がる。


「あっこら待て!」


 ドルトは子供たちを追って外に出る。

 背中に残りの子供を乗せたまま、慌てて外へ。

 子供たちが竜を刺激したら大惨事だ。


「わーすげー!」

「でっかいねぇー!」

「おおきなおくちー!」


 口々にそんな事を言いながら、子供たちは竜を見上げていた。

 はしゃいではいるが十分に離れている子供たちを見てドルトは安堵の息を吐いた。

 大人しいのを連れてきたとはいえ竜は竜。人が不用意に触れば暴れる可能性もある。

 農家であるセーラ家の子供たちは、巨大生物の危険性についてちゃんと理解しているようだった。

 とはいえキラキラとした視線を浴びて、竜は困った様子でドルトを見て、鳴いた。


「ガゥ……」

「ぷっ、お前らも子供相手には形無しだな」

「ガルルル……」


 その様子を見て、ドルトは思わず吹き出すのだった。


「ねーねーおっちゃー! ぼくりゅうにのりたいー!」

「のりたいのりたーい!」


 今度はドルトに群がる子供たち。

 全員で竜に乗せろと声を上げる。


「だめだって。竜は怖いし危ないんだぞ」

「へーきだもん!」「こわくないもん!」

「だめなものはだめだ! おねーちゃんに怒られるぞー」

「ひっ……」


 セーラの名を出すや否や、子供たちの様子が変わった。

 さっきまでやたらと騒がしかったのが、別人かのように大人しくなった。

 互いに顔を見合わせ、項垂れる。


「う……わかった……やめとく……」

「なんだよ、やけに素直だな」

「おねーちゃんこわいもん」

「ねー」

「まぁ、なぁ……」


 一瞬で大人しくなった子供たちを見て、ドルトは農作業してる時のセーラを思い出していた。

 確かにあれは、ドルトにとっても恐ろしかった。


「……竜より恐いんだな」


 ドルトの呟きに、子供たちはこくんと頷いた。


「あんだたちーっ!」


 家の中から聞こえる声に、ドルトたちはびくっと震える。

 扉から顔を覗かせるのはセーラだった。

 血のついたエプロンと包丁を持ち、頬には調理の際についたであろう血が飛び散っていた。

 その姿は確かに恐ろしかった。


「ご飯できたべさ! 早う来んちゃい!」

「はいっ!」


 元気よく返事する子供たちを見て、セーラは目を丸くした。

 そしてすぐに訝しむ。


「……妙に素直ね。おっさん、何か吹き込んだんじゃないでしょうね?」

「まさかまさか」

「そう……ならいいけど。とにかくご飯よ、いらっしゃいな」

「了解。さ、行くぞお前らも」

「はーい!」


 ドルトと子供たちは家に上がり、食器の用意などをした。

 ニワトリは一口大に切り分けられ、みんなで美味しく頂いた。

 水っぽいスープには、ほんの少しの血の味が混じっているように思えた。


 食事が終わった後、ドルトは湯浴みをして一息ついていた。

 木製の桶に水を張り、沸かすという簡素なものだが、汗を落とせるだけでも有り難かった。

 セーラは子供たちと風呂に入っており、きゃっきゃと騒がしい声が居間まで聞こえてきていた。

 ドルトは目の前では、セーラの父親が器に酒を注いでいた。

 陶器で出来た器は歪だが、どこか味わいを感じさせていた。


「どうかねドルトくん。ほれ、一杯」

「あ、えーと……」

「遠慮はいらんで、ほれぃ」

「……では、いただきます」


 ドルトは差し出された器を取り、それを一口に飲み干した。

 喉が焼けるように熱くなり、咳き込みそうになるのを堪えて飲み込んだ。

 辛味と旨味、ほんの少しの苦味が感じられた。


「……ッ。ふぅ、美味しいです。これはご自分で作られたのですか?」

「おお、わがるかい? ウチの米で作った酒だべさ。うめぇだろ?」

「はい。こんな酒は初めて飲みました」

「かっかっか、これでもがってぐれぇの安酒だがよ。悪かぁないっぺ? ささ、もう一杯」

「ありがとうございます」


 再度、注がれる酒を飲むドルトを見て、父親は上機嫌に笑う。

 ぐいと一飲みして、熱い息を吐いた。

 酔いが回り始めたのか、赤は少し赤くなっていた。


「ふぃ……なぁドルトくん。セーラはどうだべさ?」

「えぇ、いい子ですよ。真面目だし、元気だし、よくやってると思います」


 ドルトの言葉は本心からのものだった。

 それは父親にも十分わかるものだった。

 父親は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「そうか……そうかそうか、へへっ。何だ嬉しくなっちまうだなぁ」


 そう言って父親はまた、器に酒をどぼどぼと注いだ。

 並々溢れたそれを、一気に飲み干した。

 顔は大分赤くなっていた。


「なぁドルトくんよ。セーラはよう、ちょいとお馬鹿なところもあるけんど、いい娘だべ。よおく見ちゃってくんろ」


 父親はふと真剣な顔に戻り、真っ直ぐにドルトを見つめる。

 ドルトもそれに応えるよう、背筋を伸ばした。


「はい、それはもう」

「そうか! うん、そうだべな! 飲むべさ! 飲もう! なぁドルトくん!」


 ドルトの返事に気を良くしたのか、父親は器にまた酒を注いだ。

 酒瓶は殆ど空になっていた。


「あー! とっちゃんたらまたそんなに酒飲んで! 身体壊すっぺよ!」


 がらりと勢いよく扉が開き、湯上りのセーラが姿を見せる。

 ダボついた上着を着ており、その下からは真っ直ぐ素足が伸びていた。

 濡れた布の下、ほの赤い髪は水に濡れ艶っぽく反射してキラキラ光っていた。


「いいんだいいんだ! 今日はいい日なんだ!」

「なんもよくないさ! かっちゃんも止めんといかんでしょ!」

「もー、えぇからセーラ。服着替えておいでんせぇ。お客さんの前でみっともないべさ」

「っっ!?」


 セーラの視線がドルトに移動してすぐ、思い出したように顔を赤くした。

 そしてドタドタと慌ただしく、居間から逃げるように去っていった。



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