メイド、企む
「よしよし、大分慣れてきたな」
狩猟訓練を開始してから数日。
練習を繰り返し大分サマになってきたレノの狩りを見て、ドルトは満足げに頷いた。
ご褒美に竜の実を与えていると、兵たちがぞろぞろと隊列を組んで城から出てきた
その中心にいる少女がドルトに声をかける。
「あらおっさん。何してるのよ?」
赤い髪を短く切り揃えた少女だった。
少しだけ釣り目で 小柄だがアルトレオ竜騎士団の騎士鎧を身に纏っていた。
「レノの狩りの練習らしいわ。お披露目祭りでやるそうよ。セーラ」
そのすぐ隣にいた青髪の少女が、ドルトの代わりに答える。
こちらも同様に騎士姿。
一見大人しそうではあるが、けして物怖じするタイプではなかった。
「へぇ、それ楽しそうね、ローラ」
セーラと呼ばれた赤髪少女は、青髪少女をローラと呼び、楽しげに笑う。
そのすぐ後ろから進み出た女性が話に割って入る。
同じく騎士姿だが、何故か腹だけは見せつけるように開いている。
さらに言えばその女性の腹筋は六つに割れていた。
「狩猟か。ふむ、野生というのはいいものだな。血も湧き、肉も踊ると言うものだ」
「あんたは相変わらずだな。リリアン」
「ふん、楽しみにしているぞ。ドルト」
リリアンと呼ばれた女性は、ドルトにそう言うと隊列に戻ると街の方へと向かっていく。
隊を見送りながらドルトは声をかけた。
「街の警備か?」
「うん、他国から来賓も来られるしね。こういう時こそ働かないと」
ドルトの問いに、セーラが答える。
それにローラが補足した。
「もうすぐ祭りだから、色々な人が来る。悪さを企む人もいるかもしれないから、ね」
「そういう事。じゃーね、おっさん」
「おう、頑張れよー」
街へと向かう兵たちを見送りながら、ドルトはふむと頷いた。
言われてみれば確かに、遠くから見てもわかる程に街は活気付いていた。
こういっては何だが、アルトレオは地味な国だ。
それが祭りとなると、こうも盛り上がるものかとドルトは感心した。
そんなドルトの頭に乗っかると、レノは愉しげに鳴き声を上げた。
「ぴぃ! ぴぃーっ!」
「……お前、もしかして行きたいのか?」
「ぴーぅぃ」
キラキラとした目を向けてくるレノに、ドルトは首を振って返す。
「ダメだ。流石にお披露目祭の前に、お前を連れ歩くわけには行かないよ」
「ぴぃー……」
「そんな悲しそうな顔してもダメダメ。ほら、ミレーナ様のところに行くぞ。練習の成果を報告しなくちゃな」
「ぷぴぅー」
頬を膨らませるレノを担いで、ドルトは城へと戻る。
レノは未練ありげに街の方をずっと見ていた。
その途中、メイドAとすれ違う。
「えーさん、ミレーナ様はどこにいるか知らないか?」
「ミレーナ様でしたら、ドルト様を探しに行こうとして他のメイド様方に捕まっていらっしゃいましたよ」
「そ、そうか……」
ミレーナはずいぶん忙しいのか、あれからレノの練習風景を見にくることは一度もなかった。
いつもは時間を見つけては竜の様子を見に来ていたが……それほどに忙しいのだろうとドルトは思った。
「確か今は、バルコニーにいらっしゃったかと」
「そうか。ありがとう」
城へ戻ったドルトは、メイドAにミレーナの所在を尋ねた。
警護の兵たちに挨拶をしてバルコニーに出ると、言葉の通りミレーナがいた。
だがその後ろ姿は憂鬱そうで、ドルトにも気づいていない様子だった。
「はぁ……」
重いため息を吐くミレーナ。
どうやらお疲れの様子だった。
声をかけてもいいものかと考えるドルトだったが、このまま黙っているわけにもいかず遠慮がちに声をかける。
「ミレーナ様」
「ひゃわっ!? ど、ドルト殿っ!?」
慌てて飛び上がるミレーナは、咳払い一つしてドルトの方を向きなおる。
「こ、こほん。何用ですか? ドルト殿」
「……ぷっ」
その様子があまりにおかしくて、ドルトは吹き出しそうになってしまった。
それを見てますます赤くなるミレーナ。
「ちょっと、笑わないでくださいよぉ……」
「す、すみません……あんまり可愛くて」
「可愛……っ! も、もうドルト殿ったら……」
その言葉に、ミレーナはますます顔を紅潮させるのだった。
「ぴぃー」
呆れ顔で鳴くレノの声を聴いて、ドルトは思い出したように手を叩いた。
「おぉ、そうだ。レノもついに狩りが出来るようになりましたよ。その報告に参りました」
「なるほど、ありがとうございます。流石ドルト殿ですね……」
微笑んで返すミレーナだが、ドルトにはやはり元気がないように見えた。
ドルトは失礼だろうかと思いながらも、尋ねる。
「その、ミレーナ様。何か元気がないように思われますが……?」
「えぇその……すみません。やはりわかりますか?」
「相当に忙しいのでしょう? 疲れが顔に出ています」
ミレーナはふぅとため息を吐くと、はかなげに微笑んだ。
「ドルト殿には敵いませんね。えぇ、祭りの準備でやる事が多くて多くて……」
「お疲れ様です。私に出来る事があればいいのですが」
「そのお気遣いだけでうれしいですよ。……とはいえ、はぁ、私も純粋に祭りを楽しめればと思うのですが……できればその、ど、ドルト殿と見て回ったり……なーんて! ふふっ! やっぱり疲れてますね、私っ!」
ミレーナがくるりと回ると、長いスカートがふわりと膨らむ。
どこか悲しげなその姿に、ドルトは思わず息を飲む。
「忘れてください! あーあ、そろそろ戻らないとまた怒られちゃうので!」
呆気にとられるドルトとレノを置いて、バルコニーを去ろうとするミレーナ。
そこにどこからか声が聞こえた。
「その願い、叶えて差し上げましょう」
言葉と共に、ドルトの背後からにょろっと黒い影が出て来た。
メイドAだった。
「ふっふっふ。もう一度言いますミレーナ様。あなたのささやかな願い、このメイドが叶えて差し上げましょう」
「し、しかし私は祭りの主役です。抜ける事なんて、とてもとても……」
「と、そう思うでしょう? ですがこの程度、何とかしてみせるのがメイドの嗜みです」
不安そうなミレーナに、しかしメイドAは不気味に笑って返すのみだ。
「この私に委細、お任せあれ」
自信に満ち溢た表情で、メイドAはそう言い切った。