竜騎士たちの前夜
だだっ広い廊下をアルトレオ一行が行く。
大所帯であるミレーナらは、本日はガルンモッサに用意して貰った大客間に寝泊まりする事となった。
メイドに案内されながら、リリアンが呟く。
「しかし大きい。大国の城とはかくあるものか」
それにミレーナが答えた。
「リリアンはガルンモッサに入ったことないのですね」
「えぇ、用がありませんから。ローレライの何倍もの大きさです。ですがどうも、静かですね。大きいだけに、余計それを感じる」
ガルンモッサ城内は人通りも少なく、稀に騎士や文官が通りすがる態度だ。
「昔はこんなものではなかったのですがね。毎日職人や騎士たちが走り回っていました。慌ただしいですが、でも活気溢れる城だったのですよ」
「なるほど……先王の時代には、というわけですか」
大きな声で話す内容ではない。リリアンは声のトーンを落として答えた。
ミレーナは頷き、同様に小声になる。
「えぇ、世代交代というのは残酷なものです。私はせめて、王女としてふさわしくありたいものですね」
「十分ご立派ですよ」
リリアンの言葉に、ミレーナは首を振る。
自分の未熟さは自分が一番よくわかっていた。
しばらく歩き、メイドは豪華に飾られた部屋で止まった。
「こちらがミレーナ王女のお部屋になります。何かあればすぐにお呼びください」
「わかりました。では皆、明日の戦いに備え、よく休むように」
「ハッ!」
竜騎士たちは、ミレーナが扉を閉めるまで敬礼の姿勢を取っていた。
「皆さまはこちらにいらして下さいませ」
「はい」
メイドの後を、セーラが先頭切ってついて行く。
その途中、すれ違いざまに一人の騎士姿の男とセーラの目が合った。
金色の髪を逆立てた男は、おどけた様子で話しかけてきた。
「お前ら、もしかしてアルトレオの竜騎士か?」
「そうよ」
男の問いにセーラが答える。
それを聞いて男は、全員を見渡すと、ニヤリと笑った。
「はっはー! 女混じりで、しかもヒョロっちい奴らばかりじゃねぇか! それで竜騎士? 笑わせてくれるぜ!」
その言葉にムッとしたセーラは、男を睨み返す。
「何よ、女が混じってて悪い? つーかあんた誰?」
「あァ、名乗り忘れたな。俺はマルコ=ザフィーラ。ガルンモッサの竜騎士さ。竜騎士団団長に最も近い男だ。覚えておきな」
親指で自分を差し、マルコと名乗った男は口角を上げた。
自信満々といったその顔を見て、セーラは思わず吹き出した。
「ぷくくっ、〝まるっこ〟なんて可愛い名前ね、ウケるわー」
「んだとテメェ!」
わかりやすい挑発にマルコは乗った。
「あらぁー? いいじゃないの。まるちゃん?」
「誰がまるちゃんだこのクソアマぁ!」
ブチ切れるマルコを見て、ドルトはため息を吐いた。
どうやらガルンモッサの竜騎士たちが気が短いのは全く変わってないようだ。
まぁ煽るセーラもセーラなのではあるが……マルコは真っ赤になってセーラに掴みかかろうとした。
ドルトが止めに入ろうとした瞬間である。
「やめないか、マルコ」
団長がマルコの襟首を掴み、引っ張った。
「何すんだよ団長! 離せ!」
怒りをあらわにするマルコを、団長は鋭い目で睨みつける。
「やめろと言っている」
「……ッ!」
その迫力にマルコは押し黙った。
団長はセーラの方を向き、頭を下げる。
「すまなかった。アルトレオの騎士たちよ。無礼を許してくれ」
「あぁいいんですいいんです。気にしてませんから♪」
「あなたが煽ったのも悪いわよ。セーラ」
「いだっ! 何すんのよローラ!」
ローラに後ろから手刀を入れられ、セーラはやや涙目でそれを睨んだ。
その様子を見て、団長は微笑む。
「いや、こいつは可愛らしいお嬢さんたちだ。しかし、かなりの場数を積んでいるようにも見える」
「ふふふ、まぁね! ま、こんな大きなおっさんもいるけど?」
(ば……っ!?)
セーラに親指を差され、ドルトは慌てた。
相手は団長、ドルトをよく知る人物である。
団長はドルトをじっと見つめる。
「ふむ……確かに、中々の屈強さだな」
団長の注目を無言で耐える。
兜の上からではわからぬはず――――そう思うドルトだったが、背筋に冷や汗が流れるのは止められなかった。
「……ふむ? まぁいいか」
それだけ呟いて、団長はドルトから離れる。
ドルトはどっと疲れた。
「失礼。それでは明日はお互い、力を尽くしましょう……行くぞマルコ」
「いでで! 引っ張らないでくださいよ、団長ーっ!」
団長はマルコの耳を掴み、引きずっていく。
ドルトたちはそれをしばらく見送っていた。
そして誰も見えなくなった辺りで、ドルトはセーラの首を抓る。
「セーラぁぁぁ……?」
「いだだ! 何すんのよおっさん!」
「ったく、俺の事は目立たせるなと言っただろうが!」
「えーいいじゃんあのくらいー」
「……あの人はな、俺が前言ってた団長だ」
「えーそうなの!? あの人が!?」
ドルトの言葉に驚くセーラ。
「あぁ、貴族の末男で、家督が継げないからと騎士になったとか。10歳の頃から竜に乗り始め、俺がここに来た時には既に若くして部隊長を務めていた。ガルンモッサ竜騎士団で間違いなく最強の人だ……俺も良く、世話になった」
団長を語るドルトの言葉は、どこか嬉しそうであった。
それを見てセーラはぽつりと呟く。
「ふーん……ちょっとかっこいいかも」
「おっさん趣味」」
ローラがすかさず返した。
「誰がおっさん趣味よ! ……全く、ところであのまるなんとかは?」
「新兵上がりの奴だな。あまり知らん」
「あはは、やっぱり雑魚っぽいと思った」
その後、アルトレオ竜騎士団は大客間へと連れて行かれた。
案内された部屋はとても広く、シャンデリアの下にはソファーが幾つも置かれている。
「わぁ! 広ーい!」
セーラが、いの一番に部屋に入る。
それに続いてローラも、他の者たちも。
「ここが寝室ね! ベッドが一杯あるわ!」
左右の扉を開けると、その奥には寝室があった。
「それではゆっくりお休みくださいませ」
「ありがとうございます!」
メイドは挨拶をして、部屋を出る。
誰もいないのを確認してドルトは兜と目出し帽を取った。
「……ふう、やっと解放されたぜ」
「あはは、お疲れおっさん。似合ってたわよ!」
「茶化すなよ。まぁバレずに済んでよかった」
こきこきと肩を鳴らし、ドルトはソファーに座る。
他の面々も、各々休息を取り出した。
リリアンはなぜか腕立てを始めていた。
それからしばらくして、食事が運ばれてきた。
きらびやかに白い煙を上げる肉やキラキラと光る新鮮な野菜、様々なエビ、貝、魚の丸焼き。
とにかく豪華な食事がテーブルに並べられた。
「おおーーーっ! すごーい! おいしそーーーっ!」
それを見たセーラはよだれを垂らしながら、声を上げる。
早速食べようと、近くにあった骨付き肉を手に取ろうとした時である。
セーラの手に、ぱしんと平手が打ち付けられた。
「いたっ! 何すんのよリリアンっ!?」
「馬鹿め。ここは敵中だぞ? 毒でも盛られたらどうするつもりだ。出された食事など信用するな!」
「そんなのあるわけないでしょ!? 招いた人間殺したら大問題だわ!」
「ふん、殺す必要などない。軽く下剤を盛るだけで、致命的な隙を作るかもしれないだろう?」
言われてみれば確かに、ではあるが、ご馳走を目の前にしたセーラには到底納得がいかなかった。
「じゃあどうするのよっ! おなかすいてるんですけど!? ペコペコで交竜戦に挑めと!?」
「問題ない。食事なら持ってきている」
そう言ってリリアンが荷物から取り出したのは、干した米や肉などの携帯食である。
「湯で戻して食べると腹持ちがいい。消化もいいしな。栄養バランスもばっちりだ」
「う……」
湯の中の入れられた肉や野菜と、隣のテーブルに広げられた豪勢な食事を見比べるセーラ。
そしてすがるような目でリリアンを見た。
「うむ、遠慮はするな。たんと食え」
「わ、わかったわよ……!」
セーラは促されるままに湯に戻した肉を口に含む。
もぐもぐと噛みながら、セーラの顔は歪んでいった。
涙目で口を押さえるその表情が、携帯食の味を物語っていた。
それでも無理やり飲み込んだセーラを見て、リリアンは微笑んだ。
「さぁドルトも」
「はぁ……」
ドルトは逆らうことも出来ず、同様にそれを食べ、顔をしかめた。
ローラもそれを手に取った。
「私も付き合います」
「別にあんたまでやらなくても……」
「誰かがお腹壊して出られないかも、でしょ?」
「ローラ……」
そう言って微笑むローラ。
セーラは少し目を潤ませた後、ばかねと言って笑った。
「……というかそんなにまずいか?」
「まずいわ」「まずいな」「まずいです」
「そ、そうか……」
リリアンは慣れているのか、普通に食べながら言う。
「あぁ、他の者はすまない。試合に出る者の分しか用意していないのだ。そちらの食事を食べてくれ」
他の兵たちは顔を見合わせ、そして目の前のご馳走を見た。
そしてすごい勢いで食べ始める。
「あーっ! ずっこい! 私の分残しといてよね! 明日終わったら食べるんだから!」
セーラの嘆きと怨嗟の声が部屋に響くのだった。
「マルコよ」
団長は目の前の竜騎士、マルコに語り掛けた。
「お前は確かに腕も立つ。それに若い。だが相手を過小評価する癖がある。それではまた、以前のように足を掬われるぞ」
「チッ……あれは竜が悪かったんだよ! なぁおい」
「グルル……」
マルコが竜を蹴ると、唸り声を上げて返事をする。
その身体は以前のようなでっぷりとしたものではなく、かなり引き絞られていた。
それでも大きいのは、単純に筋肉量によるものである。
竜はドルトの指示のもと運動と食事による減量に成功したのだ。
一度太ってからの減量は、大きく筋肉をつけるのに有効である。
大きく、強くなった竜を見て、マルコは愉しげに笑う。
「へっ、今回は不覚は取らねぇ。あんな雑魚共にはな!」
「そうか、ならばいいが」
「それより団長さんよ、今回で手柄を立てたら考えてくれよな! 俺を副長に据える事!」
「……考えるだけはしておこう」
「頼むぜ!」
マルコに背を向け、団長は竜舎を去る。
自分とマルコ、そしてもう一人はガルンモッサ竜騎士団副長だった。
副長はよく言えば従順、悪く言えば型通りの男である。
マルコに比べれば腕は劣るが、指示通り動いてくれるし、気も回せる副長向きの性格をしている。
団長を中心にマルコを突撃させ、副長にサポートさせる。
(この面子……悪くない。悪くはないが……)
玉座の間で見たアルトレオの兵たちは、以前に比べ相当に鍛えられていた。
それでも負ける相手だとは思えないが、盤石とまでは言い切れないと思えた。
団長は手にした煙草をゆっくりと吸って、吐いた。
紫煙が月夜に照らされ、すぐに見えなくなる。
夜風の冷たさに身体を震わせながら、団長は部屋へと戻る。
交竜戦前日の夜は、そうして過ぎていった。