子竜、狩りを覚える。前編
1か月……長かったような短かったような。
ようやく手が空いてきたので再開しようと思います。
3章始まります
「ぴぃーっ!」
笛を吹くような音で鳴きながら、子供の飛竜が飛んでいた。
たどたどしくはあるが、小さな翼を羽ばたかせ、懸命に飛んでいた。
子供の飛竜は目の前にある大きな木をぐるっと回ると、元いた場所へと戻っていく。
「いいぞ、レノ!」
レノと呼ばれた子供の飛竜は、そう呼んだ男の元へと飛んでいく。
しかし羽ばたき疲れたのか、レノの身体が大きくぶれ始めた。
それでも何とか、レノは黒髪の男の元へと辿り着いた。
男は救い上げるように、弱々しく息を吐くレノを抱き上げた。
「ぴぃ……」
「よーし、よく帰ってきたぞ!レノ!」
そしてその小さな頭を撫で、抱きしめる。
レノは嬉しそうに手足をばたつかせた。
その様子を、隣にいた金髪の女性が微笑ましそうに見ていた。
「よく頑張ったわね、レノ。ドルト殿も、少し休みませんか。お弁当を作ってきたのですよ」
そう言って金髪の女性はバスケットを取り出した。
ドルトと呼ばれた黒髪の男はレノを降ろし、目の前のバスケットを見て、腹を鳴らした。
「おおっ、美味そうです、ミレーナ様」
「ふふっ、ありがとうございます」
ミレーナと呼ばれた女性は嬉しそうに微笑む。
マットを広げ、二人と一匹で少し早めの昼食を始めた。
卵と鶏肉のサンドイッチを、ドルトは豪快に頬張っていく。
「むぐむぐ……美味しいです! ミレーナ様」
「それはよろしゅうございました。まだまだありますので、好きなだけ食べてもいいですよ。レノもね」
「ぴぃーーっ!」
レノも専用に用意された弁当を、ばくばくと食べていた。
乾草と人参、ジャガイモを美味しそうに丸呑みにしていく。
以前は半分に割って与えていたが、もう丸ごと食べても問題ないようだ。
身体も一回りは大きくなっていた。
そんなレノを見て、ドルトは呟く。
「これならお披露目祭にも間に合いそうですね」
「はい!」
――――お披露目祭。
王族の竜が生まれた事を祝う、アルトレオの伝統的な祭りである。
国を挙げてのお祭りは数日間に渡り、様々な催しが開かれる。
その中の一つに生まれた竜が一芸を披露するというものがある。
大抵はその辺りをぐるっと飛んだり歩いて見せたりとか、まぁそんな感じだ。
レノはその練習中だったわけだ。
「ドルト殿のおかげで、なんとか披露に間に合いそうです」
ミレーナの言葉に、しかしドルトは少し考え込んで、言った
「……ふむ、折角ですしミレーナ様。少し変わった芸を見せるというのはどうでしょう?」
「もう少し変わった……ですか?」
「えぇ、例えばですが、鳥を模したものを飛ばして、それをレノに捕らえさせる、とか」
ドルトはその様子を、手仕草で再現してみる。
「要は狩りです。どうです? 観客も喜びそうではありませんか?」
「それ! 素晴らしいです! 絶対盛り上がりますよ!」
ミレーナは両手を合わせ、飛び上がって笑顔を見せた。
「しかしそんな事、出来るんですか?」
「何事も練習です。レノは特に頭がいいですし、今からでも間に合うかもしれません。好奇心旺盛でアクティブな竜は狩りに向いています。私が先日交竜戦で乗った77号のようにね」
「そういえばあの動き……すごかったですね。野性味あふれるというか、なんというか……獣じみていた、とでもいうのでしょうか」
ミレーナは先日のガルンモッサとの戦いを思い出していた。
ドルトが乗っていた77号は獣のような動きで相手を翻弄し、格上相手とも互角に戦っていた。
「えぇ、大人しい竜同士を掛け合わせ続けたことで、現在飼育されている竜は大人しいものが多い……ですが、何事にも例外はあるというもの。狩猟本能が強い個体は狩りが得意な個体が多いんですよ。その分暴れん坊なのですが」
「それをどれだけ上手く扱うかが竜師の腕の見せ所という事ですね」
「えぇ、気性の荒い竜は扱い辛いですが、反面戦いでは心強いものです。以前私は77号を意図的に暴れさせることで、相手との技量差を上回りましたからね」
「あれはすごいものでした……地上において最強たる竜に本気で襲われて、平気なものなどおりますまいに、それに対応したガルンモッサ竜騎士団団長の恐ろしさたるや……やはりガルンモッサは侮れませんね」
先日の戦いを思い出し、ミレーナはぶるりと体を震わせた。
激しい戦いにてようやくつかんだ勝利であった。
「……あの戦いで、私は野生の竜の持つ強さを再認識しました。それからは竜の調教に力を入れているんですよ。例えば餌をその場で食べずに持って来させたり、他の竜に分けあたけさせたり、ですね。少し早いですが、子供のレノならもっと早く覚えられるかも」
「なるほど、流石はドルト殿です」
「ぴぃ!」
レノが元気よく翼を動かす。
両腕をバタバタと、暴れるように動かしていた。
「あらあら、レノもやる気になっていますね」
「ぴっぴぃーぃ!」
「おお、それじゃあさっそく、練習してみるか?」
そう言ってドルトは、レノの弁当箱から好物のジャガイモを一つ、取った。
レノは目を丸くして、ドルトとジャガイモを交互に見やる。
ドルトはジャガイモをレノの口元に近づける。
レノがそれに噛みつこうとすると、ひょいと取り上げた。
それを何度か繰り返した。
「ぴゅいー……?」
「そうだ。こいつは動く獲物。自分で取らないといけないんだぞ」
ドルトの言葉を理解したのか、レノはこくこくと頷く。
そしてドルトは、ジャガイモをすぐ近くに放り投げた。
「よし、あれを取ってくるんだ」
そう言ってドルトはレノを放した。
不思議そうにドルトを見上げるレノだったが、その目を見てようやく意図に気づき、コロコロと転がるジャガイモの方を向いた。
そして、飛ぶ。
レノはパタパタと翼を羽ばたかせて、ジャガイモを追い……両手で掴んだ。
「あっ! やりましたよドルト殿っ!」
「えぇ」
固唾を飲んで見守っていたミレーナは、両手を叩いてドルトを見た。
ドルトは満足そうに頷く。
ジャガイモを口の中に放り込んだレノは、嬉しそうに鳴いた。
「ぴぃーぅー!」
「よーし、よくやったぞ。レノ」
帰ってきたレノの頭を、ドルトは撫でてやるのだった。
「そういうわけですのでミレーナ様、レノをしばらく貸していただけませんか? 祭りに間に合わせるために、集中的に練習をさせたいので」
「えぇ、構いませんよ。ねぇレノ。今日からしばらくはドルト殿のところで寝るのよ?」
「ぴぃー!」
ミレーナの言葉に元気良く返事するレノを見て、ドルトは安堵の息を吐いた。
「よかった。レノはミレーナ様にべったりですから。その度についてきて貰うわけにもいきませんし」
「あ……」
ドルトの言葉に、ミレーナはしまったという顔になった。
「そ、それはその……呼んでいただければ、私はいつでも……」
モジモジしながら言葉を探すミレーナ。
不思議がるドルトの後ろから、ドタドタと足音が聞こえてきた。
「ミレーナ様ーっ! 祭りの準備をほったらかして、何をしているのですっ!」
「式典で使うドレスを合わせなければ!」
「各国の官僚がいらっしゃるのですから、ダンスの練習も最近はしていなかったではありませんか!」
大きな声を上げているのは、ミレーナお付きのメイドたちである。
ミレーナはげんなりした顔を浮かべ、ドルトは乾いた声で笑う。
「はは、相変わらずお忙しそうで」
「……もう、本当に空気を読めない人たちですね」
「空気?」
「何でもありません!それではレノをお預けします」
そう言って立ち上がり、メイドたちの方へと歩いていくミレーナ。
何故か少し怒っているようにズンズン歩くミレーナだったが、途中で振り返り、照れ顔で言った。
「た、たまには様子を見に行きますから!」
「えぇ、いつでもいらして下さい」
「……っ!」
顔を赤らめながら、ミレーナは走り去っていった。
「相変わらずあの人はよくわからんところがあるよな」
「ぴーぅい」
ドルトとレノはそれを見送りながら、首を傾げるのだった