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おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
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新団長、奮闘する。中編

 それから数日。

 ガルンモッサの竜師たちは雇い入れた男たちに仕事を教えることとなった。

 実は以前、ヴォルフが残した手順書の写しがあった。

 とはいえ写しの際に簡略化の為、作業を行う理由やその為の道具、気を付ける事などが抜けた、歯抜けの文章である。

 全くのド素人である男たちと、内容を十分に理解していない竜師、そして歯抜けの手順書。

 まともな仕事になるわけがなかった。

 そうは言っても雇われている以上、仕事をやらないわけにもいかない。

 男二人は、手探りで作業をこなしていた。

 そんな竜舎に入ってくる人物が二人。


「おい、随分汚れているではないか」

「……仰る通りでございます」


 竜舎を訪れたのは、レビルとそれに付き従う副長だった。

 言葉の通り、竜舎は以前に比べても分かるほどに汚れていた。

 レビルは作業中の男たちを捕まえて、問う。


「おい、何故仕事が出来ておらんのだ」

「そんなことを言われましても……我々は仕事のやり方を教わっておりませんので……」


 作業中の男たちはそう答えるしかなかった。

 素人が指導もマニュアルもなく、まともに仕事が出来るはずもない。

 それを聞いたレビルは苦虫を噛み潰したような顔になり、男を突き飛ばした。


「……ふん、金を貰っておるのなら、言われる前にやることを成せ。子供の使いではないのだぞッ! 教えて貰えぬなら、教えて貰えるまで何度でも聞いてこい! 次に来るまでにはまともにしておけよ!」


 レビルは言うだけ言うと、竜舎を後にした。

 男たちは互いに顔を見合わせた。


「……どうする?」

「仕方ない、聞きに行くか」


 二人は仕方なく、竜師たちのいる部屋へと足を運んだ。

 扉に何度かノックするが、返事はなし。

 中では笑い声が聞こえていた。

 二人は顔を見合わせた後、恐る恐る扉を開けた。


「……失礼します」


 扉を開けると同時に、むわりと白い煙が男の顔を覆う。

 部屋の中では竜師たちが卓上ゲームに興じていた。

 そのうちの一人が男に気付いた。


「む、どうかしたか? 庶民」

「いえ……レビルさまが来られて」

「何ッ!?」「隠せ隠せ!」「火も消せ!」


 慌てる竜師たちを見て、男たちは冷たい目をした。

 しばし沈黙ののち、言葉を続ける。


「レビル様が来られて、私たちに竜師様たちに仕事のやり方を聞いてこい、と」

「……なんだ、レビル様が来ているのではないのか。焦らせおって」


 竜師の一人は胸元から煙草を取り出すと、火を付けた。

 吐き出された煙が、室内に広がっていく。

 

「……で? なんだと?」

「……また見に来るので、それまでに仕事を覚えておけ、と」

「ふむ……我々とて暇ではないのだがな」


 先刻まで、ゲームに興じていたくせに何を言うのだと二人は思った。

 卓の下には駒が転がっていた。


「まぁよいでしょう。ゲームにも飽きてきたころです。私がビシバシとしごいて差し上げましょう」


 ぬっ、と竜師の一人が腕まくりをして二人の前に立った。

 でっぷりと太った男だった。首がない程に、脂肪がたまっていた。


「それでは行きましょうか。私は厳しいですよ」

「お、お手柔らかにお願いします……」


 二人はやや後悔しながらも、竜師に連れられ竜舎に戻った。

 結論から言うと、男の指示は非常に細かかった。


 例えば草を運ぶフォークの持ち方。

 両手で持って草束にフォークを突き入れる男を見て、竜師は手を叩いた。


「ハイハイダメダメ、何してるのですか? 草に刃を入れる角度は水平、運ぶ草の量は拳三つ分の高さ、荷車に詰む際は餌箱に入れる時は拳一つ分……何度もそう言っているでしょう。何度やったらわかるのですか! 全くこれだから平民は」

「す、すみません……」

「ほら! 草の量が拳二つ半くらいですよ。もっと一度に運ばねば効率が悪いでしょう。ほら! そっちは角度がつきすぎです。水平じゃないですよ!」


 ……等々、細かい作業を出来るまで何度も繰り返させた。

 明らかに効率を無視した、この男の自己満足としか思えないようなやり方。 

 それを何日も、夜遅くまで、毎日、出来るまで。

 無為としか思えぬ指導に、男たちの精神と肉体は限界に来ていた。



「はぁーーーっ! くそぉあのデブ、ふざけやがってぇ!」


 男は手にした酒瓶を飲み干すと、テーブルに叩きつけるように空になったそれを置いた。

 酒場にて、男二人は愚痴を言い合っていた。


「全くだ。くだらない事で文句をつけすぎだろう。何だあれは? 何がしたいんだ?」

「たかだか拭き掃除に、進入角度もへったくれもないだろう! バカじゃないのか!?」


 たまった不満はかなり大きく、それを吐き出すには大声にならざるを得なかった。

 テーブルには空のジョッキが並んでいた。


「いよぉ、荒れてるじゃねぇか」


 その席に、男が一人入ってきた。

 以前面接で同席し、落とされた男である。

 すぐにその顔を思い出した二人は、男に愚痴を言い始める。


「荒れるわ、そりゃあよ。ちくしょう、あんなところで働くんじゃなかったぜ」

「あぁ、お前は落ちて正解だ。あんなところで働くもんじゃねぇ」


 二人が飲み終えたジョッキをテーブルに叩きつけた。

 男はそれを見てにやりと笑う。


「だったらよ、辞めちまえよ。あんなところなんてさ」

「むぅ、だが辞めてどうする? あそこは国の施設だろう。偉い人がにらみを利かせて、しばらくは他の仕事につきにくくなるかもしれんぜ」

「それに最近、街の周囲には竜が出て危険らしい。なんでも城から逃げた竜が悪さをしてるとか。畑仕事やモノを売る事も出来なくなったらしい」

「逃がした、だろ? 街のはずれに捨てに行くのを手伝わされたぜ。おかげで治安も滅茶苦茶だ」

「はぁ……今の状況だと、働く場所はねぇだろうなぁ」


 ため息を吐く二人は、それでも自分たちなりに「次」の事を考えているようだった。

 そんな二人に男は言った


「なら他の国に行けばいい。アルトレオなんかどうだ? 少し前にガルンモッサとの交竜戦に勝って、上り調子らしいぜ」

「アルトレオ、ねぇ。ド田舎っつー話だが、実際どうなんだ?」

「以前行ってみたが、とにかく広いな。今度祭りがあるとかで、他国の人間も歓迎しているらしいぜ。仕事もあるかもしれないぞ」

「へぇ、なら行ってみてもいいかもなぁ。物見遊山がてらによ」

「おおっ、いいねぇー」


 先刻までの暗かったムードは消し飛んで、二人に明るい顔が戻った。

 男はジョッキに新たな酒が注んだ。


「そうと決まれば飲み明かそうぜ」

「応とも! あんなアホみたいな仕事なんて、くそくらえだぜ!」


 ――――そして男たちは、その日のうちに退職届を衛兵づてに届けたのである。


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