おっさんと王女様、お忍びデートする。前編
「あそこ! 見て見てドルト、レノの形をした紙風船ですよ!」
「へぇ、おもしろいですね」
ミレーナの指さす先では、子供たちが子竜の形を模した紙風船を持っていた。
子供たちはそれを手のひらで弾ませたり、息を吹きかけて宙に浮かせたりして遊んでいた。
ドルトは子供の一人に声をかける。
「なぁ坊主、それどこで買ったんだ?」
「あっちー」
「おー、あそこか。ありがとな。お礼に君にはこいつをあげよう」
ドルトは子供に飴玉を一つあげた。
「わーい!」
「転ぶんじゃねぇぞ」
駆けていく子供に手を振り、ドルトはミレーナと教えられた場所に行く。
そこでは小さな店に老婆が一人いた。
中に入ると、ミレーナが声をかける。
「こんにちはー」
「はいはいいらっしゃい。おや若いカップルのお客さんとは珍しい。……どっこいしょ。それじゃあ見ていくかいねぇ」
老婆はそう言って立ち上がると、様々な形の紙風船を取り出した。
「魚、鳥、犬、猫、他にもいくつかあるけど、一番人気は子竜だよ。お祭りだからねぇ」
「では子竜を下さい」
「あいよ。遊び方はわかるかい?」
「えぇ、こうやるんですよね」
ミレーナは老婆から受け取った折り紙を口に付けると、息を吹いた。
途端、ぷくっと紙は膨らみ、子竜の形を作る。
「おお、可愛らしいですね」
「えぇ、こうやって手で跳ねさせて……ぽんぽん……っと」
手のひらで子竜の紙風船を遊ばせる様子を見て、老婆がふむと頷いた。
「……お嬢さん、あんたもしかして、小さい頃この辺りでよく遊んどらんかったかね?」
「えっっっ!?」
「やっぱりそうだ。その大きな帽子に綺麗な金色の髪、間違いないよ」
「き、ききき気のせいじゃあないですかねー?」
ダラダラと汗を流しながら、後ずさるミレーナ。
老婆はじっくりそれを確認すべく、眼鏡を取り出した。
「ちょっと近くで顔を見てもいいかい?」
「いやっ、それは流石に……」
老婆に詰め寄られるミレーナを、ドルトはおもむろに抱えた。
「ひゃっ!?」
「……失礼します」
そして、走り出す。
老婆の姿がみるみる小さくなっていく。
十分に離れたところで、ミレーナを下ろした。
「ふう、この辺までくればいいでしょうか?」
「は、はい……」
ぽおっとした顔でミレーナはそう返す。
「危うくバレるところでしたね」
「え、あ……あぁそ、そうですよね! ありがとうございました。ドルト」
「ミレーナが子供の頃こんな所で遊んでいたはずがないのにね?」
「あー、えーと、それは、そのぅ……」
もじもじも指をくねらせながら、言い淀むミレーナ。
首を傾げるドルトに、ぼそりと言葉を繋げた。
「はい、実はこの辺りでよく遊んでいました……」
「えっ!? そうなんですか!?」
「まぁその、たまに城を抜け出したりして……あはは」
困惑顔で笑うミレーナに、ドルトは詰め寄る。
ミレーナは恥ずかしそうに頷いた。
「子供の頃はお城が窮屈で、退屈で……で、でもたま! たまーに、ですよ?」
「……ぷっ、言い訳なんてしなくていいですって」
必死に言い訳をするミレーナを見て、ドルトは思わず吹き出した。
それを見てミレーナは顔を赤くした。
「もう、笑うなんてひどいです」
「すみません、つい……」
「これ、秘密ですからね!」
ミレーナは人差し指を唇に当て、しーと言った。
わかりましたとドルトは答えた。
その後も二人は街を練り歩いた。
大通りには沢山の屋台が出ており、見ているだけで退屈しなかった。
「あ! 見て見てドルト、あそこにレノのぬいぐるみがありますよ! ……可愛らしいですね」
ミレーナはそう言って、ちらとドルトを見上げる。
意を察したドルトは、すぐに駆けだした。
「いえ、可愛らしくていいと思います。買ってきますね」
「あ! 少し待って!」
――――駆けだそうとするドルトの手を、ミレーナが止めた。
不思議に思ったドルトだったが、すぐに理由に気付いた。
人混みの隙間から覗くのは、白狼に乗り執事を連れた少女であった。
以前、交竜戦を行ったローレライの王女。アーシェであった。
思わず人混みに紛れて様子を伺う二人。
「そういえば、祭りには絶対行くと言っていた気がします……」
「こんな人混みに少人数で……相変わらずの破天荒ぶりですね」
「どうやら買い物をしているみたいですね」
アーシェは屋台のぬいぐるみを真剣な面持ちで、一つ一つじっくりと見比べていた。
「むぬぬ……こっちも可愛いけど、こっちも可愛いのだわ……」
「お客さーん、早く決めてくださいよー。そんなでっかい犬連れて居座られたら、商売あがったりでさぁ」
「ガルル……」
アーシェの乗った白狼が店主を見て睨む。
それをアーシェかぺちんと叩いた。
「こらモッフル、ダメなのよ。騒ぎを起こしちゃ!」
「ガゥゥ……」
モッフルと呼ばれた白狼は、アーシェに怒られしゅんとなった。
その後も悩み抜いた末、アーシェは執事に言った。
「面倒なのだわ! セバス、全部買っちゃうのだわ!」
「かしこまりました」
アーシェの言葉に、セバスと呼ばれた執事は頷いた。
懐から札束を取り出し、店主に渡した。
「そういうことなので、店主殿? 並んであるもの全て、いただきます」
「ま、まじですかい……? そいつはありがたい意味で商売あがったりだ……」
「んふふ、ありがとなのだわっ! 大満足なのだわっ!」
ぬいぐるみの一つを抱え、嬉しそうにくるくる回るアーシェ。
くるりとセバスを向き直ると、真面目な顔で言った。
「では残りは城に届けさせなさい。よろしくなのだわ」
「かしこまりました」
アーシェの命令に、セバスは胸に手を当て頭を下げた。
そんなやり取りをドルトとミレーナは見ていた。
「……相変わらず無茶苦茶ですね。アーシェ王女」
「全くあの子は……」
二人して同時にため息を吐いた。
それが可笑しくて、どちらともなく笑った。
満足げにぬいぐるみを抱えて人混みに消えていくアーシェらと、反対方向に歩き始める。
しばらく歩くと、今度はセーラとローラを見つけた。
どうやら休憩中のようで、咄嗟に隠れて様子を伺う。
仲のよさげなその様子に、ドルトは思わずつぶやいた。
「それにしてもあの二人、いつも一緒にいますね」
「騎士学校を卒業してからずっとで、仲がいいみたいですよ?」
「へえ……あ、レノジュースを買ってますよ」
先ほどの店で、ローラが子竜の容器に入ったジュースを一つ買った。
ストローを二つ付けてもらい、交互に飲んでいた。
「今のうちに離れましょうか」
「えぇ、バレたら怒られちゃいます」
こそこそと、二人はセーラたちから離れていくのだった。
出来るだけ人込みに紛れようと、次に来たのは大通りだった。
大通りでは人がごった返し、ミレーナを気にする者は誰一人としていなかった。
突然、ミレーナは立ち止まりドルトの腕を掴んだ。
「あ! あそこにはリリアンがいますよ! 何やら竜を持ち上げようとしています!」
リリアンは竜の脚を掴み、真っ赤になっていた。
身体からは汗が吹き出し、六つに割れた腹筋は更に深みを増していた。
「な、何をしているんですかねぇ……」
「……どうやら、竜を持ち上げれるかどうか、挑戦をしているようですね。この祭りは竜に関係ある出店しか出せませんから。ほらほら、見事持ち上げられたら好きな景品を一つプレゼントと書いていますよ!」
「いくら何でも無茶でしょう。竜の重さは馬十数頭分と言われております。どう考えても上がらないと思いますが」
「でも、ドルトならいけるんじゃないですか? ほら、竜に命じて、とかで」
「……さて、どうでしょうかね」
「やってみてください!」
キラキラとした視線を向けられ、ドルトは頭を掻いた。
「わかりました」
「わぁ! 楽しみです!」
嬉しそうに笑うミレーナを見て、ドルトも苦笑した。
そうこうしているうちに、リリアンは諦めたのか竜の脚から手を離した。
悔しそうに去っていく彼女を見て、ドルトは竜を連れた店主の前に進み出る。
「おっ、今度はあんたが挑戦するのかい?」
「そうさせてもらおうか」
「ほいよ! だったら手を擦り剥かないように、革手袋をはめておきな!」
「無用だ。自前のがあるのでな」
ドルトはそう言うと、ポケットから分厚い革手袋を取り出した。
使い込まれた革手袋を見た店主は、ほうと頷く。
「おっ、あんたプロだねぇ。もしかして同業者かい?」
「さて、どうだか」
よく見れば店主の顔にドルトは見覚えがあった。
少し離れたファームの主である。
とはいえ向こうはドルトの事を覚えていないようではあるが、今回はそれが幸いした。
「さて、それじゃやらせてもらうぜ」
ドルトはそう言うと、竜の脚を掴んだ。
そして力を込めると共に竜をちらりと見た。
「グルル……」
竜はそう一鳴きすると、ひょいっと脚を上げた。
「おおおおーーーっ!」
周囲から上がる歓声。
店主は信じられないと言った顔でドルトを見ていた。
「な……ぜ、絶対動かすなって言っておいたのに……何してんだおめぇ!」
「グルゥ」
店主は竜に掴みかかり文句を言うが、竜はそっぽを向いてしまった。
どうやら店主のやり方が気に喰わなかったようである。
ただでさえ竜というのは人混みと、じっとしているのを嫌う傾向が強い。
ドルトはそれを察し、自分で動くよう促しただけだ。
「さて、それでは約束通り景品を頂いて行くぞ」
「ちきしょーもってけ泥棒!」
ドルトは店主が差し出した景品を一瞥する。
その中でレノのぬいぐるみを見つけて思い出す。
(そういえばミレーナ様、さっき欲しそうにしていたっけ)
アーシェが全て買い占めたせいで買えなかったそれを、ドルトは手に取った。
「親父、これを貰う」
「おうよ。もう来るんじゃねぇぞ」
「あんたも竜を使ってアコギな商売はほどほどにな」
「ガルルルゥ!」
立ち去ろうとするドルトに、竜は首を巻き付けてきた。
「おい、お前の飼い主はあっちだろうが」
「ガルーゥ!」
竜はずいぶんドルトが気に入ったようで、首を巻き付け離さない。
そんなドルトを見て、店主は何かに気付いた。
「その竜たらし……あ、あんたもしかして……」
ドルトは振り向くと、しーと人差し指を口元にやった。
店主は竜をなだめながら、ドルトの行く先を見守っていた。
「流石ですドルト、見事なものでした!」
「ありがとうございます。……それでえーと、これを」
ドルトは後ろ手に隠していたぬいぐるみを、ミレーナに差し出した。
それを見たミレーナは、目を丸くする。
「まぁ……! いただけるのですか?」
「私が持っていても仕方ありません。どうか、貰ってやってください」
「……っ!」
ミレーナは無言でぬいぐるみを抱きしめる。
その目は潤み、唇はきゅっと結ばれていた。
「大事に……します……」
そう、絞り出すように言ったミレーナに、ドルトは照れくさそうに笑って返すのだった。