おっさん、田んぼを作る
「どういうつもりだ! スヴェン!」
控え室に戻ったレビルは弟のスヴェンに激昂していた。
不機嫌そうに息を荒げるレビルを見て、スヴェンはため息を吐く。
「そう怒鳴らないで下さいよ兄上。お父上みたいな顔になっていますよ?」
「誰が父上のようなだっ!」
レビルは怒り心頭といった様子で、スヴェンを怒鳴りつけた。
その顔はまさに親子、瓜二つであった。
やれやれと肩をすくめるスヴェンが気にくわないのか、レビルは語気を荒げる。
「たかがアルトレオの王女如きになめられるなど、あってはならん事だ! 今頃は他国の者たちに何と言われているやら……」
「いやいや、あのままだと取り返しのつかない恥をさらしていましたよ。僕のフォローに感謝して欲しいくらいです」
「……チッ」
レビルは舌打ちをして、スヴェンに背を向けた。
それ以上文句を言わなかったのは、スヴェンの言葉が事実だと認めていたからだ。
「……まぁいい。アルトレオへ来たのはもののついでだ」
「竜の調達、でしたっけ」
「あぁ、ガルンモッサ竜騎士団はヴォルフのせいでずいぶんと舐められてしまった。ここらでせめて数を増やし、威光を広めようと思ってな。徐々に増やしてはいるがまだまだ足りぬ。具体的にはそうだな……全盛期の倍にしようと思っている」
「倍とは……ほう、しかし兄上、いかな手段を講じても、それは難しいのではないでしょうか?」
だがレビルはニヤリと笑って返す。
「ふっ、甘いなスヴェン。貴様が遊んでいる間に俺は人脈を構築していたのだよ」
「おおー流石は兄上でございますー」
得意げなレビルに、スヴェンは棒読みで返した。
スヴェンを不機嫌そうに睨みつけた後、レビルは続ける。
「まぁ次期王として、それなりの行いはしておかねばなるまいよ! それでは人と合う用事があるのでな!」
「行ってらっしゃいませー兄上ー」
「ふふふふふ、はーっはっはっは!」
笑いながら去っていくレビルを、スヴェンは冷ややかに見送っていた。
影から音もなく、緑髪のメイドが姿を現わした。
メイドは糸のような細い目で、くすくすと笑った。
「あらあらーレビル様ったら、相変わらず能天気であらせられますねー。スヴェン様が各国の要人たちとお話ししていたの、見ていなかったのかしらー?」
「言うなよアイシス。兄上は他にも気を配ることがあったんだろうよ」
「それってもしかしてー、ミレーナ様のことでしょーかぁ? パーティ中そわそわしてましたものねぇーくすくすー♪」
アイシスは楽しげに笑いながら、扉の向こうをじっと見つめる。
先刻と異なり、どこか冷たい雰囲気を放っていた。
「スヴェン様、……私、レビル様のことを少し、見てきた方がいいでしょーか?」
「いや、必要ない。大体誰に会うのかはわかるさ。その用件もね」
「おおーっ! 流石は我があるじー!」
「お前に褒められても嬉しくない。アイシス、お前は休んでいろ」
「はいはいー、では私は待機してますねっ♪」
敬礼の姿勢を取り、去っていくアイシス。
スヴェンは窓から月を覗き見て、歪んだ笑みを浮かべるのだった。
■■■
アルトレオ城の片隅にて、レビルは人を待っていた。
暗がりの中、通路の奥からコツコツと足音が聞こえてくる。
柱に身を隠し、レビルが視線を向けると、そこには意中の人物がいた。
身なりを整えた商人風の男だった。
男は恭しく一礼をした。
「レビル様。お待たせいたして申し訳ございません」
「よい、怪しまれぬよう、早く話を始めよう」
「はっ」
そう言うと、男は胸元から一枚の書状を取り出した。
レビルはそれを受け取ると、広げて目を通す。
「……相変わらず大したものだ。竜一頭が本来の半額以下とはな」
「えぇまぁ大きな声では言えない方法で手に入れていますので。……何卒、口外なさらぬよう」
「わかっている。当然我らとの繋がりも他言無用だぞ」
「勿論でございます。……それでは商品はいずれ、ガルンモッサへと届けさせますので」
「うむ、また頼む」
「ははっ」
男はそう言うと、再び頭を下げた。
レビルは男に見送られながら、その場を足早に立ち去るのだった。
口元に歪んだ笑みを浮かべながら、暗がりを行く。
「くくく、盗人どもが。生意気にも商人ぶっておるわ」
レビルが取引をしていたのは、野盗上がりの商人だった。
元々は竜を盗んで生計を立てていた野党たちだったが、その中の一人がその金を元手に商人に成り上がったのである。
今でも商人は野盗と裏で繋がっており、それを知ったレビルは自分に売るよう差し向けたのだ。
人と金を動かし、多大な利益を得る。見るがよい、これが王の知恵である。
レビルは自らの聡明さに震えていた。
「くくく、俺は父上などよりも遥か高みにいるのだ」
いつの間にか漏れていたレビルの言葉。
通り過ぎた柱の裏には、一人のメイドが佇んでいた。
「……」
メイドAは無言のまま、音もなく影に溶けた。
■■■
数日に渡った祭りは終わり、各国から集まった要人たちも帰途へとつき、ドルトらも日常に戻りつつあった。
そして新たに出来た耕地にて、ドルトはセーラに呼び出されていた。
「さて、そろそろここで新しい作物を作ってみましょうか。土もいい感じに養分がついてきたみたいだしね!」
黒く、肥えた土を手にセーラは言った。
「今度は何を作るんだ?」
「そうね。実はお米を作ってみようと思うのよ。そのための準備として、あぅっち溜め池も作ったわ」
「おお、81号にでっかい穴を掘らせてると思ったら、その為だったのか」
ドルトは耕地から少し離れた場所にある溜め池に目をやる。
セーラは地竜、81号に大穴を掘らせ、そこに川からの水を溜めて池を作っていた。
そこでは時折兵たちが来ては魚を釣っていた。
「川から直に水を流したら、その勢いで田んぼが破壊されちゃうからね。一度池に水を溜めて、そこからちょろちょろと水を注ぐのよ」
「なるほどなぁ」
溜め池からは細い水路が通っており、そこから水を注ぐのだと思われた。
ドルトはセーラの段取りの良さに感心していた。
「それじゃあこの田んぼに水が入っても大丈夫なように、土壁を作りましょう。田んぼは人口の池のようなものだからね。水を入れたらそれを逃さぬよう、壁を作る必要があるのよ」
「わかった。じゃあ早速やってみるか」
「私は右回りで行くから、おっさんは左回りでね。負けた方がお昼オゴリで。んじゃよーいどんっ!」
言うが早いか、セーラはスコップを手にどんどん田んぼの周りに土を盛っていく。
慌ててそれを追いかけるドルト。
「あっこら!」
「あはははは、まーちーまーせーんー」
セーラはスコップで田んぼに土を突き刺すと、脇へ盛るように掘り、べちんべちんとスコップの腹で叩きつけ、固めていく。
流れるような速度で行われる一連の動作は、熟練農夫を思わせた。というか実際そうなのであるが。
「……まぁ、たまには奢ってやるか」
ドルトはスコップを拾い上げると、セーラとは反対方向に回り始めるのだった。
そして昼、ドルトが畑の4分の1辺りまで来たところで、セーラとぶつかった。
誇らしげに胸を張るセーラ。
「ふっ、私の圧勝のようね!」
「あぁ、完敗だ。手も足も出なかったよ」
両手を上げて、首を振るドルト。
セーラはドルトの仕事をじっと見て、頷く。
ドルトの作った土壁は、セーラのに比べるとかなり不細工であった。
ドルトはまたセーラに方言で叩かれるかと思ったが、帰ってきた言葉は意外なものだった。
「うん、まぁまぁ頑張ったんじゃない?」
セーラの言葉に、ドルトは首を捻った。
「……なんか変なもんでも食べたのか? いつもだったら下手くそだっぺさーとか言うくせに」
「言わないわよっ! 人を何だと思ってるの!? まぁたしかに形は悪いわよ。でもその分力が入ってるしね。おっさんパワー流石だわ。これなら十分役目は果たすでしょう」
自分を褒めるセーラを見て、ドルトはもう一度首を捻った。
「……やっぱ熱でもあるじゃね?」
そう言ってドルトはセーラの額に手を当てる。
瞬間、セーラの顔が赤くなった。
「ほら、やっぱり熱い」
「運動したからよっ! んもう、いいから田んぼに水を入れちゃいましょう!」
「へいへい」
ぷりぷりと怒りながら、セーラは再度スコップを担ぐのだった。
二人はスコップで水路の最後の部分を掘り進む。
ざく、ざくと、最後の方は慎重に。
「最後の一掘り、おっさんがやりなさい」
「わかった……よっと」
ドルトがスコップを振り下ろし、最後の土壁を破壊する。
すると水が田んぼの中に勢いよく流れ込み始めた。
「おわっ! ち、ちょっと勢いが強すぎないか!?」
「落ち着いて。これで調整するのよ」
そう言ってセーラが取り出したのは、木の板だった。
それを土壁に押し付けると、水の勢いが若干弱まってきた。
「おおーなるほどなぁ」
「こんな具合で……おっさん、土を持ってきて固定して!」
「わかった!」
ドルトは木の板を固定するように、土を盛りスコップで固めていく。
何度かそれを繰り返し、ようやく木の板は固定され水の勢いは丁度いい具合になった。
田んぼに水が満ちていく様子を、二人は並んで眺めていた。
「……ふぅ、こんなもんかしら」
「いやあ、見事なもんだな」
たかが農業と侮っていたドルトだが、セーラから学ぶにつれ自分の浅はかさを知る気持ちだった。
田んぼ一つ作るにしても、これだけの工程が必要なのだ。
農家の者が試行錯誤しながら編み出した手法は、先代竜師から受け継がれてきた数々の手法にも通じるものがあった。
どんな職業も同じなのだと、ドルトはそう思った。
――――きゅるるるる。
と、可愛らしい音が鳴る。
見ればセーラが顔を赤らめ、腹を押さえていた。
「ははは、それじゃ昼飯と行くか」
「……そうね、おっさんのオゴリで!」
「あ、くそ。忘れてなかったか」
「とーぜん。さ、行くわよ」
セーラはドルトの手をひっつかむと、街の方へと歩いていくのだった。
■■■
セーラに連れられ、街中を歩くドルト。
中心部から一本外れた路地を奥に進み、着いた先は普通の民家のような店だった。
店外に置かれたテーブルでは、カップルや女同士で食事を楽しんでいた。
「ねぇねぇ、ここのパンケーキ美味しいのよ。わたしここで食べたいわ!」
「いいけどさ。パンケーキだけじゃ腹に足りないだろ。俺はもっとガッツリ食べたい」
「そりゃ私だってそうよ。まぁ安心なさいな。ここはちゃんと普通の定食もあるから」
「ほほう、なら安心だ」
店内に入ると、二人は店の奥に案内された。
テーブルに付くと、セーラは早速品書きを開いて目当ての品を見つける。
「んー、私はこの季節のパスタセットにしよっかなー。おっさんは?」
「うむ、じゃあ俺はチキンのトマト風グリルセットで。……おねーさん」
ドルトは店員を呼びつけ、注文を済ませる。
「あ、終わったらデザートにこの、デラックスストロベリーパンケーキを一つお願いしまーす」
「かしこまりました」
セーラがさらっと注文にパンケーキを付け加えた。
置かれた水を飲みながら、二人は料理が出来るのを待つ事にした。
「それにしても食べられるのか?このパンケーキすごくでかいって書いてあるが」
「へーきへーき、甘いものは別腹だし、おっさんもいるから大丈夫でしょ」
「俺は甘いものはそんなに好きではないんだがな……」
他愛ない会話をしていると、ようやく料理が届いた。
ふわりと香るいい匂いが、腹ペコの二人の胃袋を刺激した。
「わー美味しそうーっ!」
「おう、じゃあ早速頂くとするか!」
「うんっ、いただきまーす!」
二人はすごい勢いで食べ始める。
ドルトはもちろん、セーラも大人の男性顔負けの食べっぷりだった。
「うんっ、これはなかなか……むぐむぐ……ごくん……美味しいね!おっさんそれ一個ちょーだい!」
「あ! おい馬鹿やめろ! 人のを勝手に取るんじゃねぇ!」
「へへー♪ ありがとー! おねーさん、パンケーキ持ってきてくださーい」
「かしこまりました」
あっという間に自分の分を食べ終えたセーラは、物足りなさそうにデザートを急かせる。
店員が奥に行ってしばらく待つと、巨大なパンケーキを持ってきた。
それは、とても大きかった。
あまりの大きさに、ドルトは若干引いていた。
「お待ちしました」
一礼をして去っていく店員を見送りつつ、小声で話しかける。
「セーラお前、本当にこんなもの食べられるのか?」
「まぁ余裕よ。女子の別腹を舐めてはいけないわ」
「お、おう……」
「ではでは、いただきまーす」
セーラがパンケーキにナイフを入れると、上に乗ったバターとハチミツが中のパン部分に染み込んでいく。
その様子をセーラはキラキラした目で見ていた。
「ところでさ」
セーラはぱくりと、切り取ったパンケーキを口に運ぶ。
もぐもぐと口を動かしながら、どう話を切り出そうかとうかがっているようだった。
ドルトはそれを黙して待つ。
だがセーラは黙ったままだ。
その代わり、パンケーキがすごい勢いで減っていく。
「えーと、セーラ?」
「あぁうん! 言う、言うわよ!」
ぐさり、と三枚重ねで最後のパンケーキを突き刺して、それを口に頬張った。
それを飲み込んだ後、覚悟を決めたように口を開く。
「い、いまから私の実家に来ない?」
「は?」
ドルトのすっとんきょうな声が店の中に響いた。