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おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
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おっさん、勝負に出る

「いざ!」


 場内全てに響くような声を上げ、ヴォルフはドルトらに迫る。

 ビリビリと空気の震える感覚に、セーラは慄く。


「セーラ!」

「……ッ! そ、そうね! そうだわ!」


 ドルトの声に正気を取り戻したセーラは、慌てて槍を構え直した。

 危うく先手を取られる所だったが、セーラはなんとか持ち直す。

 だがその間に、ヴォルフは迫っていた。


「……でも、81号なら!」


 セーラは地竜に伏せさせる。

 低姿勢になった地竜には、竜上からの槍は届きにくい。

 そのはず、なのだがヴォルフは構わず槍を振りかぶる。


「――――な、なんかまずいっ!?」


 突如感じた違和感に、セーラは地竜を大きく跳ばせた。

 その直後、先刻までセーラのいた場所に突き降ろされるヴォルフの槍。

 間一髪、避けたセーラは耳元でうるさいほどの風鳴り音を聞いていた。


「う……っひゃあああー……」


 大穴の空いた地面を見て、セーラは声を漏らす。

 避けなければどうなっていたことか……見ればヴォルフの持つ槍は、他の物より長く、太い。

 ヴォルフ程の使い手でなければ扱えぬ、特注品であった。


「……ふむ、躱したか」

「なんでそんなの使ってるのよ! ずっこい」

「地竜に乗って戦っている者には言われたくはないが?」

「ぐっ、確かに……」


 完全なるブーメランだと気づき、セーラは押し黙るしかなかった。


「……ッ!」


 その隙を突いて、ドルトがヴォルフへと仕掛けた。

 だがヴォルフは振り返りもせず、槍を手元に返してドルトの攻撃を防ぐ。

 じろりと視線を向けられ、慌てて距離を取るドルト。


「……焦るな。貴様は後でゆっくり相手をしてやる」


 もちろんそう言われて待つドルトではない。

 二対一の優位がある今を逃せば、勝つ見込みはないのは二人も良くわかっていた。

 セーラは、ドルトは、ヴォルフを対角線上に挟み込むようにして、攻めたてる。


「でやあああああああああっ!」


 しかし槍はヴォルフには届かず、打ち払われ、躱され、捌かれ続ける。

 むしろ合間に繰り出される反撃で、ドルトらの方が攻撃を受けている有様だった。


「おおっ! 流石は団長じゃ! よいぞ! 其奴らをぶち殺してしまえ!」


 ミレーナの前だというのも忘れて、王は大いに盛り上がっていた。

 それは観客も同様で、ヴォルフが避けるたび、攻撃を当てるたびに喝采が沸き起こる。

 流れは完全にガルンモッサ側にあった。


「たりゃあっ!」


 地面すれすれから伸び上がるようにして放たれたセーラの槍だったが、ヴォルフは軽く後ろに下がって避ける。

 ガラ空きになったセーラの身体が、ヴォルフの前に晒された。

 そして目が合う。冷たいヴォルフの目に、セーラは敗北を覚悟した。


「さて、そろそろ終わらせて貰うぞ」


 ヴォルフがそう呟き、槍を繰り出そうとした瞬間である。

 ドルトの体当たりがその狙いを逸らした。

 槍はセーラのすぐ横を通り過ぎた。


「さんきゅー、おっさん!」


 何とかその間に体勢を立て直すセーラ。

 そのすぐ横に駆け寄り、耳元で囁く。


(このままじゃ押し切られる。俺が動きを止めから合図と同時に思い切り、ぶちかませ)

(ん……でも大丈夫なの? あの人すごく強いよ)

(まぁ何とかするさ)


 そう言ってドルトはセーラにウインクを返した。

 やや不安を覚えながらも、セーラはドルトに任せるように、後方に下がった。


「……ほう、今度は一対一か?」


 ドルトはやはり、無言である。

 本来であればドルトに万に一つの勝ち目もないが、ヴォルフが乗っているのは老竜ツァルゲルだ。


(ツァルゲルは非常に老獪で、周囲に目が届く。頭のいい竜だ。だが、そのぶん反応は遅くなるし体力も若い竜に比べれば劣る……突くならそこだ)


 その点、ドルトが騎乗するのはアルトレオ竜騎士団で最も若く、そして元気な竜だ。

 あまりにも元気がよすぎて乗り手の言う事をろくに聞かず、現状は重りを付け、轡も二重にかまし、殆ど拘束に近い状態だ。

 そんなポテンシャルを持つこの竜の名は77号。


(こいつの力を全力で解放すれば、あるいは……!)


 この暴れ竜、ドルトでも完全には言うことを聞かせられぬ程である。

 だが、現状のままでは勝てぬ相手だ。


(ならばここで壁を越えるしかない……か)


 ドルトは覚悟を決めると、竜の口元に手を入れた。

 いきなりの行動に驚くヴォルフの前で、ぶちぶちと拘束具が引きちぎられていく。

 分厚い皮のベルトが、幾つも地面に落とされた。

 竜の目が、赤く光る。


「グゥゥゥゥゥオオオオオオオオオオオ!!」


 解放の喜びか、はたまた怒りか、様々な感情がないまぜになった咆哮。

 竜は早速目の前にあった肉片、ドルトの手に噛みつこうとした。


「おおっと」


 がぢん、と歯と歯が噛み合う音が聞こえた。

 危うく噛み千切られそうになったドルトだが、手綱を引きしぼり何とか竜に前を向かせる。


「ガルルルルルル……!」


 ジャリジャリと歯噛みしながら、77号は涎を垂らしていた。

 まさしく凶戦士といったところだろうか。

 その異様さにヴォルフですら、一瞬動きが止まる。

 行け、ドルトはそう命じるまでもなく――――


「グルルルアアアアアアアアア!!」


 咆哮と共に飛びかかる77号。

 ヴォルフは何とか躱すが、同時に振り回された両手の爪でその鎧には切り傷が刻まれた。

 あまりの速さに対応出来なかったのだ。


「っとと……」


 それはドルトも同じで、体勢を立て直そうとしてよろめいていた。

 とても同時に攻撃をする程の余裕はなかった。


「ガルルルオオオオオオオオオオ!!」

「ち……っ!」


 滅茶苦茶に暴れまわる77号に、ヴォルフもドルトも翻弄されていた。


「竜も御せぬ輩が交竜戦に出てくるとは、アルトレオのレベルも知れるものだな……っ!」


 ヴォルフはそう吐き捨てながらも、まともに反撃を繰り出さずにいた。

 77号の動きはそれ程までに速かったのだ。

 攻撃しようとした瞬間には、もうそこにはいない。

 下手な竜騎士であれば既に攻撃を放ち、その隙を突かれて倒されていただろう。

 人が乗っているとは思えぬ反応速度だった。


「グルルルアアアアアアアアア!!」


 77号は翻弄するようにジグザグに移動しながら近づき、そしてヴォルフに向けて跳んだ。

 竜を反転して躱すヴォルフだが、77号が着地したのは客席を仕切る石壁。

 石壁を両脚で器用に掴む77号と、ヴォルフの目がぴたりと合った。

 直後、77号は跳躍する。

 三角飛び、77号の狙いは背後からの強襲であった。


 ガシュ! と鋭い音が場内に響く。

 ヴォルフの身体に張り付く77号。

 観客からは暴走竜に噛み付かれてしまったようにしか見えなかった。

 あまりの惨状に観客は目を覆い、嘆きの声を漏らす。


 が、ずるりと、77号の身体が崩れ落ちるではないか。

 接触の刹那、ヴォルフの槍が77号の喉元を突いたのだ。

 高速で飛びかかってきた77号に、カウンターの形で綺麗に入った。

 分厚い皮膚をねじり込むようにして叩き込まれた槍は、77号の動きを止めるに十分な一撃だった。


「ガ……ァ……!?」


 どしゃり、と土煙を上げて地面に転がる77号を見下ろし、ヴォルフは長い息を吐く。


「これで、あと一人……い、いや!?」


 77号に乗っていた仮面の竜騎士がいない事に気付いた。

 即座に周囲を見渡すヴォルフだが、時既に遅し。

 ヴォルフの背後にはドルトが、その動きを束縛するように羽交い締めにしていた。


「ぐ……は、離せっ! ツァルゲル! こいつを振り落とすのだ!」

「グルルル……」


 ヴォルフの声にも老竜は、激しく動こうとはしない。

 本人も暴れるが、脱出は不可能だった。

 その眼前に、迫るセーラ。


「っでやあああああああああああッ!!」

「ッ!?」


 セーラの槍がドルトごと、ヴォルフの身体を吹き飛ばす。

 どさりと、二人は重なり合って倒れた。


 静まり返る場内。

 王も、ミレーナも、審判役の騎士すらも、言葉を忘れてしまったかのようだ。

 沈黙の中、最後に立っていたセーラが、天高く槍を掲げた。

 それを見て、審判役の騎士が思い出したように手を挙げる。


「あ、アルトレオ側の勝利です!」


 わああああああああああああ!! と、割れんばかりの歓声が、客席から上がった。

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