おっさん、田舎娘の実家に行く
「いやぁはっはっは、実家に来いっていうから何の話かと思ったじゃないか!」
「笑わないでよっ! おっさんのせいであの店に行けなくなっちゃったじゃない!」
「すまんすまん、お前の様子があんまりおかしいからさ。身構えちまったよ」
「ったくぅ……」
馬鹿笑いするドルトと不服そうなセーラ。
「米の苗を取りに行くだけなら、最初からそう言えっての」
「実家に行くのは事実でしょ。おっさんは重い荷物を運ぶから竜を使う係だからね。勘違いしないでよね」
「はいはい、それで何頭連れて行けばいいんですかね?」
「んー……そうね、苗の数はあの面積だと千本あればいいと思うわ。荷車一台分くらいだから、私とおっさん一頭ずつで十分だと思う。あと往復でニ、三日かかるから、ケイトに言っておきなさいよ」
「わかった。では竜を取ってくるから待ってろよ」
「急いでね」
ドルトはセーラに別れを告げ、竜舎へと足を向ける。
そこではケイトが作業に精を出していた。
「おードルトくん。ちーっす」
「うっす。ちょっと竜を借りるぜ」
「別にいいよー。どこか行くのかね?」
「セーラの実家だ。ちなみに泊りになるからニ、三日戻らない」
「ぶっっっっ!!」
ドルトの言葉に吹き出すケイト。
分厚い瓶底眼鏡が吐き出す息で真っ白に曇った。
「どうかしたのか? ケイト」
「い、いえナンデモナイデス……」
固まるケイトを見て、ドルトは首を傾げた。
だがセーラを待たせていることを思い出し、すぐに駆けだす。
「変なケイトだな。まぁいいや、それじゃセーラ待たせてるから」
「お、おう……がんばれドルトくん……」
「?」
ともあれ気にする事もなく、ドルトは竜を引き連れてセーラの元へ戻るのだった。
「そういえばセーラの実家ってどこへあるんだ?」
「うちはアルトレオ領内では南の方よ。国境近くのド田舎ね」
「へぇ、うちの実家もド田舎なんだ。もしかしたら近いかもな」
「あははー近かったら遊びに行くわ」
「おう、来い来い」
他愛のない会話をしながら、二人は竜を走らせる。
何度か休憩を挟んだ辺りで、ようやく田畑が見えてきた。
「見えたわ、あそこが私の故郷、タカット村よ」
村には簡単な柵がしてある。
人は畑を耕し、道には牛馬がのしのしと歩いていた。
道端に落ちている糞からは、香ばしいニオイが漂っている。
竜に乗ったままだと危険なので、二人は竜から降りて歩く事にした。
それでも注目の的なのは変わらない。
通りすがった老人はずっと二人の背中を目で追っていたし、老人が引いていた牛は竜を見るやドバドバと糞を漏らして倒れた。
「うむぅ、竜に乗ってきたのは目立ちすぎだったか……?」
「ガルル……」
ドルトの引く竜は申し訳なさそうに唸った。
竜がちらりと遠くで倒れていた牛を見ると、脱糞しながら走り去っていった。
道程には茶色にまみれた液体が垂れ流されていた。
だがセーラはまったく気にしていない様子だ。
「いーのいーの、驚く方が悪い」
「ならいいけどなぁ」
「ガルゥ」
「それより私の家についたわよ」
そう言ってセーラは、山麓の大きな家を指差した。
遠く田畑には、幾つか人影が作業をしているように見えた。
セーラはそれを見ると、ドルトに手綱を渡し駆けていく。
「おーーーーーーい! とっちゃーん! かっちゃーん!」
「おやセーラったら、帰ってきたんだべなぇ」
「お? なんだいそっちの兄さんは。それに竜なんか連れてきでよぉ」
セーラの父親と母親は、ドルトを見上げる。
二人とも泥だらけで、首には手ぬぐいをかけていた。
父親の方は背は低いがガッチリと鍛え上げた身体をしていた。
母親も然り。どっしりした下半身で、腰が曲がっているにも関わらず安定感のある動きだった。
ドルトは二人に頭を下げて自己紹介をした。
「初めまして。ドルト=イェーガーです。セーラにはいつもお世話になっています」
「おやおや」「まぁまぁ」
両親はそう言って、顔を見合わせた。
そしてドルトとセーラを交互に見やる。
「あのセーラが男を連れてくるとはねぇ。まだまだ子供だと思ってたけど、大きくなるのは早いもんだべなぁ」
「ちっとばかし年が違いすぎるかもしれねぇが、なぁに俺と母ちゃんも同じくれぇの年の差だっぺさ」
「だああああっ! 何言ってんだ二人とも! こんのおっさんはなんでもねぇんだよ! ただの同僚!」
「おいおい照れんでねぇ照れんでねぇ」
「そうやさ。あんたがいっつも言っとる、ドルトさんたらこん人だべさ?」
「そ、そんだども……」
「だったらほで、そうなんでねぇか! もーこの子はよぉ」
親子で盛り上がるセーラを見て、ドルトは所在なく竜の首を撫でた。
竜は心地よさそうにガァと鳴いた。
「あらいけねぇ! わだしったらお茶も用意せんとお客さん立たせっぱなしで! ほらほらドルトさん。こっちにきてくんしゃいな」
「は、はぁ……」
言うが早いかセーラの母親は家に駆け込む。
父親もドルトの肩に腕を回し、家へと歩いて行く。
「さぁドルトさん。さぁさぁ」
「もー、とっちゃん恥ずかしってばよぉ!」
その後ろをセーラが手綱に引かれ竜たちが続くのだった。