竜騎士たち、槍を交える。前編
――――翌日。
ガルンモッサ城内をアルトレオ竜騎士たちが堂々と行く。
石畳の廊下を抜け、交竜戦の会場へと足を踏み入れた。
先頭に立つミレーナが門をくぐると、歓声が降り注いだ。
続いてセーラ、ローラ、リリアン、仮面を被ったドルト、他の兵たちが入場する。
セーラらは客席を見渡して、言った。
「何だかお偉いさんばっかりね」
「レイフにハザン、ボーゲンヴォルク、ルールバッハ……近隣諸国の王侯貴族クラスがいっぱい来てる」
「……なるほど、何となく狙いが見えて来たな。ガルンモッサは近年、弱体傾向にあったと聞いている。今回の交竜戦はその印象を覆す為に開かれたのだろう。だから、アルトレオに交竜戦を申し込んだ、と」
「まんまと乗せられちゃったわけね……」
セーラとリリアンの会話に、他の者たちは押し黙る。
言うならばこれは見せ物だ。
ガルンモッサ復活の為の、デモンストレーション。
それを悟った全員が沈黙するのも無理はなかった。
長い沈黙を破ったのは、ミレーナだった。
「大丈夫、問題ありません」
ミレーナはアルトレオ竜騎士、全員を見渡して言った。
「私もこうなる事は想定してました。ですが、逆に考えて下さい。アルトレオはガルンモッサに比べ弱国。負けて当然、勝つなど到底あり得ない……そうこの場の全員が思っています」
沈黙を続けるアルトレオ竜騎士団だが、ミレーナの言葉には続きがあった。
「ならば、ここで勝ってしまえばいいのです。そうすればガルンモッサは〝あのアルトレオ〟に負けた、と拭いきれない汚名を被ることになるでしょう。そして、あなたたちは見違える程強くなった。きっと、勝てます!」
そう言い切って、ミレーナは全員の顔を見て、拳を握る。
弱気だった兵たちの士気が次第に上がり、熱を持って行くのがドルトにはわかった。
もちろん、ドルト自身もである。
ドルトはミレーナに王の風格を感じていた。
「……やりましょう」
「おおおおおおッ!」
ドルトの言葉に、全員が雄叫びをあげた。
それを打ち消すように、向こう側の扉が開かれる。
暗がりから姿を見せたのはガルンモッサ王。
それに団長率いる竜騎士団が続く。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
客席の反応はアルトレオの時より、確実に大きかった。
割れんばかりの歓声を浴びながら、王がミレーナの前に進み出る。
「やぁやぁ、士気が高くて羨ましいですな。ミレーナ王女」
「これはこれは、ガルンモッサ王。そちらも大人気なようで。互いに力を尽くそうではありませんか」
「う、うむ! そうじゃな!」
ミレーナの差し出した手を、ガルンモッサ王は恐る恐る握った。
先日のように力は入れられていない普通の握手に、ガルンモッサ王はホッと胸を撫で下ろした。
「では」
「えぇ」
挨拶を終えたミレーナとガルンモッサ王は、入り口に戻ると席に座った。
他の兵たちも下がり、アルトレオ側にはセーラ、リリアン、ドルト。
ガルンモッサ側は団長、副長、マルコが残った。
「おいおい、まさかお前が出るのかよ! 赤毛女」
「いやーそれはこっちのセリフだわーあんたみたいなバカっぽいのが相手だと、やりやすいわねー」
「んだとコラァ!」
セーラのあからさまな挑発に乗るマルコ。
先日とまさに同じやり取りに、ドルトらは頭を抱えた。
茹で上がるマルコだが、それでも今回はセーラに掴みかかる事はなく、不敵な笑みを浮かべるのみだ。
「……まぁいいさ。直にブッ殺せるってことだからな! テメェは俺がやる! 団長、副長、手ェ出さないでくださいよ!」
「べーーーだ」
去っていくマルコに、セーラは舌を出すのだった。
子供かよと、その場の全員が呆れていた。
「では竜に乗って下さい!」
審判役の騎士が声を上げると、門から各々の陸竜が進み出た。
ドルトはガルンモッサ側の竜に注目する。
ちゃんと団長はドルトの言う通り、改善を行っているのだろう。
竜たちは以前見た時に比べて、かなりマシになっていた。
(……よかったな。7号、12号、そして――――ツァルゲル)
団長が乗るのは、老竜ツァルゲルである。
ツァルゲルはドルトに気付いているのか、何度も視線を送ってきた。
その身体はちゃんと磨かれ、手入れされているようだった。
勿論他の竜も。
今は敵とはいえ、ドルトは安堵の息を吐いた。
「何をぼさっとしてるのよ、早く乗りましょう! おっさん」
急かすセーラに、ドルトは頷いて返す。
今はアルトレオの側、あいつらとは敵同士なのだ。
ドルトとリリアンは竜に乗る。
そしてセーラも。
「……おいおいどういうことだ?」
マルコが思わず疑問の声を出す。
セーラの乗った竜は他のに比べてひとまわり小さかった。
通常の二本足ではなく、四本足。
その両腕は大きく、太く隆起し、幾重にも枝分かれした鋭い爪が生えている。
「ガァルルル……」
地の底から響くような唸り声。
そう、竜は小さいのではなく、低かった。
竜の背に乗りセーラは叫ぶ。
「さぁ、行くわよ81号!」
竜の名は81号、地竜であった。