竜騎士たち、槍を交える。後編
話は数日前まで遡る。
耕地の中を地竜に乗ったセーラが両腕でがしがしと地面を掘り返していた。
「いいわよ81号! ナイスパワー!」
「ガルーゥ!」
すっかりいいコンビとなったセーラと地竜は、土をかき混ぜ、耕していた。
それを見ながらドルトは、ふと言った。
「なぁセーラ、お前81号に乗って交竜戦出ればいいんじゃないか?」
「ええっ!? そんなのできるの!? 交竜戦って陸竜しかでれないんじゃないの!?」
「地竜は陸竜の亜種だからな。大丈夫なはずだ」
以前、ドルトはガルンモッサの交竜戦で地竜に乗って戦う戦士を見た事がある。
砂漠に住むなんとかという国の竜騎士。
彼らは扱いづらいはずの地竜を手足のように操り、ガルンモッサ竜騎士団を翻弄した。
最終的にその刃は団長に届かなかったが……ともあれその戦いは、当時のドルトの目に焼き付けられていたのだ。
「上手く連携して戦えば、一泡吹かせられるだろうぜ。きっとセーラと相性もいいだろうしな」
「うーん……そうね、そうかも。この子思ったより乗りやすいわ」
「決定だ」
そうしてドルトはセーラに地竜の扱い方を教え、今日に至ったのであった――――
「――――行くわよ、81号」
「ガルルォォォォ!!」
大きく、低く構えた地竜が吠える。
「地竜、だとぉ……? おい審判、いいのかよ!」
「問題ありません。地竜は陸竜の亜種ですから」
マルコの言葉に審判役の騎士は首を振る。
舌打ちをしながらも、マルコはすぐに戦意を取り戻す。
「……まぁいいさ。あんな土竜でたたかえるものなら戦ってみろってんだ! さぁさぁやろうぜ! なぁ団長!」
「うむ、準備はいいか?」
団長が副長を、そしてセーラらを見渡した後、全員が頷く。
皆の手には刃を削った装飾槍が握られ、竜もいつでも走れる状態だった。
審判役の騎士が声を上げる。
「それではガルンモッサとアルトレオ、双方とも正々堂々戦うように! ……始め!」
審判役の騎士が大きな旗を振り下ろすと共に、マルコが駆ける。
「いよっしゃあ!」
手にした装飾槍を構えての突進。
セーラに向かって真っ直ぐに。
槍を空高く構え、突く構えだ。
対するセーラは姿勢を低くさせ、地に伏していた。
地竜ならではの低姿勢。
構わずマルコは、槍を突き下ろす――――
――――が、セーラは地竜を横に跳ばせ、槍をあっさりと躱した。
「ちっ!」
舌打ちをしながらも、マルコは何度も槍を突き下ろす。
しかしその悉くを避けられてしまう。
セーラと地竜のコンビに見事、翻弄されていた。
「くそ、姿勢が低すぎて狙い難ェ!」
焦るマルコが気の抜けた一発を躱した直後、隙が生まれた。
セーラは手にした槍を振り払うようにして、薙いだ。
「てぇい!」
「うおっ!?」
間一髪、鼻先すれすれで躱したマルコだが、そこがひどく熱くなっているのに気づいた。
触ってみると、ぬるりとした感触。
血が、鼻から流れていた。
驚きは戸惑いに、そして怒りへと変わる。
「て、めぇ……!」
「あーら、そんなものかしらー?」
挑発するように、セーラは微笑む。
おおおおお! と歓声が上がった。
「ほう、あの娘……地竜を乗りこなすか……!」
マルコのフォローの為、竜を走らせながら団長は感心した様子で呟いた。
地竜というのは足が遅く、背が低い為、あまり戦いには使えないとされてきた。
本来、戦いでは背が高い方が圧倒的に優位である。
純粋に高くから槍を突くだけでも強いのだ。
故に、背の高い陸竜こそがよしとされてきた。
だがこうまで姿勢を低く取られると、その高さが仇となる。
槍は十分に届かず、届いても勢いは死んでいる。
更に対策として、セーラは上方向への防御も硬くしている。
あれでは恐らく、まともに攻撃は入らないだろう。
逆に相手は地竜を立ち上がらせると同時に槍を振るう事で、勢いに乗せたまま攻撃が出来る。
慣れない下からの攻撃にマルコは苦戦していた。
「副長、右から回り込め! あの地竜は俺が落とす!」
「はい!」
土煙を上げて迫る二人。
戦いはセーラが圧倒的に優位だ。
このままいけば問題なく勝つだろう。
無論、邪魔さえ入らなければ、である。
「迎え撃つぞ。リリアン」
「了解だ」
ドルトの言葉に答え、リリアンは目を細める。
その目には団長の、鍛え抜かれた肉体が映っていた。
上唇を舐めながら、リリアンは竜を走らせる。
「あの男は私が貰う!」
「構わないが……あの人は強いぞ」
「それは嬉しい情報だ」
言うが早いか、リリアンは団長目掛け、真っ直ぐ突っ込んでいく。
ならばとドルトが視線を向けたのは、副長だ。
以前に比べて少し痩せており、苦労が見て取れた。
副長とドルトの目が合う。
「……貴様、王に顔も見せぬとは、無礼な輩よ。どういうつもりだ?」
「……」
ドルトは返さない。返せない。
声で自分の正体がバレる可能性があったからだ。
副長は無言のドルトに、眉を顰める。
「ふん、まぁいい。せいぜいその仮面、剥ぎ取って晒してくれる」
「グルルル……」
唸り声をあげる陸竜は、7号。
割と従順な性格で、乗り手の言う事を聞くいわゆる『いいこ』だ。
堅実な副長とのコンビは安定感に定評があり、ガルンモッサ竜騎士団の中核を担っていた。
「行け!」
「グルルオオオ!!」
副長が命じると、竜はドルトに向かっていく。
右膝が僅かに沈み、姿勢が傾いた。
そして、左上方へと跳び上がる。
繰り出される突きがドルトを襲う。
「ぬ!?」
が、既にドルトは後方へと回っていた。
跳んだ竜の下を潜り込むようにして。
そして副長のがら空きの背中に、槍を叩き込む。
「ぐはっ!?」
副長は声を上げながらもなんとか堪えた。
本来の竜騎士ではないドルトでは、操竜技術はともかくそれに乗っての槍の扱いがなってない。
加えてバランスの悪い状態からの攻撃。
その勢いは殆ど死んでいた。
(うーん、そう簡単には落ちてくれないか)
アルトレオの竜騎士ならあれで終わりだったが、流石にガルンモッサの副長である。
安定感は流石だとドルトは思った。
(こいつ、なんだ今の動きは……まるで私がどう動くか、完全に知っていたかのようだったぞ……!?)
副長もドルトの動きに疑問を抱いた。
まるで、動きを完全に読まれていたかのような反応、行動。
不気味さを覚えながらも、竜をぐるりと旋回させ再度向かい合う。
油断のならぬ相手だと、今度は先刻のような一撃狙いではなく、堅実に攻めていく……そういう構えを取った。
これは簡単には落とせないと、ドルトは思った。
「うおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げながら、副長は突っ込んでくる。
竜の重心がやや左にずれているのに気づいたドルトは、竜を左方向へと回り込ませた。
そして狙い通り、躱した副長の横っ腹を槍で突く。
だがそれも相手をよろめかせる程度だ。
先刻よりも重心を安定させているため、大して崩せなかった。
(これじゃあ負けはしないが、勝てないな)
ちらりとセーラの方を見ると、圧倒しながらも決定打は与えられていなかった。
まだ時間はかかりそうだ。
(それよりリリアンがヤバい。相当苦戦しているぞ……!)
団長が槍を振るうたび、リリアンは大きくよろめき今にも落竜しそうだ。
早めに倒して援護に行かねば、とドルトは思った。
「何をよそ見をしているか!」
副長の繰り出す槍の一撃を、ドルトは大きく跳んで躱した。
確かに、自分の実力で余所見をしている暇はない。
相手の竜の動きが読めるとはいえ、長引けば不利なのは明らかだ。
(一撃必殺で、決める……!)
ドルトは深く腰を落とし、槍を脇に構えるのだった。