おっさん、おもちゃにされる
セーラの父親が家の扉を開く。
建てつけが悪いのか、扉を引くとガタガタ上下に揺れた。
「なぁ、竜はどこに繋いでおけばいい?」
「牛小屋に繋いでおきましょう。今はいないから。……暴れないわよね」
「何も起こらなきゃな」
ドルトはそう言って、竜二頭は牛小屋に繋いで家の中へと入る。
木造の廊下を奥へ進むと、板間の真ん中に丸いテーブルが置かれていた。
「さあどうぞ、ドルトさん。座って座って」
「ど、ども……」
父親は椅子を引くと、笑顔でドルトに言った。
ドルトはやや遠慮がちに座り、セーラもその隣に座った。
ニコニコする両親を前に、ドルトはセーラに耳打ちをする。
(……おい、これは一体どういう状況だよ)
(はぁぁ……お父さんもお母さんも人の話を聞かないし、すぐ突っ走るのよ。なんか勘違いしてるみたいね。まぁ安心して、誤解はすぐ解くからさ)
セーラはため息を吐くと、両親を真っ直ぐに見据えた。
「あのね二人とも、何か勘違いしてるようだども」
「あーーーー! ねっちゃだー!」
廊下から大きな声が響く。
子供がドタドタと音を立てながら、集まってくる。
「ねっちゃだー!」」
「おとこつれてるぅー!」
「カレシだカレシだ!」
「わーーーーーい!」
テーブルの両側から、セーラを押しのけて子供たちはドルトに群がる。
二歳から七歳くらいであろうか。
小さい子供を肩車している子もいた。
「おっさんだー!」
「おっさんなのー?」
「どこのひとー?」
「むきむきだー! きもーい! あはははっ!」
子供たちはドルトの身体にしごみついたりよじ登ったりしながら、きゃっきゃと笑っていた。
ドルトは助けを求めるようにセーラは視線を送るが、こちらも同様だった。
「ねっちゃー、おかえりー」
「おみやげはー」
「ねーねー、外にいた竜は何ー?」
固まるセーラを、子供たちはぐいぐいと両側から引っ張っていた。
綺麗に整えた髪をもみくちゃにされていた。
ぶちん、と何かが切れた音がした。
「ああああ! もう!」
勢いよく立ち上がり、声を荒げるセーラ。
からんからからとセーラがいつも頭につけていたカチューシャが地面に転がった。
止めていた前髪がぱさりと流れ落ちた。
髪に隠れたセーラの目は、怒りに燃えていた。
「静かにしんちゃいっ!」
その迫力に、全員が静まり返る。
じっと全員を見渡した後、セーラは続ける。
「あんね、私は苗を貰いに来ただけっぺさ。前に帰った時ゆーたっちょ? 今度苗を取りに行ぐからって」
「おお、そういえばそうちゃったかね?」
「そーよ。もう、とっちゃもかっちゃも早とちりばーっかりしてさ」
腕組みをして、じろりと周りを睨みつけるセーラ。
両親は全く動じてない様子だった。
「はっはっは、わしはそんな事だろうと思うちょったがね」
「嘘ばっかいうでねーさ。一番盛り上がっちたでしょ」
「はっはっは」
子供たちの反応も淡泊である。
「なーんだぁカレシじゃないんかー」
「つまんね」
「かっちゃ、おなかすいだべさ。ごはんー」
子供たちの興味は食事に移ったようで、つまらなそうな顔で散っていく。
「そうだねぇ、じゃあご飯作るから、大人しくしときんさいよ」
「はーい」
母親はエプロンを付けながら、ドルトの方を振り返った。
「おお、そういえばドルトさんも食べてぐっしょ?」
「ええと……」
ドルトは遠慮がちにセーラに視線をやる。
セーラは眉を吊り上げたまま、頷いた。
「遠慮せず食べていきなさいよ。言っとくけどこの村に食堂やホテルなんてなんてないからね」
「なるほど。そういう事でしたら、ぜひ」
「ようし! ほんならご馳走を作らんとねぇ」
「おっしゃ! わしはニワトリを捌いて来るっぺか。セーラ、手伝いや」
「はーい! ……んじゃおっさんは適当に座ってて」
「お、おう……」
セーラ家の勢いに、ドルトはただただ圧倒されていた。
そんなドルトの周りには、気づけば小さな子供たちが群がっていた。
袖を引きながら、真ん中くらいの子がにぱっと笑った。
「ねーねーおっちゃー。あそんでー」
「おっちゃじゃねぇよ。おにいさん。言ってみ?」
「おっちゃー!」
ドルトの言葉など無視して、子供はドルトに抱きついた。
それを皮切りに、他の子たちもドルトにまとわりついていく。
「あーそーんーでー! おっちゃー! ねーはやくぅー!」
「たってー! ねーたってよー! ねー! おっちゃー!」
両側からぐいぐいと引っ張られながら、ドルトは言った。
「オイコラちびっこども。お兄さんだっつってんだろ」
「おっちゃーーー!」
「……」
情け容赦のないおっちゃ呼ばわりに、ドルトはそれ以上返す言葉をもたなかった。
やはりセーラの兄弟だなと思った。
諦めがちにため息を吐いて、ドルトは子供たちのなすがままになる。
「わーーーい!」
子供の一人がドルトの腕にぶら下がった。
そしてぶらんぶらんと前後に身体を揺らす。
「たのしー!」
「いいないいなー!」
「ぼくもやるー。おっちゃー、てーだしてー」
「……ほらよ」
渋々、言われるがままに腕を差し出すドルト。
その腕に子供たちがぶら下がった。
三人がぶらんぶらんと前後に身体を揺らす。
「だぁもうあぶねぇぞ! 暴れるなっての!」
「わーい、たーのしー!」
「順番な! あと片腕には二人までだからな!」
「わーーーっ!」
完全に遊具扱いされ声を上げるドルトだが、子供たちはひるむ様子もない。
とはいえ振り落とすわけにもいかずドルトが困っていると、台所からエプロン姿に着替えたセーラがひょっこり顔を出して言った。
「あらあら仲良くなっちゃって、まぁ」
「……助けてくれ。セーラ」
「ごめん無理、今からニワトリ〆るんで。ちびたちの相手よろしくー」
それだけ言い残してセーラは台所からに戻っていった。
子供たちに囲まれながら、ドルトはもう一度ため息を吐くのだった。