王女様、少年と再会する。
「少し、静かになってきましたね」
街を歩いていたミレーナがぽつりと呟く。
言葉の通り、昼頃に比べると人は目に見えて減りっていた。
出店も店じまいを始め、帰途に就く者も増えていた。
「もう日が暮れかけていますから。今日は楽しめましたか? ミレーナ様」
「様……ですか。そうですね。もう終わりですものね」
寂しそうにミレーナは、ぬいぐるみを抱きしめる。
しばし、うつむいた後にはミレーナはいつもの表情に戻っていた。
「――――とっても楽しめました。ドルト殿。ありがとうございました」
「それはよかった。では城に帰りましょうか」
「はいっ!」
ともあれ、ミレーナの正体がバレずに済んでよかったとドルトは思った。
城門へと辿りついた二人は、門番に挨拶をして中へ入る。
「お疲れ様ですドルト様。お祭り、楽しんでいただけましたか?」
「えぇ、とても楽しかったです」
「それは重畳! 他にも色々な祭りがありますので、またお楽しみください。そちらのあなたもね!」
「……」
無言でうなずくミレーナ。
門番は最後まで、ミレーナの変装に気付くことはなかった。
中へ入ると、二人はふぅと息を吐いた。
「さて、夜のパーティに備えないと。……今日は本当にありがとうございました。ドルト殿」
「いえ、私も楽しかったです。またご一緒できたらと思います」
「……私もそう思います。またいつか……」
互いの言葉は、ドルトにとって社交辞令のつもりであった。
しかしミレーナはほんのり頬を赤く染めていた。
「ぴぃーーーっ!」
そんな二人の間に、舞い降りて来たのはレノである。
レノはミレーナの胸に収まると、二人を交互に見やる。
「ぴぃ! ぴぃぴぃ!」
「おっと、はは。そんなにミレーナ様が恋しかったのか?」
「まぁ、レノったら甘えん坊さんね」
「ぴぃーうぃー」
ミレーナに頭を撫でられ、レノは気持ちよさそうに鳴いた。
そしてぐりぐりと、ミレーナの胸に頭を擦り付けるのであった。
「ぴっ!」
「え?」
突如、レノはミレーナの身体から逃れドルトの頭の上に載る。
警戒するように立ち上がり、唸り始めた。
「お、おいどうしたレノ?」
「クルルルルー!」
ドルトはレノの向く方へ視線を向けた。
視線の先、通路の向こうからはコツコツと響く靴の音が聞こえて来る。
ドルトはミレーナを庇うようにして、その前に立つ。
出てきた人影は、銀髪の、いかにも貴族風な少年であった。
銀髪の少年はミレーナを見て、目を丸くした。
「あれ、もしかして……」
そう言って近づき、声をあげる。
「やっぱり! ミレーナ様ではありませんか! 一体どうしたのです? そんな恰好をして」
「ぁ……! そういうあなたはスヴェンですか!?」
「はい! そのスヴェンです。お久しぶりです」
スヴェンと名乗った少年は、恭しく頭を下げた。
まるで猛禽を思わせるような、鋭い金色の目が印象的だった。
「それにしても久しぶりね。先王の葬儀以来かしら」
「はい。今回は所用が合って近くに来ていたので、久しぶりに……それにしてもそんな恰好をして、もしやお忍びで町を見物でしたか?」
「あ、はは……お恥ずかしい限りです」
「いえ、僕もよく勝手に城を出て遊び歩いているので、人のことは言えませんよ」
談笑を交わすスヴェンとミレーナ。
レノはそれを威嚇するように見ている。
ドルトは所在なく、それを眺めていた。
「おや、キミは……」
スヴェンはそれに気付いたのか、ドルトに視線を向けてきた。
「もしかしてウチにいた竜師ではないかね?」
スヴェンの言葉にドルトは驚く。
言葉だけではない。
よく見ればその服にあしらわれた刺繍の紋章は、ガルンモッサのものであった。
「ウチ……? というのはもしかして……」
「あぁ、ボクはガルンモッサの第二王子。スヴェン=バル=ガルンモッサだよ。キミは確かドルト=イェーガーだね?」
「は、はい……」
その名には、ドルトも覚えがあった。
ガルンモッサ第二王子は放蕩癖があり、各国を転々と遊び歩いて莫迦で阿呆な王子だと。
そんな噂を城で何度か聞いた事がある。
だが、ドルトが受けた印象は真逆だった。
確かに真面目といった印象は受けないがむしろ狡猾というか……子供とは思えぬような、独特の雰囲気が出ていた。
スヴェンはにっこりと笑うと、ドルトに握手を求める。
「団長が良く褒めていたよ。素晴らしい竜師だと。今はここで働いているんだね」
「はっ、ミレーナ様には随分お世話になっています。スヴェン様のお言葉も、この身には恐縮の至り」
ドルトはそう言って頭を下げる。
「有能な者は嫌いではないよ。よかったら僕の元で働いてみないか?」
「……お言葉はありがたいのですが」
「冗談さ。……ミレーナ様もそんな目で見ないで下さい」
苦笑するスヴェン。
その向こうで、通路の奥から一人のメイドが駆けてくるのが見えた。
「スヴェン様ーっ! 何をなされているのですー? パーティ始まってしまいますよー!」
メイドは凄まじい勢いで走ってきたかと思うと、ずざざとブレーキをかけ止まった。
緑髪を両側で括ったツインテール。
糸のような細い目は、どこか笑っているかのような印象を受けた。
束ねた髪をカチューシャで止め、ミニスカートのメイド服には沢山の色とりどりのリボンが付いており、実用性よりも可愛らしさを重視した服だった。
メイドはふぃと額の汗を拭う仕草をすると、ミレーナとドルトに気づき、ぺこりと頭を下げた。
「おや、これはこれは失礼いたしました。私、スヴェン様の護衛兼メイドのアイシスでーす! よろしくおねがいしまーす♪」
「こら、言葉遣いに気をつけろ。ミレーナ様の前だぞ」
スヴェンはアイシスと名乗ったメイドの頭を手にした杖で叩いた。
大げさに悲鳴を上げ、痛がるアイシス。
「あだーっ! スヴェン様ひどい……しくしく」
「い、いいのですよ。そんなに気にしなくても」
あからさまな泣き真似をするアイシスを、ミレーナは慰める。
「ありがとうございまーす! ミレーナ様と、それにえー確かドルト様! 神竜の一族だとか!」
「いえ、全然違いますが」
またも脚色されすぎた自分の設定に、ドルトは即座に反論した。
「あらー違うのですか?」
「違います。周りが勝手に色々言ってるだけですよ。ごく普通の竜師ですので」
「ふーん?」
アイシスはドルトをじっと見つめる。
細い目の奥、吸い込まれそうなエメラルドの瞳に、ドルトは思わず息を飲んだ。
「まぁいいです♪ そう言うことにしておきましょう!それよりスヴェン様」
「あぁわかっている。……それではミレーナ様、僕は急ぎの用がありますので。また夜にパーティで会いましょう」
スヴェンはアイシスに引きつられるように、城の中へ入っていく。
ドルトとミレーナは、呆然としながら二人を見送る。
「……何とも濃い人たちでしたね。スヴェン王子はもちろんとして、あのメイドもとても風変わりな感じでした」
「え、えぇ。本来に……」
「クルルルル……!」
レノはドルト頭の上で、未だ唸り声を上げていた。
「おい、どうしたんだよ一体。いつもはあまり人に向かって吠えないのに」
「スヴェン王子の不気味さを感じ取っているのかもしれませんね」
ミレーナはそう言うと、レノを捕まえてその胸に抱く。
よしよしと撫でると、レノは少し落ち着きを見せた。
「スヴェン=バル=ガルンモッサ……国内ではその、少しアレな王子だと揶揄されていますが、私はそうは思いません。むしろ逆……彼は他の王族とは比べものにならぬ程、狡知に長けているのでは、と考えています」
「そうですね。私も噂だけで実際会うのは初めてなのですが、噂とは真逆の印象を受けました。意図してそう振る舞っていたのだとしたら……」
「……一体、何を考えているのでしょうかね」
「ぴーぅー」
レノは不安げに、ミレーナを見上げる。
ドルトとミレーナは、スヴェンが消えた先をただ見送っていた。