団長、敗北する
「はぁ、はぁ……っ!」
ドルトはヴォルフと絡まり合うようにして、地面に転がっていた。
77号をぶつけた瞬間に老竜に飛び移り、ヴォルフを羽交い締めにして動きを止める。
正直無茶な作戦だったが、どうにか成功したようだ。
まだ信じられないと言った顔のセーラ、そして大いに沸いた客席、そしてーーーー
「……そろそろ離してくれないか」
「あ……あぁ、そうですね」
そう言ってドルトは口を噤んだ。
声を出したらバレてしまうと、しかしヴォルフはそんなドルトを見て、苦笑いする。
「ふ、隠さずとも知っていたさ。お前のことはな。誰にも言わんから安心しろよ。ドルト」
ヴォルフは小声でそう言った。
声は歓声でかき消され、ドルトにしか聞こえなかった。
「……いつ、気がついたのですか?」
「ツァルゲルに降り落とせと命じて動かなかった時……と言いたいところだが、正直最初からだ。体格と日常の動きですぐにわかったよ。ま、王は気づかなかったようだがな」
ヴォルフは大きくため息を吐いた後、まっすぐにドルトを見た。
そして、嬉しそうに笑う。
「随分よくしてもらっているじゃないか。えぇ?」
「俺にはもったいないくらいですよ」
「いや、お前は凄い男だ。それはずっと知っていたよ。正当な評価さ」
そう言って立ち上がると、ヴォルフはドルトの肩をポンと叩く。
「じゃあな」
「団長……!」
ドルトは去っていくヴォルフをじっと見ていた。
その背中はどこか、哀愁が漂っていた。
ふとドルトが視線を向けると、その先でガルンモッサ王は崩れ落ちていた。
信じられないと言った顔で、ドルトらを見ているようだ。
まさかアルトレオに敗北するとは思っていなかったのだろう。
もちろん以前であれば、勝負にすらならなかったはずだ。
だが、今のアルトレオは練兵に練兵を積み重ね、強兵……とまではいかずとも、それなりのものにはなっていた。
ざまあみろ――――といった感情がない、とは言い切れなかった。
正直言って気分はよかった。
反対側を見ると、ガルンモッサとは裏腹に、アルトレオ側は大いに盛り上がっていた。
兵たちは喜びの声を上げながら抱きつき、肩を叩き合い、涙を流す者もいた。
ミレーナは力が抜けたように、地面にぺたんと腰をつけていた。
そして、ドルトと目が合う。
ミレーナは目を細め、ドルトをじっと見つめていた。
どこか熱っぽい、そんな表情で。
しばし見つめ合うミレーナとドルト、その背中にばしんと衝撃が走った。
振り向くと竜から降りたセーラがいた。
「ってえな。何するんだセーラ」
「あははっ! 気にしない気にしない! 勝ったんだしさ!」
勝った事と、はたかれる事と、それを気にしない事は全く関係ない気がしたが、セーラはドルトの背中をバシバシと殴り続ける。
ミレーナの顔がみるみる険しくなるのがドルトにもわかった。
いつの間にいたのか、すぐ横にいたリリアンがドルトの肩に腕を回していた。
「ふ――――、いや確かにセーラの言う通りだ。細かい事を気にするな。存分に活躍したこの筋肉が泣いているぞ?」
「そうそう、あははっ!」
「わ、わかったから離れろって」
セーラとリリアンに囲まれ、ドルトはミレーナに視線を送る。
――――違うのです、誤解なのです、と。
だがミレーナはにっこり笑ったまま、近づいて来た。
万事休す、そう覚悟したドルトに向かって駆けてきたのは――――
「おおおおおっ! 三人ともよくやったぞ!」「アルトレオの新たなる勇者が誕生した!」
三人は兵たちにもみくちゃにされていく。
勝利を讃える歓声が、アルトレオの勇士たちに惜しみなく浴びせられた。
それを見てミレーナは、どこか諦めたような笑顔を浮かべるのだった。
「ねぇねえ、すごかったでしょ私! ね、ローラ!」
「はいはい、見てたわ。すごかったわよ。セーラ」
帰途、アルトレオ竜騎士団はの面々は晴れやかな顔だった。
何せあの、ガルンモッサに勝ったのだ。
喜びもまた、ひとしおというやつであった。
「皆、いい顔をしていますね。ドルト殿」
ミレーナがふと、呟く。
隣にいたドルトはそれに応えた。
「えぇ、とても充足した顔をしています」
「まさかガルンモッサに勝てる日が来るなんて、誰も思いはしなかったのでしょう。……ふふ、それは私もですが。これもあなたのおかげですよ。ドルト殿」
「皆、ミレーナ様の為に頑張ったのですよ。無論、私もね」
「ドルト殿も、ですか?」
驚くミレーナに、ドルトは微笑んで返した。
「えぇ、私を拾ってくれたミレーナ様の為に……これからも貴女にお仕えさせて貰って、よろしいですか?」
差し出された手を前に、ミレーナは固まった。
頬を赤く染め、ドルトとその手を交互に見やる。
そしてキョロキョロと、挙動不審に左右を見渡し、おずおずと――――
「は、はい……」
消え入りそうな声で、そう言った。
ドルトと手を重ね、さっきより更に小さな声で、続ける。
「こ、今後ともよろしくお願いします」
「はい!」
重ねられた手をドルトは両手で握った。
ミレーナが言葉を失うのを、後ろでローラが微笑ましげに見ていたのである。
こうしてアルトレオの名は周辺諸国へも広がりを見せていた。
竜を産出するだけの国、平和ボケの弱国……そんな汚名は薄れ、ガルンモッサに勝利した国として。
この日はアルトレオが列強に名を連ねる第一歩として、のちに刻まれる事となるのであった。