団長、名乗る
「うりゃうりゃうりゃーーっ!」
セーラを乗せた地竜が鋭い爪を振りかざすたび、マルコは槍でそれをはね除ける。
しかし槍と爪での非常に密度の高い連携に、マルコは押されていった。
近接戦は明らかにセーラに分があった。
「くそっ! 鬱陶しい野郎だぜ! ……だったらよぉ!」
言うとマルコは、槍を地面に突き刺した。
そしてガリガリと、土を削りながら振り上げる。
槍の奇跡に沿うように、大量の砂が巻き上げられた。
砂はセーラと地竜の視界を塞いでいた。
「ひゃはっ! どうだオラァ!」
土煙が舞う中、勝ち誇るマルコ。
動かぬセーラの影に向け、全力で槍を突く。
手応えはあった、が、しかし、
「ふふん、あんたみたいなザコっぽいのがやってくる手なんて、だいたい想像がつくのよ!」
地竜の両腕にて、前方をガードしていたのだ。
それは土煙はもちろん、マルコの槍も同時に防いでいた。
槍の穂先を爪で絡め取られ、マルコは顔を引きつらせていた。
「こ、のクソアマがぁぁぁぉぁぁ!!」
マルコは何とか槍を引き抜こうとするが、刃を落とした槍は地竜の爪を離れない。
無理な方向に力を込め、槍の柄がミシミシと鳴る。
そして、ぼきんと音を立て砕け散った。
「終わりよっ!」
「ッ!?」
セーラの、地を這うようにして繰り出される槍が、マルコの眼前へ迫る。
回避を試みようとしたマルコだったが、動かない。動かない。
マルコの竜は地竜の強靭な爪で挟まれており、微動だに出来ずにいた。
そして、マルコの顎から脳天に向け、衝撃が突き抜ける。
マルコの意識はそこで途切れた。
――――時は僅かに遡り、ドルトは副長と向かい合っていた。
副長は落ち着きを取り戻し、ドルトの奇襲も通じなくなっていた。
実力は副長の方が完全に上だった。
「鉄仮面よ。……どうも貴様、こちらの事をよく知っているようではあるが……しかし槍捌きが素人のそれだ! 貴様には万に一つの勝ち目もない!」
ドルトは副長の挑発にも槍を構えたまま、動かない。
騎竜戦では竜の機動力を生かし、常に動き回るのが定石だ。
止まった相手は相手の動きに対応出来ず、あっさりと落とされてしまう。
「なるほど、確かに貴様はこちらの動きが少々読めるようだ。ならば大きく動かぬよう、ゆるりと近づき……一気にとどめを刺せばいいだけのことよ!」
副長は竜を軽く走らせながら、ドルトとの距離を詰めていく。
ドルトは逆に、距離を取るべく離れる。
追う副長、逃げるドルト。
「はっ! 逃げてばかりか!?」
副長の動きが一段切り替わったその瞬間、ドルトは竜を反転させて今度は逆に向かっていく。
「何っ!?」
戸惑う副長を狙い、繰り出されるドルトの槍。
だがあまりに稚拙な攻撃である。
簡単に落とせると判断した副長は、ドルトの胴を狙い槍を構えた。
正中線である部分を、この速さで狙えば、躱せるはずはない。
そのはずだった。
だが、槍はドルトの身体をすり抜けるように空を切った。
ガルンモッサ騎士団が避けにくく、ダメージの大きい胴体を狙うのをドルトは知っていた。
こういう場面では必ず狙って来ることも。
半身にて、ドルトが攻撃を避けると、掠った鎧の一部分が火花を散らす。
ドルトが姿勢を戻すタイミングで、槍が前方へと突き出される。
槍は副長の胸へと真っ直ぐに伸びていた。
「ッ!?」
ガツン、と音がして副長の身体に衝撃が走る。
丁度カウンターの形となり、副長の身体は思い切り吹っ飛ばされた。
経験の少ないドルトでも、十分な一撃だった。
副長は薄れゆく意識の中で、仮面の下――――どこかで見た事がある顔を見た。
副長とマルコが落竜するのは、ほぼ同時だった。
なんとか、やったのだ。
ドルトとセーラは互いに顔を見合わせ、笑みを交わした。
「やったね」
「あぁ、早くリリアンの援護に――――」
ドルトが視線を向けた時、団長とリリアンの戦いは終わっていた。
竜から落ちたリリアンを見下ろす団長は、息を荒げる事もなく静かなものである。
「中々、悪くなかったぞ。……女の割にはな」
「……くっ」
口惜し気に気を吐くリリアンだが、立ち上がることすらままならぬようだ。
立とうとして何度も、崩れ落ちる。
「リリアン! もういいわ! 後は私たちが!」
「セーラ……ふ、駄肉風情にそう言われるとは、私も焼きが回ったか」
こちらに視線だけを向け、リリアンは自嘲気味に笑った。
後は任せろ、と言わんばかりにドルトは頷いて返した。
「ニ対一、か」
団長はセーラ、ドルトと相対しつつも、悠然とした態度を崩さない。
「正直なところ、アルトレオがここまでやるとは思わなかったよ。マルコも副長も、決して弱くはないのだがな」
「ふふん♪ まぁね、私たちが強すぎた結果かしらー?」
「……かもな」
煽るようなセーラに、団長は軽く返した。
調子が狂ったのか、セーラもそれ以上は言わなかった。
「だが、ここで負けてやるわけにもいかぬでな。ガルンモッサ竜騎士団の名にかけて」
ゆったりとした仕草で槍を構え直す団長。
たかだかその動きだけで、セーラは理解した。
この男は別格だと。
「……こっちだって、アルトレオ竜騎士団の名を背負っているんだから! おっさん!」
セーラの言葉にドルトは頷く。
二人も同様に、槍を構え直した。
団長はそれを見て、確かにマルコらが遅れを取るのも理解出来た。
そして久々に、心の中の何かが燃えるのを感じていた。
思わず団長の口元が緩む。
「おもしろい」
そう言って浮かべるのは、不敵な笑み。
明らかにこの状況を楽しんでいるような、そんな顔だった。
「こ、こりゃーーーっ! 何が面白いじゃ! 全く面白くないわ! 馬鹿者! 必ず勝て! どんな手を使ってもな!」
観客席でガルンモッサ王の声が上がる。
団長はそれに気づかぬ振りをした。
ドルトとセーラを真っ直ぐに見て、言った。
「ガルンモッサ竜騎士団団長、ヴォルフ=ランスロット。推して参る!」