王女様、酔っ払う
ガルンモッサに勝利したアルトレオ竜騎士団は、街に帰るやいなや大歓迎を受けた。
弱国として周辺国に馬鹿にされてきた国民は、この勝利に喜びお祭り騒ぎとなっていた。
街では民草も騎士も関係なく、飲めや歌えや大騒ぎが行われていた。
その日ばかりは無礼講、騎士団の者たちも大いに酒を煽っていた。
「あれーえ?」
酔っ払い、顔を真っ赤にしたセーラがあたりをキョロキョロと見渡し、言った。
「おっさんどこいったのー?」
「さてな……ひっくぅ」
同じく顔を赤くしたリリアンが答える。
最大の功労者である二人は、周りから酒を勧められるまま、飲みまくっていた。
「おっさぁーん、どこぉー? どぉーるとぉー!」
声を上げるセーラを見て、リリアンは意地の悪そうな微笑を浮かべた。
「ひっく……おい、セーラお前、あの男がそんなに気にならなかぁ?」
「は、はぁー!? べ、別にそんなわけないし! 勘違いしないてよね!」
「そうかぁ? ……ひっく、怪しいなぁーくくく……」
「なぁーに言ってだべさ! この筋肉女わぁ!」
「おっ、やるか?……ひっく」
二人はよろめきながら、取っ組み合いをし始めた。
互いに衣服を掴み合うたび、素肌が露出されていく。
そんな二人の絡まり合う姿を見て、周囲はさらなる盛り上がりを見せた。
街で盛り上がっている代わりに、城は静かなものだった。
最低限の見張りしかおらず、その見張りも早く交代の時間にならないかとソワソワしている。
そんな城中、竜舎にドルトはいた。
「よしよし、よく頑張ったぞー、お前ら」
ドルトは交竜戦にて活躍した竜たちに、竜の実を与える。
大きく開けた口の中、舌の上に竜の実を落とすと、竜は勢いよく食べ始める。
噛みしめるたびに滲み出る味に、竜たちは美味しそうに目を細めた。
「グルゥ!」「ガァールゥ!」「ギルルルル!」
思い思いの鳴き声を上げる竜の中、一頭だけ低く唸る77号。
団長に喉を突かれ、声が出なくなっていた。
「ゥゥゥ……」
「お前は特によくやったよな。ゆっくりしゃぶりな」
「ゥゥゥー……!」
ドルトは痛々しい包帯の上から77号の首を撫でる。
77号はドルトに首を絡ませ、身体全体で嬉しさを表すのだった。。
「グルルル……」
それを羨ましげに見る他の竜たち。
今、竜の実をあげていたのはあくまで交竜戦で活躍したものたちである。
竜の実はあくまでご褒美として出すべきものだ。
本来であれば食べさせるべきではないのだが……ドルトはどうしたものかと考えた後、やれやれとため息を吐いた。
「……わかったよ。今日はお祝いだからな」
「ギャウギャウ!」「ガァーーゥ!」
喜びの鳴き声をあげる竜たちの口の中に、ドルトは竜の実を投げ込んでいく。
ただし、量は半分だ。
何もしてないのに食べさせていては、本来の使い時に効果が薄れてしまうからだ。
大体、全ての竜に食べさせ終えた辺りでドルトは、ふと入り口に気配を感じた。
そちらを向くと、ドルトに向かって子竜が飛んできていた。
「ぴぃーっ!」
「ぐはっ!?」
子竜、レノがドルトの顔に直撃した。
柔らかい腹の部分に、綺麗に顔が埋まった。
ドルトは抱きつくレノを掴んだ。
日に日に強くなる力に少し苦労しながらも、ドルトはレノを何とか引き剥がし、睨みつけた。
「……ったく、レノ! 飛ぶのはいいが、人にぶつかりにいくのはダメだぞ!」
「ぴぅーい?」
不思議そうに首を傾げるレノ。
その可愛らしさに不覚にも萌えてしまう。
しかしドルトは心を鬼にした。
「ダメなものはダメだ」
「ぴぃー……」
怒られているのに気づいたのか、レノはしょんぼりと尻尾を弱々しく振った。
しゅんとするレノの頭を、ドルトは撫でた。
「わかればいいんだ」
「ぴぃ」
レノは小さく鳴いて、ドルトにしがみついた。
「レノーっ! どこに行ったのですか? レノーっ!」
外で聞こえるのはミレーナの声である。
駆けてきたミレーナが、ドルトに気づいた、
「レノ! それにドルト殿も!」
「おやミレーナさま」
驚くミレーナに、ドルトは声をかける。
腕に抱えたレノも、それを真似るように片手を上げて鳴いた。
「……こんなところにいたのですね。皆、お祝いだと楽しんでいますのに」
「竜たちも功労者ですから。ご褒美をあげねばと思いまして」
「まぁ、お優しいのですね」
ドルトが取り出した竜の実を見て、ミレーナは微笑む。
レノが竜の実に顔を近づけ、匂いを嗅いでいる。
「ぴぃー?」
「あっこら、お前はダメだぞ」
「ぴっ、ぴぃーっ!」
ジタバタと暴れるレノから、竜の実を遠ざける。
しかしレノは首を伸ばし、竜の実にガブリと噛み付いた。
そして幸せそうな顔で、鳴いた。
「ぴぅぃーっ♪」
「あーっ! こらレノ! ……全く」
「ふふっ」
ドルトとレノのやり取りを見て、ミレーナはくすくすと笑っていた。
「笑いごとではありませんよ。全く」
「す、すみません。あまりに微笑ましいやり取りだったので……」
「いえ、ミレーナ様が気にする事ではありません。私の不徳がいたすところです」
「ぴぃーうぃ!」
「お前は気にしろ」
ドルトは自分の真似をするように鳴くレノの頬を、ぐいっと抓った。
ミレーナは改まって言う。
「……それにしても、アルトレオがガルンモッサに勝てたのはドルト殿のおかげです。本当に、礼を言わせてください」
「あぁいえ、セーラたちの力があったからですよ。俺なんてほんと、大したことは」
「そうやって、皆が浮かれている間も竜の世話をしてくれたでしょう? そんなドルト殿がいたから、皆全力を尽くせたのですよ」
「……ありがとうございます」
そう言われると、それ以上否定するのも失礼な気がした。
ドルトは大人しく頭を下げた。
「ドルト殿の育てた竜は、とても自由です。人を乗せながらも、自らの意思を持って戦う……それは今までの竜の常識ではあり得ません」
「団長との戦いのことですか」
こくりとミレーナは頷く。
「えぇ! ローレライとの交竜戦でも、気絶したセーラを乗せて動いていたでしょう? あのような真似、他の竜師には絶対に出来ません。やはり、竜の神に祝福されたとしか思えません!」
「竜の神って……流石に言い過ぎですよ」
「そのような事はありませんっ!」
ミレーナはドルトの肩を掴み、大きな声で言った。
その目は、真剣そのものだ。
距離が近い。
「私はですね、ドルト殿の事を本当にすごいと思っているのです! 高く評価しているのです! それを否定されてしまうのは、とってもとっても悲しい事なのです!」
「も、申し訳ないです……」
「いーえ、わかってないです! ドルト殿はなーんにもわかってないです! にぶちんです!」
鼻先まで顔を近づけるミレーナの顔は真っ赤だった。
確かに時々突っ走るミレーナではあるが、今日は妙に絡んでくるとドルトは思った。
じっと見つめてくるミレーナから思わず目をそらすと、ふわりと香る、酒の匂い。
「ミレーナさま……もしかして酔ってます?」
「酔ってなど……ひっくぅ、いましぇん!」
今しがた、酔っ払い特有のしゃっくりをしたのをドルトは聞き逃さなかった。
ミレーナは完全に酔っ払っていた。
「ドルト殿ぉ、これからもここに、私の横にぃ……」
色っぽい声を上げ、ミレーナはドルトにしなだれかかってきた。
「ちょ、流石にマズいですって! ミレーナ様!? ミレーナ様ーっ!」
「んうー……ドルト殿ぉ……」
そしてそのまま、寝息を立て始める。
どうするべきかと思いながらも、固まるドルト。
ふと視線を上げると、柱の陰から覗く人影を見つけた。
とっても楽しそうな笑みを浮かべる、メイドAであった。
「ででーん! メイドは見た! 王女、秘密の密会! 年の差は10以上! だめっ! こ、こんなのいけません!」
「……いや、何言ってんだオイ!」
ドルトのツッコミを無視してメイドAは続ける。
「いけません。いけませんねドルト様。これはひどい」
「いやいや、いいから助けろっての」
「む、仕方ありませんね……」
真面目なドルトの言葉に、メイドAは渋々ミレーナを引き剥がし、抱き上げた。
ミレーナは完全に眠っていた。
「酔いが回ったのでしょう。仕方のない王女様です。先ほどは随分興奮しておられましたから」
「……あんた、どこから見てたんだ?」
「最初からですが何か?」
「止めろよ!」
「いやぁー面白そうだったので、つい」
しれっと言い放つメイドAに、ドルトは頭を抱えた。
「ぴぃー?」
そんなドルトの腕で、レノが不思議そうに首を傾げた。
「ドルト殿ぉ……むにゃむにゃ」
「あらあら、私はドルト様ではありませんよ」
メイドAの首に腕を絡ませるミレーナ。
それを見て二人はくすりと笑う。
「随分、気に入られておりますね?」
「えーと……まぁそうなのかもな。竜師として」
「ふっ、そう言うことにしておきます」
そう言って、メイドAは竜舎から出て行くのであった。
ドルトはレノを抱えたまま、ため息を吐いた。
「全く、困った人たちだよな」
「ぴぃーうぃ」
同意するように頷くレノ。
遠ざかっていく足音と反対に、近づいてくる足音が複数。
足音の主は、セーラにローラ、そしてリリアンだったかな。
「あーーーっ! おっさんここにいたぁーっ!」
真っ赤な顔でドルトを指差すセーラの顔は真っ赤で、完全に酔っ払っていた。
肩を貸していたローラが、セーラの額を叩く。
「にゃー! いたーい!ば かローラ!」
「しっかりなさい酔っ払い。自分で立つの。セーラ」
「うー、立ってるわよ! ローラぁ」
「立ってないでしょ。ばかセーラ」
そんな二人を見て、リリアンは大笑いしている。
「はっはっは、農家で鍛えた腰はどうした。腰砕けになっているぞ……ひっく」
と、言いつつリリアンも似たようなものだ。
剣を杖にして、ようやく立っていた。
あまりの惨状に、ドルトは思わず声をかける。
「おーい、飲み過ぎは良くないぞー?」
「ぴぃー?」
「うるさーーい!酔ってないもん!」
完全に酔っ払いの戯言であった。
ドルトは無駄を悟り、ただ首を振った。
「ほらぁーー、おっさんも飲みに行くわよー!はやくはやくぅー」
「ふっ、そういうことだ。酒も一つの強さの証。貴様の力も見たいものだな……ひっく」
「おいこら、離せって!」
セーラとリリアン、二人に掴まれながらもドルトは宴会場に連行されていく。
ローラはそれを見送るように、手を振るのだった。
「全く、本当に困った奴らだよな」
「んあー? 何か言ったぁー?」
「……別に」
そう言って笑みを浮かべるドルト。
宴の夜は更けていくのだった。