おっさんと王女様、お忍びデートする。後編
門を出て、人混みを抜けると目の前には城下町が広がっている。
城の外は大量の行列が出来ており、人の整理でてんやわんやだ。
「うわぁーっ! すごい人ですねっ!」
大きな帽子、黒眼鏡をかけたミレーナが、両手を上げてはしゃいでいた。
道行く人がレノとミレーナを一目見ようと城に向かっているのを見て、ドルトは肝が冷える思いだった、
何せ今、ここにミレーナ本人がいるのである。
帽子が、黒眼鏡が何かの拍子で外れたら大騒ぎだろうに、ミレーナはそれを全く気にするそぶりはなかった。
「……それにしても、こんなにはしゃぐなんて、余程の心労だったのだろうな」
ドルトは苦笑しながら、ミレーナを後ろで見守っていた。
と、ミレーナがドルトの方にズンズンと大股で歩いてくる。
「もうっ! 何をしているのですか!? 早く行きましょう」
「あぁはい、すみません。ミレーナさ……」
言いかけて、ドルトは口を閉じた。
ミレーナがすごい目で睨んでいたのだ。
「ドールートー?」
「あ、はい……申し訳ありません。ミレーナ」
「うんうん、少し言い間違えるくらいなら許してあげます♪」
そう言って笑うミレーナだが、ドルトは生きた心地がしなかった。
王女を呼び捨てなど、他の人に知られたら何を言われるかわからぬ行為である。
「さ、行きましょう! また人混みに突っ込みますよ」
「は、はい」
そんなドルトの気持ちなど露知らずといった様子で、ミレーナはドルトの手を取る。
手を引かれながら、ドルトは覚悟を決めた。
「ドルト、あっちに何かありますよ!」
ミレーナの視線の先にあるのは、出店であった。
出店には子竜の形を模した容器が並んでいた。
中には色とりどりのジュースが詰まっている。
ドルトたちに気づいた店主が、声をかけてきた。
「いらっしゃい! そこのカップルさん、おひとつどうだい?」
「か、かか、かっぷる、ですか!?」
何度も噛みながら受け答えするミレーナ。
その顔は大きな黒眼鏡の上からでもわかるほどに紅潮していた。
「おう、こいつは新しく生まれた子竜を型取った飲みモンよ。中身はリンゴ、オレンジ、グレープ、と三種類も味があるんだぜっ!どうだい、兄さん彼女さんに買ってあげなよ」
「か、彼女……」
ミレーナはぽおっとした顔で呟く。
そしてちらりと、物欲しげにドルトを見上げた。
ドルトは少し居心地が悪そうに財布を取り出す。
「親父、二つくれ」
その言葉に、店主はやれやれといった風に首を振る。
「オイオイ兄ちゃん、そいつはいけねぇ。一つにしときな」
「どういうことだ?」
「まぁまぁいいからよ。ほいお嬢さん、何がいいんだい?」
「あ、えと……ではオレンジで」
「あいよっ」
元気よく返事をして店主は、子竜を型取った容器の頭部分に、二本のストローを突き刺した。
レノの頭に立派な角が生えているようになった。
そういうデザインなのかとドルトは思った。
「仲良くやりなよ! お二人さん」
「は、はぁ……」
「毎度ぉ!」
そう言ってウインクを一つ飛ばしてくる店主に、ドルトは金を払う。
「はは、こ、困った人でしたね」
「え、えぇ本当に」
「どこか座れるところは……」
どこかぎこちない会話をしながら、ドルトは辺りを見渡す。
丁度、通りの反対側にベンチを見つけた。
「あそこに座りましょうか」
「あ、はい」
ドルトに促され、ミレーナはベンチに座った。
それに続いてドルトも隣に座る。
「どうぞ」
「ありがとう、ございます」
「……」
「……」
二人はそれっきり、口を閉ざした。
気まずい沈黙に、ドルトはストローの中のオレンジジュースを飲む。
子竜の形を模した容器からオレンジ色の液体が減っていく。
「ミレーナも飲んでください」
「は、はい!」
言われるがままに、ミレーナはもう一本のストローに口をつける。
ふわりといいにおいがドルトの鼻をくすぐる。
長い金色の髪がぱらりとドルトの膝に落ちた。
必然的に二人の距離が近くなる。
ドルトは店主が一つと言った理由がわかった。
美しい形の唇がストローから離れ、ちゅるると水音を鳴らした。
「ん……美味しいですね、ドルト!」
「あーはい……そうですね……」
花のような笑顔を向けられ、頬をぽりぽりと掻きながら視線を逸らすドルト。
それに気づいたミレーナが、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あれー? ドルト、何赤くなってるんですかぁ?」
「いえ別に……」
「怪しいです! もしかして照れてるんですか?」
「……全く、いい加減に――――」
言いかけてドルトは気づいた。
ミレーナは今、王女であることを忘れ、庶民として楽もうとしているのだと。
自分はその相手をするのが役目ではないか。
だったら一緒に楽しまねばならないと、思った。
「……いい加減、からかわないでくださいよ。ミレーナ」
「ドルト……! ごめんなさい」
謝りながらも、ミレーナはどこかほっとした顔をしていた。
ドルトは少し無礼かなと思いながらも、ミレーナの頭に手を載せた。
「……えへへ」
ミレーナははにかんだ笑みを浮かべながら、ドルトのされるがままになっていた。