子竜、狩りを覚える。後編
ミレーナが去った後、ドルトはレノと狩りの練習を兼ねた遊びをしたいた。
ボールを投げては、それを取って来させる。
最初は転がしたものをただ拾わせていたが、何度かやるとコツを掴んだのか、飛行して空中でキャッチしたりもし始めた。
「ぴぃーっ!」
「おおっ、すごいぞレノ。偉い偉い」
ボールを取っていたレノを、ドルトは抱きかかえて撫でた。
「あーでも今日は終わりかなぁ」
飛竜の爪や牙で切り裂かれ、ボールはもうズタズタになっていた。
また新しいのを買って帰ろうとドルトが街へ戻ろうとした時である。
「何だか楽しそうな事をしていますね」
ふいにドルトたちの後ろから声が聞こえる。
声の主はメイド姿の黒髪の女性。
「えーさん!? いつからそこに!?」
「ふっ、気づきませんでしたか? ずっとここにいましたよ」
えーさんと呼ばれた女性は、不気味に笑う。
彼女がドルトに教えた名はメイドA。
呼びにくいのでドルトはえーさんと呼んでいた。
いつからそこにいたのであろうか、メイドAの頭には木の葉が数枚乗っていた。
ドルトはメイドAに冷ややかな視線を送る。
「暇人なんですかねぇ……」
「メイドとは、常日頃からそこにあるもの。呼べばすぐに顔を出せる位置にいるもの……それがメイドの嗜みです」
「俺の知ってるメイド像と随分かけ離れている気がするが……」
「気のせいです」
ばっさりとドルトの言葉を切り捨てる、メイドA。
ドルトはいつもの事なので気にしないことにした。
「それより、そこの子竜に狩りを覚えさせようとしているのだとか」
「まぁ、そうだな」
「実はいい方法がありまして。少しついて来ていただけますか?」
不気味に微笑むメイドAを見て、ドルトとレノは顔を見合わせるのだった。
「着きました」
メイドAに連れられて、着いた先はニワトリ小屋である。
「今日はニワトリを食べようと思うので、一羽ほど捕まえて〆て貰えませんか?」
「……いきなりニワトリかぁ。流石に早すぎじゃないか?」
「あら、竜は我が子を鍛えるために千尋の谷に突き落とす、という言いますし、ここは心を鬼にして、ほらほら」
突き落とすようにジェスチャーするメイドAに、ドルトは呆れ顔を返す。
「……飛竜を谷から落としても飛んで上がってくる気がするが」
「ふっ、そこに気づくとは流石はドルト様です」
何故か楽しそうなメイドAを見て、ドルトはため息を吐く。
「……まぁいいや。とりあえずやってみるか?レノ」
「ぴぃーっ!」
レノは両手を広げて、元気よく返事をするのだった。
「それではいきますよ。それっ!」
掛け声と共に、メイドAは抱えていたニワトリを放す。
「コケーーーッ!」
ニワトリはそう一鳴きして、バタバタと慌ただしく逃げ惑う。
ドルトはそれに続いてレノを放した。
「よし、レノ! 捕まえて来い!」
「ぴぃーっ!」
レノは滑空するように真っ直ぐ、ニワトリに向かって飛んでいく。
ニワトリに抱きつくように飛びかかるレノだが、その両手は空を切った。
横っ飛びで躱されたのだ。
「ぴゅい!?」
「クワァーッ!」
レノは両手を振り回しながらも、ニワトリに翻弄されていた。
完全にニワトリの方が上手で、まさに手も足も出ない、といった感じだ。
ばたりと倒れ伏すレノのすぐ横で、ニワトリが勝ち誇ったようにコケコッコーと鳴いた。
ドルトとメイドAは顔を見合わせ、ため息を吐いた。
「……まだちょっとニワトリは早かったかな」
「そのようですね……お手本を見せましょう。レノ様、ご覧あれ」
「びぃ?」
メイドAが一歩、進み出る。
レノが注目しているのを確認しニワトリに歩み寄る。
ゆっくりと歩いているように見えるが奇妙な動きで、まるでメイドAが数人に分裂したかのように見えた。
「コ、コケ……? コケッ!?」
戸惑うニワトリに何人ものメイドAの手が伸びる。
そのうち一つが、ニワトリの首を掴んだ。
「コケーーーッ!?」
「……とまぁ、こういった具合です。ねっ、簡単でしょう?」
にっこり微笑むメイドAだが、どう見ても簡単な動きではなかった。
少なくとも人間技ではなかった。
「ぴぃ……」
レノは弱々しく鳴いた。
竜ですら怯む動きであった。
呆れた声でドルトが尋ねる。
「……なんだよ今の」
「ただの歩行術ですよ。緩急をつけることで何人かに分裂させてみせる的な。メイドの初歩です」
「そ、そうか……」
ドルトは呆れた声でそう言うしかなかった。
どう見ても暗殺者系の技だったが、それ以上突っ込むのはやめにした。
次にドルトが向かったのは、竜舎であった。
出迎えたのは茶髪のぼさぼさ髪を後ろでまとめ、分厚い瓶底メガネと作業着を着た大柄の女性だった。
「おや、ドルトくん。やっほー」
「うっす。ケイト、ちょっと竜を散歩に連れて行っていいか?」
「おー? 今日は私の当番じゃないっすかー?」
ケイトと呼ばれた女性は驚いたような口調で言った。
「こいつに狩りってやつを見せてやろうと思ってな」
「別にいいよー好きなだけ連れて行きなさいな」
「さんきゅー」
ドルトはそう言って竜に跨ると、数匹の竜を引き連れて外へ向かう。
城下町を抜けて向かった先は森。
いつもドルトが竜たちに狩りをさせる場所である。
その場につくと、明らかに竜たちが色めき立ち始めた。
「ぴぃー?」
「レノ、これからお前の兄ちゃんたちに狩りをさせるからな。よーく見ておくんだぞ」
「ぴゅい!」
首を上下に動かすレノに頷いて返し、ドルトは一頭の竜の背中を叩いた。
「よし、行っていいぞ77号」
「ガァァァァァ!!」
ドルトの命令で77号と呼ばれた竜は走り出した。
「お前らはここにいろ。狩りは順番だからな」
他の竜たちにはそう命じ、ドルトもそれを追いかける。
竜たちはガァと鳴くと、その場に立ち尽くした。
77号はニオイを嗅ぎながら、あちこちを素早く移動していた。
それを少し離れた場所で見守るドルトとレノ。
ふと、77号が動き方を変えた。
静かに、ゆっくり、前方へ進む。
「ぴ?」
(しー)
ドルトはそう言って、レノの口を塞いだ。
(獲物を見つけたんだ。ちょっと角度を変えようか)
(ガゥ)
乗っていた竜もそれを察したのか、声を押さえて77号がよく見える方向へ移動する。
茂みの奥では、子鹿が草を食んでいた。
固唾を飲んで見守る中、77号の動きはさらに遅くなっていった。
身体を屈め、いつでも飛びかかれる姿勢で近づいていく。
(ぴぅー……)
レノの目は興味深げに見開かれていた。
ぴくん、と子鹿の耳が何かを察知したように動く。
と、同時に77号が跳躍した。
気づいた子鹿はすぐさま駆け出そうとしたが、77号の前足に押さえつけられ倒されてしまった。
そのまま77号は子鹿の喉笛に噛み付いた。
ぶしゅう、と血飛沫が噴き出し、白い牙が鮮血に彩られる。
ジタバタと脚をバタつかせて暴れる子鹿だったが、次第にそれは弱々しくなり、小刻みに動くだけとなった。
「ガフッ! ガオガフフッ!」
子鹿を咥えたまま、77号はドルトの元へと戻ってきた。
「よし、すごいぞ77号」
「ガウッ!」
得意げな77号の頭をドルトは撫でる。
そして、レノの方を見た。
「見えたか、レノ。これが狩りってやつだ」
「ぴぃーっ!」
わかったのかわかっていないのか、ともあれ元気に返事するレノを見て、ドルトは苦笑するのだった。
それを何日かに渡って続けた。
そして、ドルトはまたレノを連れてニワトリ小屋を訪れた。
メイドAが新たにニワトリを〆るところだった。
「おや、いらしたのですか?」
「あぁ、レノがやる気なんでな」
「びぃ!」
やる気満々といった顔のレノを見て、メイドAはくすりと笑う。
「雪辱戦というわけですか。レノ様も男の子ですね。そういうのは嫌いではないですよ?」
「ぴぃっ! ぴゅいぴゅーい!」
メイドAの言葉にレノはやる気を見せる。
「他の竜の狩りを見せてやったんだ。今日は少しは違うと思うぜ?」
「おや、狩りでしたら私が見せたでしょう?」
「いや、あれはノーカンで」
「うっ、ひどい……私にあんな恥ずかしい事をさせておいて、そんな……」
「いやいや、自分で勝手にノリノリでやってただろが」
さめざめと泣くフリをするメイドAに、ドルトは冷たい視線を送る。
「まぁとにかくさ、やらせてみようぜ」
「わかりました。……では行きなさい。からあげくん1号」
あからさまに今名付けたであろう名を呼んで、ニワトリを放すメイドA。
「コケーッ!」
「ぴぃーっ!」
続いてレノがドルトの手から飛び出した。
走り去るニワトリに、レノは先日のように飛んで追おうとはしない。
身体を伏せ、ゆっくりと歩み寄っていく。
ニワトリはレノに油断したのか、そこらで地面をついばみ始めた。
レノはじりじりと、近づいていく。
そして、
「ぴぃーーやぁーー!!」
飛びかかった。
一瞬にして距離を詰められ、驚いたニワトリは動くこともできずレノにガブリと噛み付かれた。
「コケーッ!コッッッケーーー!?」
「ぴぎっ!ぴぎぎぎににに……!」
暴れるニワトリとそれを押さえつけようとするレノ。
手に汗握るドルトの横で、メイドAは「がんばれからあげくん1号」と書かれた旗を振っていた。
ドルトはどこから出したんだと言わんばかりの冷たい視線を向けるが、メイドAは全く気にしていない。
「コ……ケェ……」
力尽きたニワトリを咥え、レノは立ち上がってドルトの方へと帰ってくる。
「ぴっ! ぴっ! ぴぃーーーーっ!」
「おおっ! すごいぞレノ!」
ドルトは嬉しそうに飛びついてくるレノを抱え上げた。
その際に地面に落ちたニワトリを、メイドAは拾い上げる。
「ふむ、やりますねレノ様。流石私の動きを手本にしただけはあります」
「いや、多分違うと思うぞ……」
ドルトの言葉など聞こえないと言った感じで、メイドAはそこから立ち去る。
しばし呆然と見送るドルトとレノ。
「と、とにかく、狩りのやり方はわかったみたいだな。えらいぞ、レノ」
「ぴぃ! ぴぃーっ!」
ドルトに褒められ、レノは嬉しそうな声をあげるのだった。